岩崎 恵子

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

 外国の投資家が、日本国内で稼得した事業収益を無税で国外に持ち出すために考えられた匿名組合を使ったスキームといわゆるWSPCを使ったスキームを素材として主として次の項目について検討を行った。

1 資金調達手段たる外国法人の発行する社債と借入金の違い。
 外国法人が社債により調達した資金を日本国内で運用し、その利子を支払った場合には、その利子の受け手にとって、国内源泉所得に該当しない(法法138四イ)と解されることから、源泉課税はできないにもかかわらず、外国法人が消費貸借契約(借入金)により調達した資金に係る利子であれば、その利子の受け手にとって国内源泉所得に該当し(法法138六)、源泉課税の対象となる。

2 当該スキームを利用することの租税回避該当性について、「私的経済取引プロパーの見地からの合理性」、「通常用いられない法形式」の観点からの否認の可能性。

2 研究の内容

(1) 社債の利子について

1 国内法の規定と租税条約
 社債の利子に関する税法上の取扱いは、日本が締結する租税条約等の規定と国内法の規定では違いがある。日本の締結する租税条約においては、社債の利子も借入金の利子と同様、利子所得に含まれるとされ、同じ取扱いとなっている。これに対し、日本の国内法においては、社債の利子は債務者主義をとり、借入金の利子は使用地主義をとり、別の国内源泉所得として規定されている。この取扱いは国際課税に関する規定が整備された昭和初期の時代から現在まで維持され、改正等はなされていない。従来からこの違いについては問題視されてきたようであるが、国内法は、租税条約(OECDモデル条約及び日本が締結する条約を含む)と違う規定がそのまま維持されている。なお、この異なる取扱いを維持する理由について調べたが、その明確な理由を把握することができなかった。

2 社債と借入金との比較
 社債は社債契約という消費貸借契約に類似する無名契約により成立し、借入金は、当事者の一方が同額の金銭の返還を約束して相手方から金銭を受け取るという金銭消費貸借契約により成立する(民587)。いずれも資金調達の手段として利用され、社債も会社が負債を負っているという点では借入金と異なるところはない。ただし、借入金はほとんどが任意規定である民法に服するのに対し、社債は、商法その他特別法の規定に服し、その規定のほとんどが強行規定であったために、私的自治の下、基本的に自由な設計が可能な消費貸借契約よりも資金調達手段としての機能性において不自由さがあるとされる。これは、借入金が、相対での契約であるのに対し、社債は、通常、不特定多数の者を対象とし、債権者の権利を表象する有価証券(債券)が発行され、投資性の商品として多数に分割された債権であるためと考えられる。つまり、商法及び各種特別法の規制のある社債制度は、多数のものが投資することを予定して作られた制度という特徴をもつものであるということがいえる。

3 社債を取り巻く現状
 社債に関する規制は、いわゆる金融ビックバン等の金融の自由化により大幅に撤廃縮小されている。例えば、社債の発行体がデフォルトした場合、かつては社債管理会社等が社債を買い取り社債権者に対して債権放棄を求めなかったが、現在は、自己責任原則に従った処理による方向に移行しつつある。また、従来の社債契約では財務制限条項として数種類の条項を必ず設けることとされていたが、制度の自由化によって財務上の特約という形式で発行体がある程度自由に特約内容を選択できることとなり、相対の取引に近い私募債の場合には、かなりフレキシブルな対応が可能となる。

4 社債と借入金とを区別するメルクマール
 このように社債を取り巻く現状が変化し、契約自由の原則により契約条項は自由に変更可能なものとなっている。このような状況下では、何が社債であるかを示すメルクマールを示そうとしても、変更可能な条項が多過ぎて、そのメルクマールはあってなきが如しものとなろう。また、その利子を受け取る投資家の側からこれら二つを比較した場合、約定どおりの利子が支払われるという意味で経済的内容に差異はない。このため、社債と借入金は、形式上の違いや法規制等の違いがあるものの、その1つ1つの違いが社債と借入金を区別する一般的メルクマールはないものと考える。

5 社債の利子と借入金の利子の国内法上の取扱いの是非
 国内法において、社債制度自体が現行のものと異なり厳しい規制の下運用されていた時代においては、不特定多数の者を取引当事者とする社債の利子に関しては、徴税の確保等の見地から必要経費を認めない利子所得という区分は租税政策的に(徴税便宜上)有効なものであり、社債の利子と借入金による利子を税務上区分する合理的根拠があったと推察できる。しかしながら、現行の社債と借入金の制度上の違い等を検討すると、それほどの差異のない現状においてなおこのような区分を設けることが税制上適合的かつ合理的であるかについては疑義がある。

