小林 淳子

研究科第39期
研究員


要約

1 研究の目的

 近年、経済の国際化が進展し、国境を越えた資本投資が拡大したことによって、わが国においても、外国法人の株式を所有する居住者(個人株主)及び内国法人(法人株主)が増加しつつある。
 本研究は、このような状況の下で、投資先の外国法人がわが国の法制度には無い間接分割(注)を行い、わが国の株主が新株等の交付を受けた場合に、どのような課税関係となるのかということを考察するものである。
 ただし、組織再編成に限らず、国外取引一般に対して、わが国の租税法をどのように解釈し適用するのかという基本的な点が十分には明らかにされていないという現状に鑑み、まず、国外取引一般に対する租税法の解釈と適用がどのように行われるべきかについて検討を行うこととした。
 また、最後に、上記考察とわが国の分割税制の沿革を踏まえ、わが国における間接分割税制の創設の必要性についても検討を行った。

(注) わが国の分割法制のように、法人の資産・負債の部分移転から株主への株式の交付までが一の行為として行われるものに対し、一旦、法人が資産・負債の一部を他の法人に移転して株式を取得し、その後、その株式を当該法人の株主に配当等として交付することにより、実質的な分割を行うものをいう。

2 研究の概要

(1) 租税法の解釈と国外取引に対する租税法の適用

イ 国外取引課税の困難性
 国外取引に対する課税は、国外の行為や事実の的確な確認が難しいことと、その国外の行為や事実がわが国の租税法の用語の概念に含まれるか否かが容易には判断できないことから、困難を伴うことが少なくない。
 この国外の行為や事実に関しては、様々な手段を尽くして的確に把握することに努めるほかないが、それらがわが国の租税法の用語の概念に含まれるか否かの判断に関しては、その検討の前提として、租税法の用語をどのように解釈すべきかということを明らかにしておくことが不可欠である。

ロ 租税法解釈のあり方
 法令の解釈は、まず、文言に即した文理解釈を行い、それによっても意味内容が明らかにならないときは、立法目的や立法趣旨等を考慮した目的論的解釈を行うこととなる。
 法にはそれぞれ目的がある。所得税法や法人税法も「その納税義務の適正な履行を確保する」(所法1、法法1)という趣旨により創設されているのであって、その用語につき、その趣旨を踏まえて解釈すべきことについては言を俟たない。租税法だけに異なる立法原則や解釈原則があるわけではなく、租税法の解釈も、他の法令解釈と同様に、合目的的に行われるべきものと考える。
 ただし、このような立場に対しては、納税者保護の観点から、法的安定性や予測可能性が低下するとの批判があり得る。しかし、法的安定性や予測可能性を確保するためには、まず、立法当局が法令の規定の明確化に努め、それでもなおその解釈に疑義がある場合には、行政当局が有権解釈としての行政解釈を示していくことによって図られるべきものと考えられる。現に、租税に関する法令においては、他の法令以上に、定義や適用範囲等について多数の詳細な規定が設けられており、また、租税法の執行に当たっての解釈や取扱いを示す数多くの通達が公表されているところである。
 また、租税法が、他の法令における用語と同じ用語を特に定義せずに用いている場合に、これを「借用概念」と解すべきであるとする学説があるが、異なる法令間で同じ用語が用いられている場合であっても、それぞれの目的・趣旨に即した解釈が行われる結果、それらの用語が異なる意味内容となることがあることは、「概念の相対性」として、法令一般の解釈論において承認されているところである。

ハ 国外取引に対する租税法の適用
 全世界所得課税方式を採用するわが国において、租税法は、国内取引に止まらず、国外取引に対しても適用を予定していることは言うまでもない。
 しかしながら、いずれの法令においてもそうであるように、適用対象のすべてを詳細に把握して創設・改正を行うことは現実には不可能であり、特に国外取引に関しては、先に言及したとおり、その把握に困難が伴うものが少なくない。このため、わが国の租税法も、全世界所得課税方式を採用するものの、基本的には、国内取引を念頭に置いて創設・改正が行われているものと考えられる。
 国外取引に対する租税法適用の困難さの主因は、ここにあると考えることができるのであるが、これを解決するためには、租税法の用語の示す概念が、何をもって本質的な構成要素としているのかを明らかにした上で、その用語の示す概念に該当するのか否かの判断基準を創り、国外の行為や事実に対する租税法の適用の有無を判断することが必要になると考える。

