岡崎 正江

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

近年のグローバリゼーションの進展は犯罪活動にも影響を与え、越境的・組織的に敢行される国際組織犯罪の深刻化が国際社会に認識されてきた。そして、その対抗上、各国の司法・法執行制度の強化及び国際社会全体の司法・法執行上の協力が不可欠として、国際連合等を中心とする国際組織犯罪及びマネー・ロンダリング規制への取組みが進められている。
マネー・ロンダリング犯の摘発は、経済取引の複雑・多様化する状況下、特に犯罪収益の捕捉において困難化する。そして、この状況がグローバリゼーションの進展によりもたらされていることは、更なる同犯の悪化と、摘発の困難化を予測させる。その規制は、今後、より実効性ある施策を求めるとみられるが、執行面では従来から捜査機関間の連携・協調の有効性がいわれている。そのような具体的施策が検討される場合、犯則調査権限を持つ国税当局は必ずしも無関係とはいえない立場にあるといえる。
本研究は、以上のような問題意識から、国税当局によるマネー・ロンダリング規制支援の可能性について考察するものである。

2 研究の概要等

(1) 国際的なマネー・ロンダリング規制の背景と取組み
グローバリゼーションの進展は、犯罪者が各国の法規制等の間隙を衝いて、摘発と没収のリスクを最小化しつつ、犯罪収益を最大化すべく、世界規模で犯罪活動を展開できる状況をももたらした。国際社会は国際組織犯罪の脅威を強く認識し、取組みを進めてきたが、不正利益獲得のため種々の犯罪活動が行われる組織犯罪への対抗上、犯罪収益の保持・運用というマネー・ロンダリング段階での規制が有効と考えられ、その規制は強力に推進されてきた。
国連を中心とするマネー・ロンダリング対策は、当初、麻薬問題において取上げられ、その有効性から国際組織犯罪全般を防止する対策として講じられてきた。そして、2001年9月の米国同時多発テロを契機に、テロ資金対策の観点からも、マネー・ロンダリング規制が推進されている。この間、1988年国連麻薬新条約、2000年国連国際組織犯罪条約が採択されている。
わが国では、1992年麻薬特例法、2000年組織的犯罪処罰法等が施行され、現在、国連国際組織犯罪条約の締結に伴う国内関係法の整備が進められている。しかし、組織的犯罪処罰法等によるマネー・ロンダリング犯の検挙状況からは、組織犯罪対策上有効とされるその規制も、摘発において犯罪収益の捕捉を課題としていることが窺がわれる。

(2) 国税当局によるマネー・ロンダリング規制支援の可能性と問題

イ 国税当局によるマネー・ロンダリング規制支援の形態
国税当局によるマネー・ロンダリング規制支援として、間接的規制支援と直接的規制支援の二つの形態が考えられる。
間接的規制支援は、不法利得に対する課税を積極的に行うものである。経済的利益の享受を前提に不法利得に担税力を認めて課税することに学説は概ね見解が一致している。しかし、課税あるいは犯則調査上不法利得等の実態解明は容易でなく、間接的規制支援に当たり、国税当局には、より効果的な資料情報の収集・分析及び調査手法等の開発が必要であり、例えば国税組織内の一元的な資料情報の共有・分析システム等の検討も必要と考えられる。
次に、直接的規制支援として、マネー・ロンダリングに対する犯則調査権限の拡大により、捜査当局のマネー・ロンダリング捜査に参加し、マネー・ロンダリング規制を直接的に支援することが考えられる。前提犯罪の立証を必要とするマネー・ロンダリング罪は、仮にその犯則調査権限が認められても、前提犯罪の立証に刑事訴訟法上の捜査権限を要するため、現行組織的犯罪処罰法上は不可能といえる。しかし、現在国会で継続審議中の改正案で検討すると、脱税を前提犯罪とするマネー・ロンダリングに限定して、犯則調査権限拡大を考える余地がある。この場合、例えば不法利得に関する犯則事件で証拠収集可能な範囲で脱税犯を告発し、併せて脱税額に相当する部分のマネー・ロンダリング犯を告発することが可能と考えられる。

ロ 米国IRSの取組みとその問題
米国IRS-CI(犯罪捜査部門)は、内国歳入法規定の脱税犯にとどまらず銀行秘密法・麻薬乱用防止法等が規定する麻薬犯罪及びマネー・ロンダリング犯の捜査権限を持つが、特に、マネー・ロンダリング犯については「進行中の脱税」と位置付け、捜査に当たっている。
IRS-CIの捜査権限拡大の背景には、その財務捜査における捜査能力への評価と、麻薬等組織犯罪対抗への国家的要請があった。しかし、1990年代末IRS改革時、「政治的要請等もあり、設立当初の目的である脱税取締り・摘発という役割を逸脱し他官庁のための協力機関化している。連邦政府機関内で唯一脱税の摘発をなし得ることを自覚すべき」等の批判を受けた。
このことは、国家的要請による施策であるとしても、その施策を執行する行政機関にとっては、それが行政目的に適うことが何より重要であることを意味するものと考えられる。

