長坂 光弘

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 国境を越えた督促状等の送達については、1郵送という実力行使性の乏しい手段により国外送達のなされる限り、国外送達それ自体から直ちに他国主権の侵害が生ずるとは考えない、との考え方もあり得るが、2海外に住所等を有する滞納者に対する国境を越えた送達は、自国領域内に所在する滞納者の財産に対する滞納処分の前提として行うのであるから、少くとも、在外者に対して我が国の行政法規を適用するための手続であり、かつ、送達は執行管轄権の行使(国家主権の行使)に該当することから、相手国の同意がない限り国際法に反して違法である(国際法上の執行管轄権の問題を生ずる)と解する余地もある。
 本稿の目的は、租税の徴収手続を適法かつ効率的に行う必要があるとの観点に立脚し、1滞納処分手続の進行に不可欠な督促状等法定書類の国境を越えた送達を、国際法上の問題を生ずることなく、実施するにはどのような対応が必要か、2海外所在の滞納者に対する納付のしょうよう(電話、郵便又は電子メール等)の可否、3更に財産差押え等の局面においてこれをどのように考えるべきかについて、実務に即しつつ検討することにある。

2 研究の概要等

(1) 送達に関する規定の特徴等と域外送達(執行管轄権の域外行使)

ア 行政関係法令で、比較的送達に関する規定が整備されている思われる独占禁止法、特許法と国税通則法を比較すると、本来、統一的な考え方で規律すべきと思われるところ、次のとおり区々の規定振りとなっている。

1 送達すべき書類 特許法及び独占禁止法は対象書類を限定する一方、国税通則法は税務官庁が発する書類全般が対象。

2 外国においてすべき送達の方式 特許法及び独占禁止法には規定があるが、国税通則法には直接に規定はない。

3 公示送達の要件(外国においてすべき送達の場合) 国税通則法(14条)は「外国においてすべき送達につき困難な事情」があること、特許法(189条)は「書留郵便等に付する送達ができない」こと、独占禁止法は「規定なし」から「領事官等送達ができないこと」に改正(平14)。

イ 書類の送達は、それによって特定の法的効果が発生する(又は公権力の行使(行政処分)を進行させる意味を持つ)ため、執行管轄権の行使(国家主権の行使)に該当する(これは、送達先が領域内であっても領域外であっても同様である。)。

ウ 書類の域外送達は、競争法分野における立法(規律)管轄権の域外適用との関連で、文書提出令状・召還令状の送達(執行管轄権の域外行使)において問題が顕在化した。

(2) 国家管轄権と書類の域外送達

ア 情報の伝達(書類の域外送達)の何をもって主権侵害と見るか
 情報が相手方に到達することにより何らかの法的効果の発生を伴う場合か、又は情報の相手方への到達が後行処分の前提要件となっている場合には、その情報の伝達は我が国の行政法規を適用するための手続(公権力の公使)の一環として行われるものであるから、アクセス手段の実力行使性の程度にかかわらず、公権力の行使に該当するものと考える(実質において判断すべきである)。

イ 国境を越えた督促状等の送達は主権の侵害に該当するか
 租税法分野における域外送達については、相手国の同意がない限り国際法に反して違法である(主権の侵害に該当する)と解する余地があるため、相手国の同意を得てはじめて機能する仕組みとしておくことが望ましいと考える。

1 郵送という実力行使性の乏しい手段により国外送達のなされる限り、域外送達それ自体から直ちに他国主権の侵害が生ずるとは考えない、との考え方もあり得るが、民事訴訟法分野における国際法上の議論や独占禁止法(平14改正)における議論を踏まえれば、相手国の同意がない限り国際法に反して違法である(主権の侵害に該当する)と解する余地もある。

2 租税の徴収手続では、書類の相手方への到達が手続の効力発生要件又はその後の手続進行の前提要件となっているものが多いことから、適法かつ効率的に行う必要があり、そのことが制度的に担保されているべきである。

