酒井 克彦

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

申告者数の増加、納税者意識の昂揚、課税・徴税実務が直面する事案の複雑化にみられるように税務行政を取り巻く環境は著しく変化している。
特に最近では、節税効果を謳って販売される節税商品が多様化を極めていることも税務行政を取り巻く環境変化の一つに数えることができる。節税商品の多様化は金融ビッグバン以降の金融市場の自由化や各種の規制緩和を背景とするものであり、そのこと自体、経済の活性化の観点から見れば評価されるべきところもあろう。しかしながら、税に関する知識の乏しい一般の投資者に対して「節税商品」として勧誘されるものの中には、敢えて迂遠な契約関係を内在させた複雑なスキームを構築して課税逃れを企図するものもある。すなわち、「節税」の域を越えて、租税回避を企図する商品も現出するのである。
これらの商品については、第三者的評価も与えられず、また何らの規制もなく自由に販売されているのが現状である。
このような状況を放置することは、自覚のない投資者が節税商品と信じて課税逃れ商品に手を染めてしまうことを招来することにも繋がる。また、勧誘される「節税商品」に投資をすることで一般の投資者が爾後の更正・決定処分などを受け、加算税や延滞税といった不測の負担を被ることにもなる。すなわち、適正公平な課税の実現という観点からのみならず、投資者保護の観点からもかかる状況を放置することには問題がありそうである。
申告納税制度を採用している国税にあっては、納税者の自主的な申告行為に第一義的な国税債権債務の確定作業を委ねていることから、適正公平な課税の実現は納税者のコンプライアンスに多くを依存していることになる。しかし、上記のように税に関する知識の乏しい一般の投資者が節税商品取引に取り込まれることに対する規制は何ら行われていないのが現状である。
納税者のコンプライアンスの維持向上は税務行政における最も重要なテーマの一つであるが、納税者に適正な情報が伝わっていないところではコンプライアンスの維持向上といっても空虚なものとなる。ここで差し当たり次の2点を指摘することができる。一つは、節税商品に投資する際に納税者が適確に判断を行えるようにするべきであるということ。更には、販売者が企図した節税に客観的評価を下して節税の域を越える虞有りとされる商品の販売を規制すべき場面があり得るということである。
そのための措置として考えられる手法にはさまざまなものがある。例えば、税理士の果たすべき役割をそこに位置付けることもその一つであろう。税理士は「租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命」とするとされているからである(税理士1)。
税理士による節税商品に対する適法性監査の途を模索するかかる見地に立つと、税理士が自らに課された社会的使命を果たすことができるかどうかということが重要な関心事項となる。ただしこのことは、税理士制度の在り方や、税理士の顧客に対する責任論についての検討を抜きにしては考察し得ない事柄である。また、税理士が専門家としてその能力を十分に発揮した活動を展開するためのフィールドの整備、すなわちインフラストラクチャーの問題への検討も具体的に要請されると考える。
そこで、本稿では我が国における節税商品過誤訴訟などを素材として、適正公平な課税の実現の観点から節税商品取引における税理士の役割について、研究することとした。
なお、この研究は、節税商品取引に関与する税理士責任論の研究及び税理士による節税商品の適法性監査の研究の一環として位置付けられるものである。

2 研究の概要

(1) 税理士の使命と公共的な役割
税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、納税義務の適正な実現を図ることを使命とする。ここに、「独立」とは、納税者にも税務当局にも偏することのないという意味での独立であり、「公正な立場」とは、納税義務の適正な実現を使命とする税理士に要請される立場であると理解されている。弁護士が依頼者の基本的人権を擁護するという使命を有するのとは、性質を異にするのである。

(2) コンプライアンスの維持・向上と税理士への期待
適正公平な課税の実現を使命とする税理士がその職責を果たすことは、税理士が租税専門家として納税者の相談に応じ、助言指導する立場にあることを考えると、納税者のコンプライアンスの維持向上にとって極めて重要な役割であるといえよう。
一方で、租税回避ともいえる商品の開発や販売に税理士が関与している例が少なくない。米国では租税専門家がタックス・シェルターの販売に関与しているケースが多く、タックス・シェルターの販売に関する説明義務を適正に履行していない租税専門家が納税者から訴えられるケースも多い。我が国においても同種の節税商品過誤訴訟が散見されるようになってきているところをみると、決して米国に特有の問題と位置付けることはできそうにない。かかる意味では、税理士自身のコンプライアンスを維持するための方策も併せ考えていかなければなるまい。