ハ 問題
国税当局によるマネー・ロンダリング規制支援については、一として、次のような法的問題がある。まず、間接的規制支援が有効に機能するためには、国税当局内の一元的な資料情報の共有・分析システム等が必要と考えられる。そして、これを実現する上では、国税当局内での資料情報の共有において憲法上要請される課税調査手続と犯則調査手続の峻別による制約の克服が必要となる。また、直接的規制支援が有効に機能するためには、国税当局と捜査当局の情報交換制度が必要と考えられる。そして、これを実現する上では、国税当局が把握した脱税以外の犯罪収益と疑われる資金等の情報の捜査当局への提供について、守秘義務上の問題の克服が必要となる。
二として、マネー・ロンダリング規制支援について、税務行政の目的上に位置付けることが可能かという問題がある。

(3) 現法制における法的問題

イ 憲法からの制約
供述拒否権の保障は、純然たる刑事手続だけでなく、実質上刑事責任追及のための資料取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続にも及び、その結果、課税調査には及ばないものの犯則調査には及ぶことから、両調査手続は峻別を求められる。
国税当局内での資料情報の共有に対する課税調査手続と犯則調査の手続の峻別の要請による制約について、法人税法156条等「質問検査権は犯罪捜査のために用いてはならない。」旨規定の解釈問題から検討する。判例は、課税調査上の犯則事実の発見により犯則調査へ移行する際の資料提供について、適正な課税調査による限り認める。しかし、課税調査で取得収集された資料の無制限な犯則調査への利用を認める判例・裁判例はなく、また、課税調査と犯則調査の峻別が人権への配慮と適正手続の要請から導かれることを考えれば、今後、そのような判断が示されることも考え難い。国税当局内の一元的な資料情報の共有・分析システムを構築するためには、特別法等の制定による課税調査手続と犯則調査の手続の峻別の要請による制約の克服が必要と考えられる。

ロ 守秘義務からの制約
税務職員には国公法上の守秘義務に加えて個別税法上の守秘義務が課されるが、その根拠は、納税者にプライバシー等秘密について他の公務員よりも厳守を約束することで調査協力を得るため、更には税務行政の円滑な遂行を期するためとされる。
これらの守秘義務が解除される例として、まる1法令による解除(所得税法233条の申告書の公示等)、まる2個別解釈上で違法性阻却事由が認められる場合がある。しかし、法令上の根拠もなく国税当局に納税者等の秘密という重要事項について守秘義務の解除を認めることは、課税庁の裁量による守秘義務の解除を認めることになり得る。マネー・ロンダリング規制上の捜査機関との連携協調として要請であるとしても、法令による解除が必要と考えられる。

(4) 税務行政の目的とマネー・ロンダリング規制支援の位置付け
間接的規制支援及び直接的規制支援における憲法及び守秘義務の制約の問題は、新たな法令の制定による克服を必要とする。また、直接的規制支援は、脱税を前提犯罪とするマネー・ロンダリング罪を特化した罰則法と対応する手続法の制定(国犯法の改正)を必要とする。
これら法の必要性は、税務行政目的上の必要性から判断されるが、その判断において納税者コンプライアンスが重要な要素になると考えられる。例えば課税等を逃れる者が著しく増加し、適正申告を行う納税者が強い不公平感を抱くような状況では、直接的規制支援は「進行中の脱税」への対処として納税者コンプライアンスの維持・向上に資すると考えられる。
納税者コンプライアンスという主観的状況の把握は容易ではなく、国税当局においても、その施策は行われていない。今後、これを検討する上で、米国IRS等でのコンプライアンス測定に関する取組みや、地下経済研究における「申告されざる所得」に関する研究は、示唆を与えるものと考える。

3 結論

国税当局によるマネー・ロンダリング規制支援形態として間接的規制支援及び直接的規制支援が考えられるが、それらの前提となる法の必要性は、税務行政目的上の必要性から判断される。その判断上、納税者コンプライアンスの状況は重要な要素の一つとなるが、国税当局としてこれを把握する施策は実施されていない。
しかし、まる1わが国のマネー・ロンダリング規制は、規制法制定以降強化・推進されてきたが執行面で課題があること、まる2マネー・ロンダリングがグローバリゼーションを背景に伸展していることから、今後その犯罪状況の更なる悪化が予測され、実効性ある具体的施策の検討・実施が求められるものと考える。将来的にマネー・ロンダリング規制支援を要請されること等も考慮し、国税当局は自ら規制支援の必要性を判断するために、納税者コンプライアンス水準の測定等施策に取り組むことが必要と考える。

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