高田 具視

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 少子・高齢化の急速な進展などの経済社会の構造変化や危機的な財政状況を背景として、あるべき税制の構築に向けた改革論議が進められており、今後、消費税の役割を高めていくことが税制上の大きな課題となっている。
 消費税は、消費水準に応じて比例的に負担を求めることができ水平的公平に資するという特長を有している反面、所得に対する負担割合は逆進的となり、この逆進性の問題が消費税に対する不満の大きな要因にもなっている。
 今後、消費税率の引上げ論議が本格化していく際には、逆進性への対応策が大きな論点の一つとなり、食料品等に対する軽減税率の導入を求める声がこれまで以上に高まっていくことは必至であろう。
 そこで、本稿では、消費税の食料品等に対する軽減税率の導入問題に焦点を当て、そのあり方等について考察する。

2 研究の概要等

(1) 逆進性の実態と対応策
 実収入に対する消費税の負担割合は、実収入の増加に従ってやや低下する傾向があるが、税制全体としては依然としてかなりの累進性が確保されている。一方、食料品に対して軽減税率を適用した場合の負担の変化(試算)を見ると、相対的な負担割合を緩和する効果は認められるものの、高所得者層にもより高額の軽減効果が及ぶため、必要となる財源の大きさに比し低所得者層の負担軽減効果はさほど期待できず、効率性の観点からは疑問が多い。
 逆進性に対応するための具体策については、様々な手段が考え得ることから、その得失等を総合的に勘案しながら、適切な選択あるいは組合せが検討されるべきである。

(2) 食料品等に対する軽減税率制度のあり方についての考察
 軽減税率の導入は、制度の簡素化や経済活動に対する中立性に反し、また、税収面への影響も大きいなど、これまで多くの問題点が指摘されてきている。しかしながら、今後の消費税率引上げの前提条件として、その導入が政治的に不可避となることも予想され、特に、食料品の扱いを中心に具体的な仕組みのあり方について検討しておくことは重要である。
そこで、売上税法案や平成2年の見直し法案など過去の政府提案における食料品に対する特例措置の内容にも触れながら、そのあり方について考察した。

イ 対象となる食料品の範囲
 軽減税率の対象となる食料品の範囲については、低所得者層への配慮という政策目的に照らせば、日常的な食料品に限定することが望ましい。
 しかしながら、家計調査などの客観的なデータに基づき、対象となる食料品を合理的な基準で選定することは困難である。また、「生鮮食料品」や「基礎的食料品」として特定することについては、既存の制度に確立した概念がないほか、食料品は一般的に生鮮なほど高価なものが多いといった問題もあり、生鮮食料品等の概念を用いて税法で新たに特定し、定義づける意義、実益は見出せない。そうすると、対象範囲を限定する方法としては、主要国にも見られるように、いわゆる贅沢品を限定列挙して軽減対象から除外することが現実的かとも考えられるが、贅沢品の範囲をどのような基準で特定するかなど問題も多い。
 このように、食料品の一部を合理的な基準で区分することは困難であり、また、食料品の中に税率区分を設けることは国民の間に混乱を生じかねないことから、過去の政府提案においても食料品全体が特例の対象となっているものと考えられる。
 また、軽減税率の設定は消費税の適用税率を異にするものであることから、対象となる食料品の判定に混乱が生じないよう、その範囲を明確にする必要があるが、これを法令だけで網羅的に規定することは不可能である。したがって、法令の解釈、あるいは予想される限界事例等について、通達等により予め統一的な取扱いを定めることが重要となる。
 なお、食料品の定義については、過去の政府提案の内容を基本として検討されることとなろうが、過去の政府提案では食料品の譲渡は非課税であり、仕入税額控除の仕組みが機能しないのに対し、軽減税率の場合には仕入税額控除が可能となり、前段階の税負担は小売段階で調整されるので、基本的には最終消費財たる食料品を対象とすれば十分であろう。

ロ 食料品の譲渡の範囲(飲食サービスとの仕切り)
 食料品の譲渡に対して軽減税率を適用する場合、いわゆる飲食サービスとの区分をどう仕切るかという難しい問題がある。基本的な考え方としては、設備の提供を伴うものや配膳その他の人的サービスを伴うものは、飲食サービスとしての役務の提供の性格が強いものと言えよう。しかしながら、外食産業の形態は多様化し、譲渡かサービスかの区分は一層困難になってきており、また、外食が一般的に贅沢であるという考え方自体が時代錯誤ではないかとの批判もあり得よう。軽減税率の対象を「譲渡」か「サービス(役務の提供)」かという基準で区分する考え方を見直す必要があるのかもしれない。

ハ 税率水準と問題点
 軽減税率を設ける場合の税率水準については、税収への影響(食料品のウェイト2割強⇒1%当たり約5千億円)等を考慮して設定される必要があるが、軽減税率の導入は、あくまで税率引上げに伴い拡大する逆進性の緩和策と位置づけるべきであり、少なくとも制度変更時の水準は維持すべきである。
 なお、ゼロ税率は、課税ベースが大きく侵食される、対象範囲の拡大を誘引する、恒常的に還付が生ずる事業者が多発するなど問題が多く、採用すべきではない。

