鈴木 高之

研究科第39期
研究員


要約

1 研究の目的

 脱税は、申告納税制度の下で国家的法益である課税権を侵害する重大な犯罪である。
 ほ脱犯の処罰は、悪質な納税者の刑事責任を追及するとともに、国民の納税意識の高揚と申告納税制度の維持と健全な発展を図る役割を果たしている。
 申告納税制度の維持、発展については、税理士制度も、納税者の適正な納税義務の履行確保を通じて大きな役割を果たしているのであるが、近年のほ脱犯の事例では、税理士が共犯として加功している事例もみられる。税理士の公共的役割を逸脱したこのような行為は許されざる行為であって、申告納税制度の円滑な運営を図っていくためにも、厳しく処罰されなければならないと考えられる。
 そこで、この研究では、税理士のほ脱犯の犯則行為者選定について、裁判例等を中心に検討し、具体的な認定要素を整理する。また、税理士による脱税相談については税理士法でも罰則規定が設けられていることから、税理士法の罰則適用の問題について考察する。更に、平成14年4月から税理士法人の設立が認められたことから、税理士法人の刑事責任についても併せて考察する。

2 研究の概要

(1) 税理士の犯則行為者の選定

イ 問題の所在
 ほ脱犯の実行行為は、虚偽過少申告(無申告ほ脱犯の場合は無申告)であり、事前の脱税工作自体は実行行為そのものではないことから、税理士が事前の脱税工作に関与している客観的事実が認められても、直ちにほ脱犯の共同正犯として犯則行為者に選定することはできず、正犯である納税者との間に共謀共同正犯の関係が認められなければならない。従って、こうした共謀関係を立証するにあたり、どのような事実によってそれを根拠付けるかが問題となる。

ロ 共謀の認定要件
 一般に共謀事実を認定する要件としては、1犯行に対する積極性、2共謀者の犯行の動機、3共謀者と実行行為者との人的な関係、4共謀者間の意思疎通行為、5共謀者が果たした役割の重要性、6犯行結果との関わり合いなど場面において、他人の犯罪を自己の手段としたといえるかどうかにより、総合的に判断される。
 税理士を共犯とするほ脱事件の裁判例を検討すると、これらの要素について、次のような事実が取り上げられている。

(イ) 犯行に対する積極性
 脱税報酬の受領の事実、税理士が有する専門的知識や経験によって犯行計画や手口を教示し、役割分担の指示等を主導的立場で行い、共犯者がその内容を相互に合意した事実

(ロ) 犯行の動機
 脱税報酬の受領、大口顧問先の確保、脱税資金の詐取等の目的

(ハ) 共謀者と実行行為者との人的な関係
 納税者の支配、同情、義理立て等の事実

(ニ) 共謀者間の意思疎通行為
 税理士の専門的な知識を用いた脱税の手口や脱税額の試算などの提案、指導の事実

(ホ) 共謀者が果たした役割の重要性
 虚偽の決算書・申告書・疎明資料の作成、脱税方法の教示、不正加担者の紹介等の事実

(ヘ) 犯行結果との関わり合い
 利益分配、証拠隠滅行為等の事実

ハ 検討
 税理士の犯則行為者の選定については、6つの要素を考慮して総合的に共謀の事実を認定することとなるが、税理士の場合は、通常、関与先との間に業務委託契約があり、関与先の支配力が強く税理士が弱い立場にあるため、こうした人的関係が影響して、犯則行為が納税者や他の関与者の主導で行われたり、税理士に不正行為の重要部分が知らされていない、あるいはほ脱結果に直接的な利害関係がない等の共謀を認定する上でマイナス要素となる事情が多分に認められるから、他の要素について高いレベルの立証を行い、総合的判断において共謀共同正犯成立に傾ける対応が必要である。