(2) 外国法人の分割に関する解釈論的検討

イ 商法上の分割と租税法上の分割概念
 平成12年の商法改正により、わが国企業の組織再編成に資するべく分割法制が創設され、これに対応するものとして、平成13年の改正により、分割税制が創設された。
 しかしながら、商法上の分割は国内の会社が行う分割を対象としているところ、租税法上の分割は、国外における行為を含む概念となっている。
 このため、内国法人の分割の場合には、株主は、株式のみの交付を受けたものであれば株式の譲渡損益に関する特例の適用があるが、外国法人の分割の場合には、特例の適用があるか否かの判断の前に、外国法人の行った分割がわが国の租税法上の分割に該当するか否かの判断をしなければならない。

ロ 本質的構成要素を基にした判断基準の検討
 わが国の租税法上の分割に該当するか否かの判断基準は、わが国の租税法上の分割の本質的構成要素(分割という行為を成立させるために常にその存在が前提とされ、かつ、その存在なしには分割ということができないもの)が、「資産等の部分移転」、「株主への新株等の交付」等の取引要素から構成されると考えられることから、次のようなものになると考えられる。

1 法人が資産・負債の一部を他の法人に移転すること

2 資産・負債の移転を受けた法人がその対価として新株等を交付すること

3 株主がその新株等の交付を受けること

4 上記の1から3までが一の行為として行われること

ハ 間接分割により株主に新株が交付された場合のわが国租税法上の取扱い
 間接分割としては、株主に株式を配当として交付するスピンオフが最も一般的であるが、このスピンオフを上記の基準に照らして検討してみると、1から3までには該当するが、123とが別個の行為として行われ、しかも株式のすべてが株主に分配されるとは限らないことから、わが国の分割に該当するためには不可欠の4に該当しない。したがって、これをわが国租税法上の分割とすることはできないということになる。
 このため、スピンオフにより新株等を取得したわが国の株主は、配当を受けたものとして課税を受けることになるものと考える。

(3) 分割税制の沿革と間接分割に関する立法論的検討
 わが国の分割税制の淵源は、古く、昭和17年に遡り、そこでは、企業合同時における現物出資に伴って取得した有価証券の譲渡損益に関する特例が設けられていた。その後、この旧分割税制は、幾度かの変遷を経て、現行の法人税法と所得税法が制定された昭和40年前まで続くこととなるが、特筆すべきは、昭和23年から40年まで、株主に株式を減資の対価として交付するスプリットオフ形式の現行制度では認められていない間接分割が認められていたことである。
 このことは、わが国の分割税制の沿革からして、今後、わが国に間接分割税制を復活させることが、決して不自然・不合理なものではないことを示していると考える。
 実際、間接分割は、その経済実態からして、現行の分割に非常に近いということも事実である。
 また、現在、検討中の「会社法制の現代化」においては、現物配当を認めることが検討されているが、これが実現した場合には、わが国の法制においても間接分割が可能となる。
 以上の事情を考慮すると、現在は、間接分割税制を創設することを検討すべき時期にあるのではないかと考える。

3 結論

 近年の経済の国際化の進展は著しく、今後、この傾向は、ますます強まっていくものと考えられる。
 このため、国外取引に対してわが国の租税法を適用するに際し、疑義があるものについては、上記の間接分割の例で示したように、その国外取引に対してその規定を適用できるか否かの判断基準を創ることによって、解釈と運用の統一を図り、その判断基準を不断に検証することによって、法的安定性と予測可能性を向上させることが考慮されるべきであろう。
 そして、何よりも、まず、国外取引を考慮した立法を行うことに努めることが重要であると考える。

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