(3) 節税商品取引と税理士の役割・責任
税理士は、納税義務の適正な実現を図ることを使命とするから、不正に国税や地方税の賦課徴収を免れることにつき、指示をしたり、相談に応じる等の行為をすることは許されない(税理士36)。すなわち、納税義務の適正な実現を回避させ、又は具体的な方法を教示して税の逋脱を図らしめたり、これについて相談相手となり脱税等につき肯定的な回答をすること、また、税の逋脱を企図させる意思を持って具体的な見解を表明する等により脱税を示唆することは許されない。これに違反すると、戒告、懲戒処分のほか、懲役、罰金という刑事罰が科されることとされている(税理士4512、58)。したがって、節税商品の販売者から租税の逋脱を企図する取引についての説明を求められた場合に、税理士がかような取引について肯定的な見解を表明することはできないと考えられる。
販売者から租税の逋脱を企図する取引についての説明を求められた場合には、脱税相談の禁止規定によりかかる取引への参加に歯止めがかかること、投資者の納税申告の際には、税理士から受けた節税商品に係る税制上の扱いの説明を活用し得ることが考えられる。このことから、コンプライアンスの高い税理士が節税商品に関与することは、長期的にみれば、むしろ納税義務の適正な実現に寄与することになるという見方もできるのではないかと思われる。
他方、未だ下級審レベルではあるが、裁判例においては「法令の許容する範囲内で依頼者の利益を図る義務があるというべきである。」(東京高裁平成7年6月19日判決・判タ904号140頁)とか、「課税実務において認められる内容の相続税対策を考案し、これをもって自己が経営する会社等を介して税務相談をすべき注意義務があるというべきである。」(東京地裁平成10年11月26日判決・判タ1067号244頁)などと、節税措置義務が判示される傾向にある。かかる義務は(準)委任契約上の根拠を有していると思われるし、税理士の使命に反するものではないと思われる。
求められるのは、かかる義務を否定するということでも、節税商品取引に関与する税理士を批判することでもない。かかる義務が裁判所によって判断される現下において、税理士が社会的使命を自覚し、コンプライアンス意識を高く保持することの重要性が改めて認識される必要があるのではないかと思われる。

(4) 税理士の責任強化とインフラ整備
税理士の責任を強化する議論の方向性は、ともすると税理士を萎縮させ、いたずらに税理士の裁量権を限定する考え方に繋がりかねない。税理士の責任を明確にしつつ、税理士活動の萎縮を避けるためには、インフラストラクチャーを整備充実することが考えられる。一例として、文書回答手続の拡充や税理士会等における研修の充実の問題を挙げることができる。

イ 文書回答手続の拡充
これまで、国税庁が実施する事前照会に対する文書回答手続は税理士業を圧迫する虞を強調するがあまり、税理士活動に有害なものという位置付けで議論されてきた嫌いがある。しかしながら、税理士が爾後の責任追及をおそれて明確な回答を避けるような事態が想定される現下において、文書回答手続は税理士の責任ある業務をバックアップするものと位置付けることもできよう。また、税理士に課される民事上の調査義務や説明義務を履行する際の重要なツールともなり得る。かような見地からすれば、文書回答手続の充実は税理士の活動フィールドにおける重要なインフラ整備を意味すると考えられる。

ロ 研修の充実
更に、税理士が社会的使命を自覚し、責任をもって活動するために、税理士の保持すべき専門的知識を確固たるものにするというのもその一つの方策であろう。
ドイツにおける連邦税理士会議所及び税理士会議所の任務には職業教育の促進が掲げられている。税理士の職業教育を促進するために、連邦税理士会議所ではドイツ税法学会との緊密な協力関係を構築している。ドイツ税理士法に規定する税理士会議所によるセミナー実施は、我が国税理士法の「税理士は、所属税理士会及び日本税理士会連合会が行う研修を受け、その資質の向上を図るように努めなければならない」との規定に通ずる(税理士法39の2)。税理士には租税専門家としての社会的期待が寄せられており、高度な注意義務が要求されていることなどに鑑みれば、税理士自身に研鑽義務が要請されることとは別に、税理士会が会員たる税理士に対して研修制度を充実させることも税理士会の社会的責務であるといえよう。

ハ 残された問題―税理士職業賠償責任保険の強制加入制度
税理士職業賠償責任保険の免責事項を巡っては数々の訴訟が提起されているが、免責事項によって保険填補が否定されるケースは少なくない。免責事項が大きく実際の責任保険としての機能を疑問視する見解もある。一方で、過少申告についてのモラルハザードの問題から、本来納めるべき納税額相当を保険の対象から外すことは、税理士の社会的使命を前提とすれば肯定されることになる。より深慮ある検討が要請されるところである。
ドイツでは、税理士職業賠償責任保険への強制加入が義務付けられている。社会的使命を帯びた税理士がその職責を十分に果たすためにも、同保険の強制加入制度の導入を検討すべきではなかろうか。

3 結びに代えて

 税理士制度は、税理士による納税義務者の援助を通じて、納税義務者が自己の負う納税義務を適正に実現し、これによって、申告納税制度の円滑、適正な運営に資することを期待して設けられたものである。税理士法1条の「申告納税制度の理念にそって」との表現は、かような税理士制度と申告納税制度とを形影相伴う一体のものとして捉えた表現であると理解できる。
税理士は納税義務の適正な実現を図るために、独立した公正な立場で、税務に関する専門家としての良識に基づき行動しなければならない。かかる良識が、社会的使命感を基礎にしたものであるべきことはいうまでもなかろう。
なお、税理士に対する責任の追及が厳しくなっているということは、税理士の社会的な責任が高く認識されていることの表れであると思われるし、そのことは同時に税理士に対する社会の期待が高まっているということでもある。税理士が社会的使命を自覚し、租税専門家としての責任をもって活動するための自己研鑽と研修の重要性は、改めて強調してもなお余りあると考える。

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