ニ 食料品以外の生活必需品
 食料品に軽減税率を設けることになると、書籍、新聞、医薬品、公共料金、住宅、医療(現行では非課税)等々に軽減要望が拡大していく可能性が極めて高いが、そもそも、何が生活必需品か否かを合理的な基準で特定することは不可能である。食料品に対する軽減税率の導入は、軽減対象の際限のない拡大という問題もはらんでいる。

(3) 制度面、執行面への影響等
 消費税の複数税率化は、その制度設計の困難性のみならず、仕入税額控除等の諸制度、さらには、事業者の事務負担、税務執行面にも様々な影響を及ぼすことから、その導入の是非については、こうした点も合わせた慎重な検討が必要である。

イ 仕入税額控除制度
 軽減税率が採用されれば仕入れについて複数の税率が存在するため、適正な仕入控除税額の計算という観点から、ヨーロッパ型のインボイス方式の導入が不可欠になるという意見が多い。他方で、インボイス方式の導入に対しては、従来から事業者の事務負担や免税事業者の取引排除の問題を懸念する指摘がなされてきている。
 食料品の仕入れはほとんどの事業者に存在すること等から、現行の請求書等保存方式の下で食料品の軽減税率に適切に対応していくことは困難であろう。もっとも、インボイス方式の導入問題については、今後、消費税の役割を高めていくのであれば、免税事業者からの仕入れについて税額控除を認めている現行制度の理論上の矛盾を解消し、公平性、透明性をより高めていくことが、消費税に対する国民の理解を深める上でも重要であり、複数税率化の有無にかかわらず、早晩、取り組んでいくべき課題と考える。なお、平成15年度の税制改正により免税点の水準が大幅に引き下げられるなど、インボイス方式に向けた環境は変化してきており、同改正後における事業者の実態等を踏まえつつ、我が国におけるインボイス方式の具体案についても検討を進めていくべきであろう。

ロ 中小事業者に対する特例措置
 平成15年度の税制改正後においても約230万の免税事業者のほか、200万戸を超える免税農家が存在する。食料品に軽減税率が導入され、標準税率と軽減税率の水準に一定以上の差がある場合には、農家を中心に恒常的に還付申告が可能となる事業者が多発することになるが、免税事業者が還付を受けるためには、課税事業者を選択し、本則計算による申告書を提出しなければならない。このため、農家の納税事務負担への配慮という問題を惹起し、それに対応するための新たな特例の創設を巡って難しい政策判断を迫られることになるであろう。
 また、簡易課税制度については、複数税率の下では適正なみなし仕入率の設定が困難になるという問題が生ずる一方で、すべての零細事業者に本則計算を求めていくことが可能か、あるいは現実的かという問題もあり、公平性を重視して制度を廃止するか、あるいは、簡素性を考慮して一定の見直しを図りつつ制度は今後とも存続させるか、いずれにしても大きな政策判断が必要となる。

ハ 執行上の諸問題
 食料品が軽減税率になれば、多くの事業者に対象品目の仕分け、レジの改造や取替え、申告納税事務の手間といった負担が増加する。
 また、課税庁においても、食料品に該当するかどうか、あるいは譲渡に該当するかどうかの判定等について個別の事例に対応できるような専門的知識を持った職員の養成が必要となるほか、膨大な還付申告や事後調査に適切に対応するための事務量の確保など執行体制の大幅な見直しも必要になろう。

3 まとめ

 政府税制調査会の累次の答申では、「軽減税率を設けるべきか否かという問題は、政策的配慮の必要性と制度の中立性・簡素性との間の比較考量により判断すべき問題である」と指摘しつつ、食料品等に対する軽減税率の採用は、消費税率の水準がヨーロッパ並みである二桁税率となった場合の検討課題であるとの考え方が示されている。
 逆進性への対応策としての食料品に対する軽減税率の導入は、所得階層別の消費税の相対的な負担割合を緩和する効果は認められるものの、所得の高い層ほど軽減額も多くなるなど効率性の観点からは疑問も多く、逆進性対策として有効なものとは言い難い。その一方で、対象となる食料品の範囲や飲食サービスとの仕切りなど具体的な仕組みの構築に多くの困難が予想されるばかりでなく、中小事業者に対する特例措置など他の制度に与える影響も大きい。また、事業者の事務負担の問題、特に農家の還付申告のための納税事務負担への配慮といった新たな難題を惹起するほか、税務執行面に与える影響も大きく、税制の基本原則である中立性や簡素性の大きな阻害要因となる。
 こうした軽減税率による逆進性の緩和の効果とその導入に伴う様々な問題を勘案すれば、軽減税率の導入は経済的合理性に著しく反しており、将来的に二桁税率となっても、可能な限り単一税率を維持すべきである。そして、逆進性への対応については、低所得者層の絶対的負担の軽減を主眼として、社会保障制度等を通じたきめ細かな配慮による対応を中心とすることが適当であり、低所得世帯への税額控除(還付)方式についても、将来的な課題として、その採用の是非について真剣な議論、検討がなされるべきであろう。
 いずれにしても、逆進性への対応策については、それぞれの施策の得失等を総合的に勘案しながら、適切な選択あるいは組合せが検討されるべきであり、少なくとも、二桁税率になれば軽減税率を導入することを所与のものとして議論、検討していくことには慎重であるべきと考える。

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