(1) 平成17年2月12日付日経新聞(朝刊)。 

 
長坂 光弘

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

新聞報道によると、国と地方は毎年、一年間に集めるべき税金の9割強の徴収にこぎつけているが、地方のみで見ると、2002年度までの5年間で徴収率は緩やかながら低下傾向になっており(1)、また、国民年金の未納率は4割にも及び、年金制度への不信感は高まっている(2)、という。
一方、国税の徴収について見ると、滞納整理中のもの(いわゆる滞納残高)は、約20年間に渡って増加を続けたが、平成10年度末で2兆8,149億円となったのを境として、現在は連年減少を続けている(平成15年度末で2兆228億円)(3)
このような状況を背景に、公租公課の徴収について、他に助力(徴収共助又は民間委託)を求めてその方策を検討する動きも出てきている。
そこで本稿は、徴収共助については、租税徴収の特殊性(納税の猶予、換価の猶予、滞納処分の停止など、政策的考慮の必要性)との関係では必要性を是認できるものの、
専ら徴収共助を必要とする徴収機関にとっての徴収の効率化(徴収率の維持・向上)に資するものである場合には、差押先着手主義(いわゆる早い者勝ちの原理)が採用されたこととの関係から、自ずと限界があるとの問題意識の下、
租税徴収に関する現行法規の枠組み(4)を前提として、納税者の権利保護を図りつつ徴収機関の事務簡素化を図るという意味での徴収の効率化を目指し、国税当局と地方税当局及び社会保険庁との徴収共助のあり方、可能性を検討する。
なお、本稿では、独立対等・平等な関係にある徴収機関(国税当局、地方税当局)と独立の関係にある徴収機関(国税当局、社会保険庁)が、それぞれの所掌する徴収事務の効率化のため、相互に支援するという意味で、徴収共助という用語を用いることとした。

2 研究の概要等

(1) 徴収共助の必要性とその態様
租税(公課)徴収に係る現行法規は、納税(納付)義務の履行を確保する方法として、徴収機関に、自力執行権を与え、自ら簡易・迅速に行動できるようにするとともに、併せて差押先着手主義を採用することにより、収入確保に関するインセンティブを働かせようとする枠組みとなっている。
そして、収入の確保は、私法秩序の尊重及び徴収の合理化という理念に基づき合理的に整備された枠組みを通じて、究極的に達成すべき目的である。
このような理念・枠組みを維持しつつ、徴収の合理化に資するということで導入された差押先着手主義のもたらす弊害を極小化する必要があるとの観点に立脚すれば、国、地方公共団体、社会保険庁が競合する場合、行政機関相互間の問題であることを理由に滞調法のような措置をとらなかった法の趣旨を踏まえ、相互の信頼関係に基づき、まる1差押債権者が権利の上に眠ることを防止し、その処分の進展を図ること(5)まる2法の予定する緩和措置において適切な救済が図られるようにすること(6)が求められている。
このことから、迅速な手続を確保するための徴収共助と納税者保護の充実のための徴収共助は、法の趣旨から当然に求められる徴収共助ということが導き出される。
そうすると、租税(公課)徴収に係る現行法規の趣旨を前提とした場合、徴収共助は、法の趣旨から当然に求められるものと、それ以外のものに区分して考えるべきこととなる。

(2) 法の趣旨から当然に求められない徴収共助の限界
例えそれが徴収の効率化のためのものであったとしても、一般論として許容されるためには、少なくとも、まる1それを必要とする徴収機関と、要請を受ける徴収機関の双方にとって、徴収の効率化に資するものであることが必要であり、かつ、まる2それが、一般国民の私法上の法律関係に与える影響を最小限度にとどめるという、現行徴収手続(自力執行手続)の目的に反する結果を招かないものであることが必要である(許容される限界がある。)。
そして、この徴収共助を採用すべき否かは、それを必要とする原因との関係において、初めて検討し得ることとなる。

(3) 法の趣旨から当然に求められない徴収共助の検討

ア 同一滞納者に対し異なる徴収機関の差押えが競合した場合に必要となる徴収共助
同一滞納者に対し複数の徴収機関が競合した場合であっても、高価有利に売却すべきであるということが関係徴収機関に求められているから、

まる1 同一滞納者の所有に係る密接に関連する不動産を、異なる徴収機関が差し押さえている場合

まる2 同一滞納者の所有に係る同一団地内の複数筆の土地(一団の土地)を、異なる徴収機関が差し押さえている場合

まる3 同一滞納者の所有に係る同一団地内の複数筆の土地(一団の土地)を、異なる徴収機関が差し押さえた結果、無道路地を差し押さえた徴収機関が存在することとなった場合

には、一括換価(7)するための徴収共助が必要である(地方公共団体も同様)。

イ 地方税当局の立場から徴収共助が必要と考えられる原因と対応
今までの対応方法では滞納額の累増に対処することが困難な地方公共団体が存在することも事実であるが、滞納処分の能力等が不足する地方公共団体であればこそ、自己努力が必要であるということであり、その上でなければ他の徴収機関に徴収共助を求め得ることはできないと考える。
そして、この自己努力のメニューとしては、まる1情報公開と職員の意識改革、まる2職員の専門的知識不足への対応としての組織内共助等、まる3職員に履行確保を求めるインセンティブを働かせるための対策、まる4滞納者名の公表など徴収制度の実効性を担保するための方策の検討などが考えられる。

