松下 政昭

研究科第40期
研究員


要約

1 問題の所在

 近年、わが国においては、資産流動化・証券化市場が急速に成熟しつつあり、国内法制のインフラ整備を背景にして、今後も不可逆的な市場規模の拡大が見込まれているところである。従来、企業金融は、銀行中心の間接金融が主体であったが、近時、資金調達環境が厳しさを増す中で、企業は資金調達源泉をより多様化する必要に迫られており、直接金融としての資産流動化がその役割を担うものとして注目を集めている。
最先端の金融技術であり、現代の錬金術ともいわれる資産流動化は、従来の企業金融とは全く異なる法的発想に基づき、資金調達主体(以下「オリジネーター」という。)の信用力を引当てとせず、その保有資産の信用力に一義的に依存する資産金融の一手法であり、組成した金融商品のキャッシュフローを確実にするため、そのスキームにおいては、オリジネーターの倒産手続の効果を遮断する「倒産隔離」を図ることが要請されている。
この倒産隔離は、流動化対象資産をオリジネーターから受け皿となる特別な媒体(以下「SPV」という。)へ一定の仕組みを用いて譲渡することにより実現されるところ、仮に、オリジネーターが負う国税の納税義務が履行されずに滞納となった場合、SPVへ譲渡された資産を滞納処分の対象となる財産とみなすべきか否かが資産譲渡の法的構成に関連して問題となる。資産流動化のための資産譲渡は、SPVからオリジネーターへ金銭の支払いがなされることから、その法的構成は伝統的な民事法の枠組みによれば売買か担保設定であるが、滞納処分による差押えの対象は、滞納者に帰属する財産でなければならない(国税徴収法47条、同基本通達47条関係5)ことから、倒産隔離が実現されてオリジネーターからSPVへの資産譲渡が真正な売買と構成されれば、当該流動化対象資産はオリジネーターの責任財産から逸出してオリジネーターに帰属しないことになるから、滞納処分による差押えは直接にはできないことになる。一方、倒産隔離が実現されずオリジネーターからSPVへの資産譲渡が担保の設定と再構成されれば、SPVは、国税徴収法24条の規定により、第二次納税義務者に準ずるものとして、オリジネーターの滞納国税につき物的納税責任を負う場合があることになる。
このように、資産流動化スキームにおける滞納処分のあり方が、倒産隔離の実現の成否にかかることに鑑みれば、徴収職員は、滞納処分による財産の差押えに当たり、流動化対象資産の実質的な所有権者の認定のため倒産隔離の実現の成否を判定すべきことになり、徴収職員の実体的判断権(国税徴収法141条、142条参照)に基づく責任財産の帰属認定が直接的に問題となることから、倒産隔離の基準を考察することが必要となる。
本稿は、国民の納税義務の適正な実現を通じて国税収入を確保する見地から、滞納処分の対象となる財産の帰属認定を問題にする国税徴収法の要請に基づいて、従来、倒産法との関係で議論されてきた倒産隔離についての考え方を前提にして、民事法の枠組みに依拠した解釈論のレベルで滞納処分における倒産隔離の基準を定立し、もって資産流動化スキームにおける滞納処分のあり方を考察することを目的とするものである。