(2) 税理士法36条(脱税相談の禁止)による税理士処罰の可能性

イ 問題の所在
 税理士法36条では税理士による脱税相談を禁止していることから、ほ脱犯の行為者として選定された税理士は同時に税理士法36条違反による処罰も可能であるように見えるところ、租税罰則と税理士法36条違反との関係について、1数個の犯罪構成要件に該当するように見えるが、実はそのうちの一罪が適用されると他の一罪が吸収される法条競合の関係、2実態上は数罪であるが科刑上は一罪とする科刑上一罪の関係、3両罪を別個の犯罪と捉え二罪する併合罪の関係とする見解が存在する。

ロ 検討
 税理士をほ脱犯の共犯とした場合、租税罰則と税理士法36条違反の罪が成立するが、罪質を異にするために併合罪の関係となり、最も重い刑の長期刑の二分の一を加えた刑で処罰されることとなる。

(3) 税理士法人の処罰

イ 問題の所在
 税理士法は、58条以下において、税理士法人を犯罪主体とした罰則を規定しているが、従来判例実務において、法人の犯罪能力の有無について争いが存したところである。
 そこで、税理士法人の犯罪能力の有無及び違法行為に対する適用罰条が問題となる。

ロ 両罰規定
 一般刑法の分野において、判例は法人の犯罪能力を明確に否定している。しかし、行政法規の実効性を確保するために規定された行政刑法の分野では、法人に対して業務主が従業者等の違反行為を防止すべき注意義務を怠った過失責任に対する処罰規定として両罰規定をおいている。

ハ 両罰規定の問題点
 1両罰規定により法人を処罰するには、従業者等の犯罪が成立し、有罪となりうる場合でなければならず、仮に法人自体の違法性が認められても、具体的に違法行為者が特定されなければ、法人を処罰することはできない。2現行の罰金刑は自然人の法定刑とリンクするため、法人に対して威嚇・予防効果を有していないとの問題点が指摘されている。

ニ 法人処罰の動向
 従来、学説としては法人の犯罪能力を肯定する説と否定する説があったが、外国為替及び外国貿易管理法違反事件に係る昭和40年3月26日の最高裁第二小法廷判決を契機として、法人の犯罪能力を肯定する説が有力になってきている。また、平成4年には、独禁法や証券取引法について従業者の違法行為に従属的に規定されていた法人に対する罰金刑が切り離され、法人の受刑主体性が政策的に認められている。
 さらに、法務省では企業犯罪に対処するため企業犯罪の関連法として法人処罰規定の導入が検討されている。

ホ 検討

(イ) 適用罰条
 税理士法人は、税理士法58条において、犯罪主体となるが、どのような状態(故意)を捉えて処罰対象とするか解釈上も定まっていない現状では、税理士法58条を実際に適用することは困難であり、同法63条の両罰規定によって処罰することが適当であると考えられる。
 また、租税罰則の適用については、ほ脱犯が身分犯であることから、税理士法人に、ほ脱犯の犯罪主体適格が否定されるため租税罰則により処罰することはできない。

(ロ) 今後の展望
 両罰規定が抱える問題点に対応するために、税理士法人処罰の必要性、重要性から、税理士法人の違法行為を固有の責任と捉え、具体的に行為者の特定がされなくても、税理士法人を犯罪主体として処罰するための立法措置が必要と考える。また、刑罰論としては、応報・予防の観点から罰金刑の引き上げ及び社会的なダメージを与えるために、処罰内容を公表する等の措置を講ずることが必要である。

3 まとめ

 経済取引の複雑化、国際化等により、高度な専門知識を持った税理士法人や税理士の役割は、今後さらに増大するものと考えられ、また、今後税に求められる役割もますます大きくなることが想定される。そのような状況の中で脱税を防止し、納税意識の維持・向上と申告納税制度の健全な機能確保をしていくためには、上記の検討を踏まえ、税理士や税理士法人を含めて、引き続き脱税犯に対しては厳正な処罰を持って望んでいくことが必要であろう。

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