松田 直樹

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的、問題点等

最近、少子高齢化の進展を背景として、多くの主要国では社会保障制度の改革が非常に重要な課題となっている。とりわけ、公的年金制度の改革は、喫緊の課題であり、少なからぬ国々では、既に抜本的な制度改革が進められている。我が国でも、深刻化する国民年金保険料の未納問題への対応や政治・社会的な問題となっている社会保険庁の抜本的な組織改革が叫ばれる中、公的年金制度改革の必要性は、嘗てないほどに高まっている。
上記のような状況の下、保険料の引上げや基礎年金財源の国庫負担割合の引上げなど代表される国民年金制度の改革が予定されているが、国民年金保険料の納付率の向上や徴収の効率化については、その有力な選択肢の一つとして、北米諸国や一部の欧州諸国等で実行されているように、税務当局が国税と公的年金保険料等を一元的に徴収するという態勢を構築するということが望ましいという主張がされるようになっている。
本稿は、実現することになれば税務行政に多大な影響を及ぼすこととなる徴収一元化という問題について、諸外国では、どのような経緯を経て一元化が行われ、その理想と現実にはどれほどの乖離が認められるのか、また、徴収一元化を成功させるための条件とは如何なるものであるのかなどを考察し、我が国における徴収の一元化の是非・導入のインプリケーション等を巡る議論に資することを主な目的としている。

2 研究の概要等

本稿第1章「国民年金制度の実態」では、近年、国民年金保険料の納付率の低下によって、国民年金制度が標榜している国民皆年金の理想と現実との乖離が拡大してきているという点に着目している。このような状況が生じている背景には、国民皆年金という理念を制度上どのように具体化するかという制度設計に対して、国民の不信感が少なからず存在しているという事実がある。
この観点から重要なポイントとなるのが、無・低所得者を制度設計上どのように取り扱うかという問題であるが、とりわけ、第3号被保険者問題と無年金障害学生問題は、最近の制度改正や訴訟においても焦点となっている。また、国民の不信感は、このような制度設計に係る問題だけでなく、保険料を納付すべき者を適切に把握して未納付に対して強制的な徴収を行うという態勢が十分に整備されておらず、負担が偏っているというような問題によっても増幅している。
第2章「国民年金保険の性質と徴収一元化論との関係」では、第1章における考察で明らかとなった国民年金制度の歴史的な変遷によって、保険原理が修正され、その昨今における実体が、かなり曖昧なものとなっており、そのことが国民年金制度に対する不信感の一つの大きな原因であるが、最近の年金制度改革は、国民年金と税との異質性を更に希薄化させているという点に目を向けている。
このような国民年金制度における保険原理の大きな修正は、保険方式の限界を示唆し、保険方式から税方式への移行、さらには、税方式による徴収一元化論に道を開くこととなる。他方、このような修正は、保険料の徴収率を高めて負担と給付のリンクを強化する必要性を高めるものであるという見方をすれば、そのリンクを強化させる手段として、保険方式の下で徴収一元化を行うという選択肢も考えられる。
第3章「徴収方法の今日的な趨勢と米国の徴収一元化」では、近年、徴収一元化のメリットを重視し、その実現に向けた制度改革に取り組む国々が増加してきている点に着目している。このような趨勢を踏まえ、本章では、先ず、徴収一元化の先駆けとなった米国のケースを考察し、米国では、どのような経緯・変遷を経て徴収一元化が定着してきたのかを検討している。
確かに、徴収一元化の下、米国では社会保障税の徴収コストが低いレベルに抑えられているが、今後は公的年金制度の財政状況の悪化が確実視され、負担と給付のバランスに変更を加える公的年金制度の改革が不可欠となり、また、不法労働問題などの徴収上の課題も深刻化することが予想されるなど、社会保障税の徴収を取巻く環境は大きな変貌を遂げるものと考えられている。
第4章「徴収一元化への移行を成功させた国々の実状」では、スウェーデンとカナダの徴収一元化の根拠、背景、経緯及び実態を考察している。これらの国々において徴収一元化が図られた背景には、公的年金制度に対する国民の信頼の低下や徴収態勢の未整備などによる未納率の増加というような事情は認められない。これらの国々における徴収一元化論の根拠・背景は、我が国のものと大きく異なっていたのである。
また、これらの国々の徴収一元化が成功した理由としては、そもそも、徴収一元化を成功させるための諸環境が、徴収一元化を実現するに先立って、かなり整備されていたということ、また、徴収一元化の前後において、一元化を補完する諸々の施策(関係法令等の簡素化・統合化措置や予算的措置)が適宜講じられたということなどが挙げられる。
第5章「英国における徴収一元化」では、英国歳入庁の場合、1999年に組織統合を伴う徴収一元化が実現する以前から、一部の社会保険料と税については、既に一元的な徴収を行っていたという実績があったにもかかわらず、今回の徴収一元化では、第4章で採り上げた国々の場合よりも、組織面、法律面及び執行面において、かなりの調整が必要とされたという点に着目している。
実のところ、現在でも、英国歳入庁は、組織面や執行面において、依然として幾つかの大きな課題(データの統合、職員の融合、職務の困難性の高まりへの対応等)を抱えている。このことは、徴収事務の統合に実績がある場合でも、大規模な組織統合を伴う徴収一元化への移行は、決して簡単なものではないということを物語っている。
第6章「徴収一元化の是非を判断するための基準」では、徴収一元化への移行は必ずしも容易ではなく、実際のところ、徴収一元化が社会保険料の徴収の効率性を高めるなどの成功を収めるためには、一定の前提条件(例えば、S. ロス氏が掲げる「ロスの前提条件」)をクリアーすることが必要であるという見方があり、このような見方は、本稿第4・5章における諸外国の徴収一元化の実態に照らしても、妥当なものであるということを指摘している。
我が国の状況を「ロスの前提条件」に照らしてみると、その中で最も重要な前提条件(「租税徴収当局側の執行体制が近代的であること」)の充足度合いは別としても、その他の無視できない前提条件(「保険料徴収当局の近代的な徴収体制」及び「徴収を取巻く良好な諸環境」)については、近年、諸々の施策が講じられ、状況は幾らか改善はしているものの、その充足度合いは、依然としてかなり低いと言わざるを得ない。
終章では、我が国の状況は、徴収一元化が成功するための前提条件を充足しているとは言い難いことから、当面は、税と保険料の徴収共助を推進することが現実的であるが、あくまで徴収一元化の実現に固執するのであれば、本稿第4章以下における考察から示唆されるように、少なくとも徴収一元化を補完する諸々の措置を一元化の前後において講じることが不可欠であると論じている。
このような補完的措置の効果は、その内容・規模如何に左右されるが、他方で、税と保険料の性質上の差異に起因する制度上の相違点の調整の程度如何によって限界付けられるという側面もある。もっとも、このような限界は致命的な問題ではない。致命的であり得るのは、徴収体制や徴収を巡る諸環境の整備のあり方論を棚上げしたまま徴収方法のあり方を議論することである。徴収一元化が万能薬でないことは、「ロスの前提条件」や徴収一元化を経験した諸外国の実状が証明している。

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