6 外国法人の社債を借入金と認定する可能性
 外国法に基づく社債の場合、日本の社債制度とは制度上の差異がある可能性はある。1つの具体事例を素材として、外国法に基づく社債契約における各条項と商法等の規定について比較検討を行なったところ、各条項に違い等は散見されるものの、その一つ一つが(日本の社債に準じた)社債でないと認定できるだけの確固たる根拠があると認定するには至らなかった。よって、当該社債が、社債制度として日本の社債と同種のものである以上、(日本の社債制度と同種であるかの認定も難しいであろうが、)また、たとえ、実質的にみて借入金と同種の性質を持っていると認められるとしても、社債は社債であり、社債を借入金であると認定することは困難であろうと考える。

(2) 租税回避行為に関する考察
 租税回避とは、「租税法の予定した法形式をとらずに」「課税要件の充足そのものを免れる」という必要があり、租税回避というためにはその法形式を利用することの異常性を税務当局は主張立証できなければならない。
 (1)の事例の場合は、匿名組合契約は日本の商法上規定されている通常の投資行為であり、資金提供について匿名組合契約を利用したというだけでは通常取らない異常な行為であると認定することは難しいであろう。また、SPCのPEが日本にない場合には、平成14年の税制改正により、匿名組合の分配金の支払いに対して20%の源泉課税を行うこととされたことから、今後、匿名組合契約を利用した租税回避の手法は、トリティショッピングに組み込まれるなど、より精緻なスキームとして現れるようになるのではないかと予想される。
 (2)の事例の場合は、課税上、SPC2が投資家とSPC1の間に入っていることに問題がある。SPC2が介在することにより日本は課税権を行使できない状況になり、SPC2の存在理由について検討が必要となる。当該SPC1及びSPC2はペーパーカンパニーであるが、新しい金融の流れとしてSPCを投資媒体として利用するケースは非常に多く、この事例においても、SPC1は信用リスク回避等のために必要とされる存在であるといえる。したがって、SPC1の存在理由の一つに税負担の軽減ということが含まれているとしても、それだけで、租税回避と決め付けることは妥当ではない。これに対し、例えばこの事例のSPC2が、日本における源泉課税を免れるためだけの目的で存在するものであり、他に何ら機能を持っていないと認定できる場合には、当該SPC2の存在を是認することには問題があると考える。ケースによっては、私法上の仮装行為と事実認定しうる場合があると考えられ、その結果、当該スキームは否認され真実の法律関係の下で課税が行なわれることとなろう。
 しかし、たとえ、SPC2の存在を否定できたとしても、本当の資金提供者、つまり、ファンドを構成する個々の投資家を実際に把握しえなければ、源泉所得税の課税を行うことはできないという実務上の問題が残る。個々の投資家を把握することは、実際問題として極めて困難な状況が予想される。

3 結論

 本稿では、国内法における規定の差異を利用して源泉地国課税の回避を図っている事例を素材としたことから、課税上、取扱いに差異を設けている社債と借入金の違いについて縷縷検討したが、現行制度における明確な違いは見出せず、また税法上これらを違う取扱いとする規定を維持する理由も解明するに至らなかった。税法上、外国の社債制度が「日本の社債に準ずるものであれば」という条件付での定め(所基通2-11)はあるものの、税法上の社債の定義が明確でない以上(日本の社債制度自体が、従来のような他の法律による規制等により限定されたものではなくなっているため、明確な相違が指摘できない状況にある。)、社債という制度に従った社債は、社債であると考えざるをえない。外国法人が外国の社債という制度により資金調達した場合には、その利子の発生が日本における運用収益によるものであろうとも、その受け手にとってその利子は外国法人が発行した債券の利子であり、国内源泉所得には該当しないという解釈になるものと考える。しかし、税制上、貸付金の利子という形態であれば課税され、社債の利子では課税されないというのは課税のあり方として公平負担の原則から問題であろう。よって、この問題は、国内法の規定を見直し、同じ取扱いになるような税制改正による対応しか他に解決方法を見出すことはできないものと考える。

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