酒井 克彦

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

我が国の行政訴訟制度については、かねてより機能不全が指摘されてきた。そこでは、提起される訴えの数が比較法的に見て極端に少ないということ、原告勝訴の比率が低いことなど、主に行政訴訟の現象面が強調されてきたように思われる。また、行政事件訴訟の運用上、訴訟要件のハードルが高すぎる点、行政裁量について裁判所のコントロールが及ばないという点、提訴から判決までに長期間がかかるという点も指摘されてきたところである。
司法制度改革審議会は、レポート『国民がより利用しやすい司法の実現』の「司法の行政に対するチェック機能のあり方」の中で、まる1裁判を受ける権利の実質的な保障としての訴訟要件の緩和、まる2取消訴訟中心主義の見直しを基礎とした多様な訴訟類型の導入、まる3行政庁による裁量基準の明確化、まる4その他不服審査前置主義の廃止等の事項を示した。
まる1訴訟要件の緩和としては、訴訟対象性、原告適格、訴えの利益の範囲の拡大や被告適格、管轄、出訴期間等について行政事件訴訟法の定める訴訟要件の緩和、出訴期間の見直しなどが指摘された。また、まる2多様な訴訟類型の導入として、義務付け訴訟、予防的不作為訴訟など多様な訴訟類型の導入が示された。更に、まる3行政庁による裁量の幅を狭くするための手続的、実体的要件の明確化が示された。その他、まる4行政法に詳しい専門の裁判官による職権探知主義の選択的導入や、国民が迅速に救済を受けることを可能にすること、個別法による不服審査前置主義を廃止することなどが提案された。
このような議論の末、ほぼ42年振りに行政事件訴訟法の本格的改正が行われた。かかる改正はこれまでの争訟事務に多大な影響を与えると思われるが、実際に租税行政争訟に如何なる影響を及ぼすかについては、未だ判然とはしない。そこで、本研究では、司法制度改革を巡る議論などに目を向け、行政事件訴訟法改正が租税訴訟に及ぼす影響について検討を加えることとした。なお、紙幅の都合上、ここではその中心的な部分のみを示すこととする。

2 研究の概要等

(1) 原告適格

イ 行政事件訴訟法9条2項
行政事件訴訟法9条2項では、裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者についての法律上の利益の有無を判断するに当たっては、まる1処分又は裁決の根拠となる法令の趣旨及び目的、まる2処分において考慮されるべき利益の内容及び性質、まる3処分の根拠となる法令と目的を共通する関係法令の趣旨及び目的、まる4処分又は裁決が違法にされた場合に害されるおそれのある利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度の四つを勘案することが明記された。

ロ 源泉徴収に係る原告適格拡張論
これまで、税務署長が給与等の支払者に対して行った源泉徴収税額の告知について、支払者はその取消訴訟を提起することができるが、給与等の受給者はその取消訴訟を提起する原告適格を有しないとされてきた(最高裁昭和45年12月24日第一小法廷判決・民集24巻13号2243頁)。
行政事件訴訟法9条2項の趣旨からすれば、この場合に受給者の原告適格を否定するのは困難ではないかとし、源泉徴収の法律関係に関する従来の考え方の変更が迫られることを示唆する見解がある。
しかしながら、最高裁判決は、源泉徴収制度に係る法律関係は、国と源泉徴収義務者との間の公法関係と源泉徴収義務者と受給者との間の私法関係により構成されるとの前提に立つものであり、原告適格の拡張的解釈によって給与の支払義務者ではない者が源泉徴収に係る所得税の訴えを提起し得るのであろうか。また、現行法の「法律上の利益を有する者」の規定の改正なくして、法律上保護された利益説から離れることは想定し辛く、考慮事項に関する規定が設けられたことのみで、給与の受給者に原告適格を認めることは困難である。

(2) 被告適格
行政処分の取消訴訟に係る管轄裁判所が拡大され、行政訴訟へのアクセスが容易になった。この改正に伴い、例えば、京都の下京税務署長が行った処分の取消訴訟の場合、京都地裁はもちろんのこと、大阪地裁や東京地裁で訴訟が提起されるケースが生じるとともに、複数年分にわたって更正処分を行う場合には、異なる複数の裁判所に同時に訴訟が係属するケースが生じ得る。この点、過去3年分にわたって更正処分を行った場合に、各年分の処分に係る取消訴訟が異なる裁判所に分属するなど、管轄の濫用といい得るような状態が生じるときには、積極的に移送を申し立てるなどの対応が必要であろう。また、現行の管轄とかけ離れた裁判所で訴訟が係属することを極力避けるため、処分時における出訴期間等の教示の際に、行政庁の所在地の管轄地域を例示するなどの方法が考えられる。