2 資産流動化における倒産隔離の基準

 倒産隔離において最も重要な問題となるのが、売買の法形式を用いるオリジネーターからSPVへの流動化対象資産の譲渡が、法的にみて真の売買と構成されるか、担保設定として再構成されるかという点である。これは、アメリカにおける同種の問題類型に倣って真正売買(true sale)の問題と呼ばれている。
この倒産隔離については、わが国では立法や裁判例による基準の確立がなされておらず、特定債権法施行以降のここ10年来、資産流動化を専門とする法律家や実務家を中心に、アメリカにおけるtrue saleをめぐる議論を参考にして、取引に含まれる売買的要素と担保的要素を総合的に検討し判断しようという取組みが行われてきた。これに対し、最近では、オリジネーターの破綻事例の発生による関心の高まりもあって、アメリカ法の下でのtrue saleをめぐる理論を直輸入するような問題設定は適切でないとの認識が、倒産法を専門とする学者を中心に表明されるとともに、倒産法に関するわが国の判例・学説の集積を踏まえて検討を加える論稿が多く発表されるようになった。
この問題に対するアプローチには様々なものがあり得るが、結局、取引当事者が売買と構成しているものについて、他の諸般の要素からそれを担保設定として再構成することができるか否かという点に帰着する。この点については大きく2つの基本的な考え方があり、従来の多数の見解は、まる1当事者の契約意思、まる2対抗要件の具備、まる3価格の均衡、まる4会計上のオフバランス化、まる5買戻特約ないし信用補完比率の合理性等の各種のファクターを考慮して担保性の有無を判断するものであるのに対して、最近の有力な見解は、被担保債権の存否の有無を重視して担保として再構成される要件を検討するもので、その基準として、まる1被担保債権の存否、まる2担保目的物の存否、まる3受戻権の存否に重きを置く。
両見解は、一見異なるようにもみえるが別個のものではなく、重なる部分が少なくない。どちらの考え方も、「資産流動化のための資産譲渡が売買か担保か」という同じ大枠の問題設定の中で、要件事実論的には、後者における被担保債権や担保目的物の存否は、担保取引に係る主要事実に該当する一方、前者において挙げられる各メルクマールは、そうした主要事実の存在を推認する間接事実群に該当すると理解でき、互いに相容れないものではないと考えられる。

3 滞納処分における倒産隔離の基準

上記のような倒産隔離の基準についての議論は、オリジネーターが危機状態に陥った場合を前提とした民法上ないし倒産法上の要請に基づくものであるが、本稿は、これをオリジネーターが平常状態の場合においても国税を滞納しているときに譲渡担保性を問題とする国税徴収法上の要請に基づいて再検討し、従来、主として議論されてきた「売買か担保か」という観点のみではなく、「滞納者に帰属する財産といえるか」という帰属認定の観点からも倒産隔離の基準を考察し、その実質的要件を明らかにしようとしたものである。
譲渡担保と租税との関係については、国税徴収法24条が譲渡担保を担保的に構成し、債権の譲渡担保は債権譲渡の法形式を用いることから、債権の譲渡人が国税を滞納している場合に、当該譲渡が債権を終局的に譲受人へ移転させる通常の債権譲渡であるのか、または、担保目的で譲受人へ移転させる債権譲渡担保であるのかを区別する基準を明確にすることが、滞納処分のあり方との関係で問題となる。すなわち、国税徴収法24条は、譲渡担保に対する国税の徴収確保策として「譲渡担保権者の物的納税責任」という法技術を導入していて、設定者である納税者の国税を追求する場合には、譲渡担保権者をあたかも第二次納税義務者に準ずるものと考え、その第二次納税義務者の財産としてその譲渡担保財産に対して滞納処分を執行しようとするものであるところ、債権譲渡の法形式を用いる取引において、当該債権が譲受人に排他的に帰属することになるのであれば、譲渡人の責任財産から逸出することになるので、当該債権に対して譲渡人の滞納処分を執行することは原則としてできなくなる。これに対して、当該債権が譲受人に担保的に帰属することになるのであれば、当該債権は譲渡担保財産を構成することになるので、譲受人は譲渡人の滞納国税について物的納税責任を負う場合があることになる。このように、滞納処分においては、国税徴収法24条の適用範囲を画する上でオリジネーターが平常状態の場合においても倒産隔離の基準すなわち真正売買性を考察する必要性が顕在化してくるのである。
この債権譲渡と債権譲渡担保との区別の基準については、債権譲渡担保の権利移転型の法的構成及び債権譲渡の法形式の特質からの帰結として、清算法理の確立に起因する譲渡人についての清算請求権の存否に求めるべきであり、債権売渡担保の場合においても、隠れた被担保債権の存在を認めつつ、清算に至るまでの通常担保の処理をする方法が相当であることから、債権譲渡担保の場合と同様と考える。
このような考え方は、資産流動化取引としての債権譲渡についても等しく妥当すべきものであるが、資産流動化のスキームには、オリジネーターによる管理権限の保持や信用補完の措置といった、その仕組み性に由来する固有の特色が認められることから、これに相応した債権譲渡と債権譲渡担保との区別の基準の考察が要請される。
この点は、最も原初的な債権流動化の手法といえる手形割引の法的性質を分析し、法的判断と相互に関連するオフバランス処理に関する会計基準を整理し、さらに金融資産の消滅を認識する権利支配移転の範囲に関する法人税の取扱いを考慮することにより、主位的には、前述の債権譲渡と債権譲渡担保との区別の基準となるまる1清算法理の確立に起因する清算請求権の存否を考慮し、副位的には、まる2資産譲渡に係る支配の移転及びまる3資産の価値に相応した相当対価の取得を考慮すべきである。
したがって、責任財産となる重要な財産を流動化・証券化したオリジネーターが国税を滞納した場合、徴収職員は、上記の基準によって当該流動化スキームにおける倒産隔離の成否を判断することになる。これにより、倒産隔離が実現されていないとしたときには、流動化対象資産は、オリジネーターから担保の目的でSPVへ移転した譲渡担保財産として構成されるというべきであるから、SPVは、オリジネーターの滞納国税につき、国税徴収法24条の規定により物的納税責任を負う場合があることになり、また、倒産隔離が実現されていたときには、流動化対象資産は、真正売買によりオリジネーターの責任財産から逸出したというべきであるから、直接には滞納処分による差押えはできないことになる。しかしながら、納税義務の適正な実現を通じて国税収入を確保するという国税徴収法の目的(同法1条)に鑑みれば、次に述べる手法により、なお滞納処分の執行が可能であるか否かを考察する必要があるというべきである。