(3) 租税法における「外国においてすべき送達」の方式のあるべき姿
 この点についての検討の視点としては、1公平性・慎重さと同時に簡易迅速性・能率経済性の確保、2個々の条文における文言の整理、3外国においてすべき送達の方式を明確化がある。
 そして、これを踏まえた方策としては、1外国所在の我が国領事官等に嘱託して行う送達方式を採用、2租税条約による合意(外国租税当局への送達依頼等)、3民事訴訟法の書留郵便等に付する送達のテクニックを活用した擬制的送達の創設、4送達を受けるべき者が在外者である場合には、「送達」せず、「通知」する方法により問題を回避する規定の創設などが考えられ得るが、独占禁止法における議論等を勘案すれば、公示送達の要件の明確化(外国所在の我が国領事官等に嘱託して行う送達方式を採用)が望ましいと考える。

(4) 海外に住所等を有する滞納者に対する電話等による納付しょうよう
 在外者への郵便(書簡)、電話、FAX、eメール等による情報の伝達(接触)が、国内法上何らの法的効果の発生を伴わず、かつ、後行処分の前提要件でもない場合には、相手方の自由な任意の判断を奪うような内容・言動を伴わない限り、国際法上の基本原則に反する「公権力の行使」には該当しないと考える。

(5) 財産差押手続(対象財産と書類送達)に即した具体的事例の考察

ア 滞納者の不動産等が日本国内に所在、滞納者の住所等は海外の場合
 相手国の同意を得てはじめて機能する仕組みであれば、適法な送達が可能である。なお、送達ができない場合(相手国が拒否等した場合)は公示送達で対応し、海外の住所等が判明していれば書簡等でその旨を知らせるべきである。

イ 滞納者の動産等が日本国内に所在、滞納者の住所等は海外の場合
 差押調書謄本の送達は、差押行為でもなく、かつ、効力発生要件でもないことから、海外に住所等を有する滞納者に対しては不要と考える。なお、適正手続保障の観点から、書簡等で動産等を差し押さえた旨を知らせるべきである。

ウ 滞納者の住所等は日本国内、第三債務者の住所等は海外の場合
 日本に所在する(した)滞納者の営業所等から生じた営業上の権利(売掛債権等)については、国内にあるものとして差押は可能であり、相手国の同意を得てはじめて機能する仕組みであれば、適法な送達が可能である。
 なお、原則として海外に住所等を有する第三債務者に対する公示送達は許されないが、被差押債権が担保付債権で担保物が日本国内に所在するなど特別の事情がある場合には公示送達は許される(海外の住所等が判明していれば書簡等でその旨を知らせるべきである。)。

エ 第三債務者の住所等は日本国内、滞納者の住所等は海外の場合
 第三債務者(営業所)に預け入れられた銀行預金、第三債務者に対する貸付金債権、日本に所在した(する)滞納者の営業所等から生じた営業上の権利(売掛債権等)については、国内にあるものとして差押は可能であり、相手国の同意を得てはじめて機能する仕組みであれば、適法な送達が可能である。
 なお、送達ができない場合(相手国が拒否等した場合)は公示送達で対応し、海外の住所等が判明していれば書簡等でその旨を知らせるべきである。

オ 滞納者及び第三債務者ともに海外に住所等を有する場合
 第三債務者が日本国内に財産等を所持している場合等執行の実益(必要)がある場合など、執行の必要性と権利の強制的実現の可能性が高いという特段の事情があるときは、滞納処分による債権差押が肯定され、相手国の同意を得てはじめて機能する仕組みであれば、適法な送達が可能と考える。
 なお、送達ができない場合(相手国が拒否等した場合)は公示送達で対応し、海外の住所等が判明していれば書簡等でその旨を知らせるべきである。

 

3 結論

 国境を越える送達の主権侵害性については、情報伝達の手段に求めるのではなく、国際間のルール(国際共助協定、国家と国家が、平等な立場で公的規制をし、問題に対処する)を無視して、自国において特定の法的効果を発生させる(又は公権力の行使(行政処分)を進行させる)ため、一方的に国境を越えた送達を行う過程にこそ求められるべきある。
 海外に住所等を有する滞納者に対する執行行為としての書類送達については、それが適法に行えないならば行政処分の効力が発生せず結局租税債権の実現が図られないこととなるが、それは国内法においてテクニカルに解決できる問題でもあると考える。
 なお、本稿では、課税処分の局面における決定通知書等法定書類について詳しく論じることはなかったが、ここで採り上げた問題点及び対応策の考え方は、課税処分の局面でもかなり共通する部分があるものと考える。

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