(3) 義務付け訴訟

イ 義務付け訴訟の法定化
義務付け訴訟には、法令に基づく申請等をした者が、その申請等に対する一定の処分等を行政庁がすべきことを義務付けることを求める訴訟と(行訴法37条の3)、その他の義務付け訴訟がある。その他の義務付け訴訟とは、法令に基づく申請等ができない場合の義務付け訴訟をいうが、この場合の要件は、一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、その損害を避けるために他に適当な方法がないことである。なお、義務付け訴訟は、行政事件訴訟法9条と同様の原告適格を有する者に限り認められることとされている(行訴法37条の2)。

ロ 減額更正を求める義務付け訴訟
従来、更正の請求に対する不服の訴訟は、更正の請求に対する棄却処分の取消訴訟のみが認められてきたが、改正後は、減額更正処分をせよという義務付け訴訟を提訴できるとも考えられる。この場合、行政事件訴訟法37条の3第1項の要件を満たすことは明らかであるし、原告の請求に理由があるときは同条5項の要件を満たすことになるから、従来のような更正の請求の棄却処分の取消訴訟といった迂遠な方法によらなくてもいいことになるとの指摘もある。

ハ 期間徒過等により更正の請求ができない場合の減額更正
更に、期間徒過等により更正の請求ができない場合の減額更正についても、従来は職権の発動を促すことしかできず、減額更正処分を求める義務付け訴訟はできないものと解されてきた(京都地裁昭和56年11月20日判決・訟月28巻4号860頁)。
この点についても、行政事件訴訟法37条の2による義務付け訴訟が可能になるとする見解がある。すなわち、更正処分が可能な期間内であれば税務署長は減額更正処分をすべきであるから、行政事件訴訟法3条6項1号の要件を満たすし、同法37条の2の要件も満たすことになるから、本条の義務付け訴訟を提起することが可能だとするのである。しかしながら、これまでの判決は税務当局の第一次判断権を害することを懸念しており、この点からの考察が重要であると思われる。

ニ 義務付け訴訟と第一次判断権
第一次判断権の法理について、原田尚彦教授の著『訴えの利益』(弘文堂1982)72頁は、「この法理は、第一に法の執行についての行政責任を実証的に明確にするもの」とする。すなわち、「無数の行政法規の統一的でかつ調和のとれた執行は、行政府の責務に属し、行政庁の政治的責任のもとに統合されなければならない」のであって、「責任内閣制度は、行政庁のこのような責任体制を前提とする」と述べられる。このような要請を無視して司法判断によって行政判断を事前に拘束することを一般的に承認するならば、「行政府は司法判断の機械的執行者に転落し、法の執行を個別断片化して、行政責任に支障をもたらす可能性がある」といえよう。
行政に負わされる責任の判断をすべからく司法判断に委ねようとすることは、行政庁の判断による統一的で調和のとれた執行を等関視し、個別断片化した行政への指向として作用することになるのではなかろうか。そして、このような作用は、とりわけ租税行政にとっては致命的な問題を孕んでいると思われる。なぜなら、租税の公平な負担を目的としてなされるべき租税行政が統一的かつ調和のとれた執行から乖離することは、かかる行政目的を見失うことを意味するのであって、選択し得ない方向性であると思われるからである。
もっとも、かかる主張は行政庁の第一次判断権を絶対のものとして、例外を決して許さないというものではない。事前的な司法介入を要求する必要が顕著であり、しかもそれが行政の責任体制に支障を及ぼすおそれのない場合には、事前的な司法介入を排斥する積極的な理由はないのであって、この辺りを十分に斟酌することによって、行政事件訴訟法改正が事前救済の途を明確に開いたことの意義を活かすことになるのではないかと思われるのである。
解決を司法に委ねるべき紛争とは何かという問題解決は、ひとり個別の訴訟問題に直面する訴訟実務担当者のみに関わる問題に止まらず、租税行政に係る紛争の在り方の問題関心を経由して、租税行政全般に付与される判断権とは何かという問題への探求であるともいえよう。
国税庁では審理の充実が声高に叫ばれている現下、行政事件訴訟法改正が租税訴訟に付きつけている多くの問題に目を向け、審理・訴訟実務の充実と併せ、この法律の改正の意義を再確認する必要性を強調しておきたい。

 なお、本稿は「行政事件訴訟法改正と税務訴訟」の前編である。後編においては、当事者訴訟としての確認訴訟、差止訴訟、審理の充実、迅速化の要請に関する事項に加え、司法制度改革審議会などにおいて議論された不服申立前置主義の廃止論などについて論究する予定である。

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