4 資産流動化スキームにおける滞納処分のあり方

(1) オリジネーター兼サービサー名義の回収金専用預金口座の差押え
 コミングリング・リスクを低減する方策として、オリジネーター兼サービサー名義の専用預金口座で回収金を分別管理する場合、この預金の帰属に関連して、近時、最高裁が損害保険料保管専用口座及び弁護士預り金口座について示した判断基準に照らせば、預金者はサービサーであると認定でき、また、信託法理ないし問屋法理に照らしても、その責任財産性を肯定し得ることに鑑みれば、回収金専用預金口座をサービサー(=オリジネーター)に帰属するものとして差し押さえることが可能である。

(2) SPVに対する第二次納税義務の賦課
 資産流動化スキームにおいて、オリジネーター自身により信用補完措置が講じられる場合に、比較的僅少な範囲のリコース義務を負担するときであっても、一定の場合には、資産流動化のための資産譲渡を国税徴収法39条に規定する低廉譲渡と評価すべきことになるので、その時価と対価との差額である現存利益を限度としてSPVへ第二次納税義務を賦課することが可能な場合がある。

(3) SPVの法人格の否認
 SPVがオリジネーターの資金・組織・陣容ですべて運営されるとすれば、その形骸化の認定が可能となり、SPVの法人格を否認して、流動化対象資産をオリジネーターに帰属する財産と認定して差し押さえることが可能な場合がある。

5 本稿の意義

 従来、わが国においては、資産流動化のスキームを倒産手続の効果から遮断するという意味での倒産隔離に関する議論は活発に行われてきたが、滞納処分の効果から遮断するという意味での倒産隔離に関する議論はなかったようである。今般、倒産法制の改正により、譲渡担保全般が倒産手続の影響を受けることになる一方で、国税債権の倒産手続での優先的な位置付けが一部後退することになり、譲渡担保権者に物的納税責任を負わせようとする国税徴収法24条の射程範囲を画する売買と譲渡担保との区別の基準を定立することが今まで以上に重要になってくると考えられる。
本稿は、譲渡方式による債権流動化を念頭において、従来、倒産法との関係で展開されてきた倒産隔離についての議論を手懸りに、民事法制で通用している理論的なフレームワークに基づいて滞納処分における倒産隔離の基準を定立し、倒産隔離が実現されていない場合の滞納処分の手法及び倒産隔離が実現されている場合の国税徴収の方策を指摘し、よって資産流動化スキームにおける滞納処分のあり方を考察したものである。

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