ウ 社会保険庁の立場から徴収共助が必要と考えられる原因と対応
現行制度では、公課で強制徴収を認めるものの優先順位は、すべて国税及び地方税に次ぐものとしていることから、社会保険庁が他の徴収機関に徴収共助を求め得るとしても、社会保険庁にとってそのメリットが少ないと考えられる。
保険料徴収の問題については、当面、制度の持つ根本的な問題の見直しを伴わない未納率圧縮策(対処療法)には限界があることを踏まえ、緊急対応プログラムに沿った対策を着実に実施していくことが必要であると考える。

(4) 法の趣旨から当然に求められない徴収共助の具体的メニューとその限界

ア 徴収機構の一元化(徴収一元化)
徴収機構を一元化(徴収を一元化)する目的は、本来、行政主体の立場からは、全体としての事務簡素化(最小徴税費の実現)にあり、納税者の立場からは、利便性の向上(納税者サービスの向上)にあるから、一元化の対象債権が少なくとも同質の金銭債権であり、かつ、賦課単位が同一であるなどの条件整備がなされることが最低限必要である。

イ 滞納処分等のみを他に委ねる徴収共助
滞納処分の能力等が不足する地方公共団体において、自己努力をしてもなお、必要があるのであるならば、他の徴収機関(他の地方公共団体又は国税当局)に徴収共助を求めることも許されるべきであり、地方公共団体及び国税当局をまたがる徴収の嘱託の仕組みがあってもよいのではないかと考える(制度的手当てが必要)。

(5) 徴収民間委託の可否
租税徴収の民間委託については、滞納処分手続と強制執行手続とを並存させている趣旨を踏まえ、公権力の行使(滞納処分等)は、特に適切かつ公平であることが求められるという観点に立脚すれば、自力執行権の発露たる滞納処分手続きは許されず、収納事務(コンビニ収納や納付しょうよう(あるいは集金))などについてのみ検討を進める余地がある、と考える。
なお、受託する民間企業が事業として継続可能な収益をあげ得るかという観点からすれば、最低必要となる経費(職員教育経費、人件費、連絡経費(通信費・交通費)等)を少なくとも上回る手数料が必要であるが、一方、徴収機関からすれば、現行の徴税経費以下の費用で委託する必要があるともいえることから、受託した業者が事業として継続可能な収益をあげるのはかなり厳しいのではないかと思われる。

3 結論

租税(公課)徴収に係る現行法規の趣旨を前提とした場合、徴収共助は、先ず、法の趣旨から当然に求められるもの(簡易・迅速な手続を確保するための徴収共助及び納税者保護の充実のための徴収共助)と、それ以外のものに区分して考えるべきであり、後者についての具体的メニューの採否は、先ず一般論として許容される範囲内で、かつ、それを必要とする原因との関係から検討されるべきものである。
このような観点から、滞納処分の能力等が不足する地方公共団体において、自己努力をしてもなお、必要があるのであるならば、他の徴収機関(他の地方公共団体又は国税当局)に徴収共助を求めることも許されるべきであり、地方公共団体及び国税当局をまたがる徴収の嘱託の仕組みがあってもよいのではないか、と考える。


(1) 平成17年2月12日付日経新聞(朝刊)。 本文に戻る

(2) 平成17年2月10日付日経新聞(朝刊)。 本文に戻る

(3) 国税庁ホームページ参照( https://www.nta.go.jp/ )。 本文に戻る

(4) 租税徴収に関する現行法規は、まる1租税徴収確保の要請に基づく自力執行性及び優先性の承認(特殊な制度的保障)、まる2私法秩序の尊重と租税徴収確保の要請との調整(租税徴収が最小の犠牲において行われるべきことを担保)、まる3租税徴収制度全般の合理化(法律に基づく行政手続としての滞納処分手続そのものの合理化、近代化、法律化)、を基本的枠組みとして構築されている。 本文に戻る

(5) 換価の催告があった場合、まる1法令の規定(換価制限等)又はこれに基づく処分(納税の猶予による換価制限等)により、滞納処分手続を進行できないときは、その事実を連絡、まる2前記まる1以外の事由により相当の期間内に滞納処分による売却ができないときでも、その理由を連絡すべきであり、その旨了解事項に盛り込む必要がある。 本文に戻る

(6) 行政機関相互間において法の求める必要な政策的考慮を適時適切に行えるよう、少なくとも、納税緩和措置を適用する場合の判断基準・要素等を統一することが必要である。 本文に戻る

(7) 高価有利という観点からの一括換価については、現在、一つの徴収機関と同一滞納者の所有に係る複数の差押不動産を中心に議論され、また、そのように取り扱われている。 本文に戻る

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