三田村 仁

研究科第40期
研究員


要約

1 研究の目的

国際的な競争力の源泉として無形資産の重要性が指摘されているなか、近年「費用分担契約」(Cost Contribution Arrangement 以下「CCA」という)という形態で、国境を超えた関連企業の間で共同研究開発活動を行う多国籍企業が増加している。
CCAの大概は、無形資産の共同開発における費用の分担を取決めるものであり、予測便益に応じた費用負担に特徴がある。CCAには、多額の研究開発費用の資金調達と失敗時のリスク分散という事業経営上のメリットがあり、また参加企業が無形資産を共同で開発することになるため、その成果物を利用するための使用料の収受及び源泉所得税の納付が不要であるというメリットがある。
このCCAに関し、1995年のOECD移転価格ガイドライン(以下「ガイドライン」という)の第8章(1997年追補)は、CCAの一般的な定義と移転価格算定上の取扱いの指針を提供している。一方、諸外国においては移転価格税制の観点から規定を設けているが、我が国においては、CCAに関する移転価格税制及び通達が整備されていない。そのため納税者の間では、実務上判断に迷うことが多く、費用分担契約に関する我が国の税制度の確立を望む声が多い。
そこで、本稿は無形資産の共同開発等に用いられるCCAに関し、国際租税法上の移転価格税制を中心として考察するものである。現行税制上の問題点を明らかにして、その問題点に対処すべき方策を考察し、我が国としての法制度を射程としたCCAに関する問題点と重視すべき事項の提起が本稿の目的である。

2 研究の概要等

(1) 現行税制における現状と問題点
敢えて、現行の我が国移転価格税制によって解釈するとすれば、移転価格税制に関する事務運営指針の基本方針2−1の「調査又は事前確認の審査に当たっては、必要に応じOECD移転価格ガイドラインを参考にし、適切な執行に努める。」という文言を根拠に、ガイドラインを参考にして、CCAの契約内容の適否を検討するとともに、CCAに関する取引を租税特別措置法第66条の4の適用対象取引として、例えば各参加者の分担する費用については「原価基準法に準ずる方法と同等の方法」または「利益分割法と同等の方法」を独立企業間価格算定方法として適用して、その適否を検証していくことが考えられる。
しかしながら、私法上の契約であるCCAは契約形態が多岐に亘る上、現実の便益が予測便益と乖離した場合や、租税回避行為として利用された場合には、課税上の困難が想定されること、また、課税要件明確主義を遵守するためにも、CCAに関する移転価格税制上の取扱いを明確にすることが望ましいと考える。
つまり、CCAに関する具体的な課税基準を検討する必要がある。

(2) 諸外国の法制

イ 諸外国の法制状況
米国は、1995年に財務省規則に本格的な詳細の規定を定め、ドイツは1999年にCCAに関する規則を公表した。両国は基本的にはガイドライン と類似しているが、独自の内容を規定している部分がある。一方、イギリス、カナダ、ニュージーランド及び豪州等は、ガイドラインの内容を概ねそのまま受入れている。
なお、ガイドライン第8章序文において、「本章はCCAに関する大きな問題の全てを解決しているわけではなく、今後の経験から改善を行っていく」旨、指針が述べられており、更なる課題として貢献の測定やバイ・イン支払等の税務上の性格付け等を具体的に挙げている。ガイドラインは主として独立企業原則の適用から指針を定めているが、詳細な解釈適用基準には至っていない。
本稿においては、ガイドライン及び米国財務省規則に関し、批判的検討も行っている。

ロ 共通事項の骨格と相違事項
CCA においては、各参加者の予測便益割合に応じた費用分担額について、文書化や定期的調整等を条件として、独立企業間価格として許容していくというのが国際的なコンセンサスになりつつある。ただし、CCA活動の範囲、参加者要件及びバイ・インの取扱い等については、国によって取扱いが異なる部分がある。

(3) 我が国の制度構築のための具体的検討

イ 費用分担の基準と適格費用分担契約
私法上の契約である費用分担契約に関しは、独立企業間契約としてのCCAを念頭に置く必要がある。そして、租税回避への対応と納税者の予測可能性を確保するという観点からは、予め税務上の適格費用分契約を定め、文書化や定期的調整を条件として、予測便益割合に応じた費用分担額を独立企業間価格と許容していくことが望ましい。

