松下 滋春

研究科第39期
研究員


要約

1 研究の目的

 ここ数年、代理人PEの認定課税をめぐり、個別・具体的な事案において課税当局と納税者との間で議論が活発に行われている。この場合、議論のベースとなるのは代理人PE課税に関する解釈・適用の国際課税上のルールとしてのOECDモデル条約及びコメンタリーである。よって、本研究は「課税要件事実を認定し、法律を解釈した上で、適用する(当てはめる)」という三つの段階を経てはじめて課税が行われるという基本原則を念頭に置きつつ、それらの国際課税ルールの解釈とその適用について考察するものである。本稿は、具体的に、次の三つのパートから構成することとしている。

1 〔第1章〕 代理人PE課税のあり方を考察する場合にはOECDモデル条約をいかに解釈すべきかが最重要であることから、代理人に関する大陸法系と英米法系の法体系の相違を分析し、その違いがOECDモデル条約5条の代理人条項を解釈する上でどのような影響を及ぼすかについて基本的な理解に努めることとする。

2 〔第2章及び第3章〕 具体的な事実認定のケースとして、米国及びイタリアの代理人PE課税事案に係る判例を取り上げることにより、諸外国の国際課税の現場で、モデル条約等の国際課税ルールがどのように解釈・適用されているかの具体的な検証を行う。

3 〔第4章〕 わが国の国際課税における喫緊の課題である「問屋(コミッショネア)契約」の課税問題について、代理人PE認定課税の可能性の観点から、モデル条約5条6項及び5項との関係を中心に、わが国の民商法との関連性をも併せた考察を行い、その課税の適否について検討を行うことを目的としている。

2 研究の概要

(1) OECDモデル条約5条の代理人条項に関する考察

イ 大陸法系国家と英米法系国家における代理制度に関する法理論
 大陸法系国家においては、代理人が本人のために行動する場合の法形式として「直接代理」及び「間接代理」といわれる二つの方式がある。前者では、代理人は本人の名において行動し、第三者との関係では本人が当該代理人の行動に拘束されるのに対し、後者の代理人は自己の名で行動し、その者が行なった行動は、基本的に、本人ではなく代理人自身を拘束するものとなる。一方、英米法系国家では、「直接代理」と「間接代理」は法理論上区分されておらず、一般的なルールとして、本人に代わって代理人が行った行動は、いずれの名で活動したかに関わりなく本人を拘束することになる。よって、両法系の国家間において代理人制度の法理論が異なることから、OECDモデル条約5条5項において規定される従属代理人PEの要件及び同6項において規定される独立代理人の範囲の解釈につき相違が生じることになるため、双方の国家間で租税条約が締結された場合には、代理人条項の文言解釈を巡り問題が生じることになるのは避けられないこととなる。

ロ OECDモデル条約5条5項と6項との関係
 OECDモデル条約5条5項と6項との相互関係に関する代表的な研究(1)としては、1大陸法と英米法との調和を図り、同5項の従属代理人規定を原則的なものとし、同6項の独立代理人規定を例外的な規定と位置づける「J. F. Avery Jones及びD. A. Wardの見解」、2同5条をあくまで大陸法的な観点から解釈し、同5項(直接代理)と同6項(間接代理)は原則・例外関係にあるのではなく、もともと異なる代理人について個々に規定したものであるとする「S. I. Robertsの見解」、3代理人制度に係る大陸法と英米法との歴史的な発展経緯から派生する差異に基づく考察や文言の解釈に係る厳密な分析を行うことを敢えて避け、より直截的にOECDモデル条約を解釈しようとする「H. K. Kroppen 及び S. Huffmeierの見解」がある。これらを比較検討した結果、実務面の執行可能性の観点からは、3の見解が最も有効かつ実践的なものと思われる。

(2) 代理人PEとなる代理人

イ 独立代理人の要件について(OECDモデル条約5条6項:大成事件判決)
 1995年5月に米国租税裁判所が判決を下した「大成事件判決」に基づき検討を行った。当判決において同裁判所はOECDモデル条約5条コメンタリー:パラ37に準拠して論旨を展開し、恒久的施設の例外とされる独立代理人は、法律的及び経済的の両面で本人から独立性を有していなければならないことが確認された。すなわち、「法的独立性」とは本人からの詳細な指示(detailed instructions)又は包括的管理(comprehensive control)を受けていないこと、「経済的独立性」とは企業家としてのリスク(entrepreneurial risk)を代理人自身が負担していることが要件であるとしており、この点は同コメンタリー:パラ38の規定に則った考えであるといえる。