ロ 参加・脱退・終了時等の課税問題
米国においては、CCAへの参加・脱退・終了時の税務上の取扱い(いわゆるバイ・イン等)を含む最終規則の公表が検討されている。バイ・イン等に関しては、無形資産取引に係る移転価格税制の適用の困難性と同様の問題があり、加えて費用分担契約におけるバイ・インの性質及び価値概念等が米国で議論されている。
既存の無形資産なしで共同研究開発を行うケースは少なく、ほとんどのCCAでバイ・インと直面することが想定される。しかし、具体的な評価の方法論を初め、バイ・イン取引の詳細な取扱いは国際的にも確立されていない。
現状では、個々のCCAの具体的な内容に応じ対処していくことになろうが、CCAへの参加・脱退・終了時の無形資産の持分変動に伴う課税上の取扱いや、非適格費用分担契約と判断された場合の課税上の取扱いも含め、その詳細を網羅的に規定することは困難であることから、米国や豪州の規則のように事例形式で明示していく方法も考慮すべきであろう。

3 結論

(1) 今後の課題

イ 適格参加者要件
参加者要件に関しては、CCAの定義と同様、租税回避防止の観点から、慎重に決定する必要がある。ガイドラインにおいては、相互便益を条件として、幅広く受入れる方向であるが、租税回避防止の観点からは、無形資産の間接使用者となる親会社やホールディング・カンパニー等の取扱いが問題となる。純粋なCCAのみを許容していく指針ならば、ドイツの規則のように、参加資格を持株会社や特定目的会社を除く水平的企業に限定する方向も採り得よう。

ロ 費用と予測便益の算定方法
CCAは他国の参加者の費用が自己の予測便益割合に応じて割り当てられ、損金となるため、各参加者の費用と予測便益の信頼性が求められる。費用に関しては各参加者の会計基準が問題となるほか、具体的事実の把握に関連する執行面での検討も必要である。予測便益の算定は、対象無形資産の使用による利益の増加または費用の節減を直接的根拠によって算定すべきであるが、便益と最も密接な関係があるタームを用いて間接的に推定せざるを得ない場合もあり、算定方法の合理性という問題が内在している。

ハ 定期的調整事項
CCA参加者の予測便益と現実の便益が一致しない場合、定期的調整が必須かどうかは議論が分かれるが、ガイドラインにおいては経済的な状況を反映した相対的なシェアの変更規定を設けることが適切であるとしている。
長期間に渡る第三者間のCCAにおいては、現実の便益に応じた定期的な調整を含む契約が多い。従って定期的調整事項については、現実の便益に応じた調整を柱とし、適格費用分担契約の一要件として、企業自らが調整を行っていく方向も考えられる。また、一定のセーフ・ハーバーを認めた上で、一定程度以上に予測値と実際値が乖離した場合には所得の調整を行うべきであろう。

(2) 課題に対する対処策

イ 事前確認制度の活用
CCAに関する詳細な解釈適用基準の明確化が望まれるが、そもそも将来事象の予測を行う予測便益の測定や無形資産の評価等を含むバイ・イン等の取扱いという不確定要素が多いことを踏まえると、納税者と課税庁が互いに意見を出し合って協議し、最も合理的な方法を両者の合意に基づき決定しうる、事前確認制度を利用した解決を図ることが望ましいと考える。従って、現行の事前確認制度を積極的に活用していくべきであろう。

ロ 同時文書化
CCAに関連する租税回避行為について対処し得る一つの方策は、適格費用分担契約の要件の一つとすると共に、申告と同時に自らの移転価格が適正であることを文書化しておく、同時文書化を要請することであろう。

ハ 国際的な執行協力及び国内での法令又は通達等の整備
ガイドラインを中心として、CCAに関する一般的な解釈・執行に関する国際的調和を図ることが望まれる。また、租税条約相手国との情報交換、相互協議を通じた二国間あるいは多国間の事前確認手続によって、課税問題の未然の解決に努力すべきであろう。一方、国内においても、適正な移転価格課税の執行、納税者における予測可能性の確保のため、CCAに関する法令又は通達等の整備は急務と考える。

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