ロ 契約を締結する権限について(OECDモデル条約5条5項)
 代理人PEの認定に必要な条件として、源泉地国における従属代理人が「企業(本人)の名において契約を締結する権限」を有していることとされている。ここで代理人がその業務を行いながらも、租税回避目的で契約書への署名は行わず、最終的な手続(署名)を外国の本人に引き継ぐようなケースについては、コメンタリー:パラ32.1により、当該代理人の活動実態に着目することにより、源泉地国における課税(代理人PE課税)が行われる可能性が充分にあると考える。一方、代理人がこの契約締結権限を常習的に行使することがPE認定の要件とされているが、この点についてコメンタリーには明確な基準は示されていない。本稿においては、代理人の源泉地国での活動が、ある程度、通常的・反復的であることが必要と考え、「時間的(期間的)」な基準を設けることの必要性について言及した。

ハ 子会社PEの行う業務(フィリップ・モーリス事件判決)
 2002年3月、イタリア最高裁によって判示された「フィリップ・モーリス事件判決」に基づき考察を行った。本事件でイタリア最高裁は、欧州グループ企業のイタリア子会社がPEに該当するか否かの判断で「Multiple PE」という概念を使用している。さらに、そのような考え方に基づいて“認定”した子会社PEの行う業務をモデル条約5条2項(a)の「事業の管理の場所」にあてはめた結果、5条4項(e)の「準備的・補助的」な活動には該当しないためPEが存在していると判断している。しかしながら、この判決は、これまで見てきたOECDモデル条約5条6項の独立代理人の判断、同条5項の契約締結権限に係る要件を含め、伝統的な国際課税の基本原則からはかなり逸脱したものとされ、実務家や租税法学者から厳しく批判されている。

(3) 問屋(コミッショネア)契約と代理人PE
 90年代後半から、多くの多国籍企業は「グループ内部での機能・リスクの統廃合による取引形態の見直し」との名目で、従来の親子会社間の仕入販売取引(Buy-Sell取引)からコミッショネア方式への転換を図る傾向がある。

イ 問屋契約における代理人PEの認定
 問屋(コミッショネア)がOECDモデル条約5条6項でいう独立代理人に該当するか否かについては、大成事件判決でも概観したとおり、法的独立性及び経済的独立性の観点から事実認定を的確に行うことが最も重要である。本稿では、例として、経済的独立性の面について、「本人の数」に着目し、「ただ一人の顧客(本人企業)」のために活動している代理人については、その独立性に疑義があるという考え方を示した。次に同条5項の契約締結権限の観点においては、本人を拘束するといえるか否かに焦点をあて、国内法の規定、つまり民商法の観点から問屋契約に関する考察を行った。その結果、形式(契約)上は本人を拘束しない「間接代理」とされるコミッショネアが行う取引であっても、その実態がわが国の商法上の問屋に該当する場合には本人である委託者を拘束するものということができ、この考えは、コメンタリー:パラ32.1の記述に一致するものであることから、わが商法上の問屋に該当する代理人はOECDモデル条約5条5項の要件を充足するものである、との結論付けを行った。

ロ 代理人PE課税所得算出
 一般的には、コミッショネア取引を導入することにより、商品の供給は売買(輸入再販売)形態から役務提供形態にシフトすることとなる。このような子会社の機能の変更は、必然的に代理人PEの所得算定手法についても影響を及ぼすこととなり、親子会社間のリスクの移転は、この取引に係る外国企業グループの全体利益の中からより多くの利益を本人に移すことになる。したがって、課税所得計算における課題は、関係当事者の機能分析とリスク分析を的確に行うことであり、取引が独立企業間価格(ALP:Arm’s Length Price)で行われているか否かという点に焦点が当てられることになる。

3 結論

 百年間に亘る租税条約の歴史的展開において、既に十分に議論されている「事業を行う一定の場所PE」に比べて、「代理人PE」の概念は、その適用基準、具体的な判断基準等に明確性を欠き、統一的なルールの策定の面で大きな遅れをとっていると言わざるを得ない。
 本稿においては、そのような代理人PEにつき、課税当局がこれを認定して課税する局面に焦点を当て、最終的には事実認定の問題であるとしても、具体的事実に法律(あるいは国際課税のルール)を適用するための解釈に資することを目的として考察を行った。しかしながら、現時点において、代理人PEの認定問題は、本稿で検討を行った独立代理人(あるいは従属代理人)の要件や所得配分等の論点を含め、国際課税上の多くの問題を孕んでいるものと考えられる。
 このような現状の中で、わが国の課税当局としては、日本に進出してきた外国法人が行う事業内容につき、その形式にとらわれることなく、“果たす機能”及び“負担するリスク”等に即した実態面からの事実認定を的確に行うこと、そしてOECDモデル条約5条6項及び5項等の基準に合致するか否かの判断(あてはめ作業)を国際課税のルールに則って実施することが最も重要な課題であると考える。その結果として、最終的にその業務を行う者の「独立性」の条件等が満たされない限り、源泉地国における課税当局として積極的に代理人PEの認定課税を行っていく必要があると考える。


(1) 13の見解の特徴を簡潔にまとめて紹介したものとして、Giuseppe Persico, Agency Permanent Establishment under Article 5 of the OECD Model Convention, INTERTAX, Vol. 28 (2000), Issue 2, p. 66-82.等が挙げられる。

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