近石 泰範

研究科第39期
研究員


要約

1 研究の目的

 経済・IT・環境等のあらゆる分野でますます国際化が進展し、各国の相互依存関係が深化する今日の国際社会にあっては、政府機関の活動はますます重要性を増し、その範囲も自国領域のみならず、他国の領域に及ぶことが当然となっている。外国政府・外国大使館等の活動も内容如何によっては、我が国において何らかの課税関係が発生することも考えられる。
 ところが、外国政府・外国大使館等が源泉徴収の対象となる所得を支払った場合、実務上は源泉徴収義務がないものとして取り扱っているほか、外国政府機関が我が国で活動したことによって稼得した収入については、一般に納税義務が生じないとする考え方もある。このような取扱いや考え方は、「国際礼譲」あるいは「国際慣例」に依るものであると説明されている。しかし、国際礼譲は、慣例または儀礼的な考慮に基づいて行われるものにすぎないため、法的根拠としてあいまいであるという点は否めない。
 本稿は、このような問題意識の下、外国政府・外国大使館等の課税関係について検討するものである。

2 研究の概要

(1) 実定租税法の位置付け

イ 源泉徴収義務に関する考察
 源泉徴収の対象となる所得の支払者は、支払者自らの納税義務の有無を問わず、すべて源泉徴収義務者となり得る(所法6条)。所得税法や国際協定に基づいて、源泉徴収義務を要しない(所法184条)とされる場合もあるが、外国政府・外国大使館等に関する規定は置かれておらず、在日大公使館又は在日外交官は源泉徴収をする義務がないものとされる現行の取扱い(所基通121-5(2))について、その理由は明らかでない。

ロ 納税義務に関する考察
 外国政府は民法36条1項(「外国法人ハ国、国ノ行政区画及ヒ商事会社ヲ除ク外其成立ヲ認許セス」)の規定から、国内法上外国法人となる。
 外国公共法人については、相互主義の下で財務大臣から指定されることを要件として法人税の納税義務は課されていないが、外国政府が非課税となる外国公共法人として指定されていないため、一般に外国政府は外国普通法人として取り扱われることになる。

(2) 租税法の法源と国際法について
 実定租税法において外国政府・外国大使館等の課税関係を示す特段の定めは置かれていないが、翻って租税法の法源を確認すると、憲法・法律・条約等のほか、判例、国際法源も租税法の法源たり得るというのが通説の立場である。
 このため、外国政府・外国大使館等の法的権利義務を考察するに当たっては、国家間の合意であり明文化されている関係条約や国家関係を規律する不文の国際慣習法の内容に踏み込んで検証する必要がある。

(3) 国家主権と国家管轄権の適用の限界
 国家主権は、国家として存立するための最も重要な権利義務であり、1対外主権(いかなる国家にも従属しない独立権)と2対内主権(領域内のすべてに対して排他的に統治することができる領域主権)に区分される。また国家主権の発現である国家管轄権は、1属地主義(領域内での実行を基礎とするもの)や2属人主義(国籍・本拠地を基礎とするもの)によって行使することになる。
 ところが、国家が相互に平和的に生存し共に共生するために国家主権の限界を画することを基本原則としている国際法においては、本来完全かつ排他的な領域主権の発現である国家管轄権が相互主義の下に制約される場合があり、かような国家管轄権の制約が外交官等に対する特権免除又は主権免除として関係条約又は国際慣習法によって確立されている(1)
 一方、課税管轄権は、「源泉地課税」又は「居住地課税」によって行使されているが、課税権は国家の統治権として国家主権を代表するものであり、課税管轄権も国家管轄権の一形態であるといえるから、属地主義による「源泉地課税」をはじめとした課税管轄権は相互主義の下に制約される場合があると考えられる。

(4) 主権免除と課税権免除について

イ 主権免除の意義
 主権免除は、国家は他の国家の主権に従属することなく、特別の合意がない限り、一定の行為を強制されることはないとするものであって、通常裁判権からの免除として議論される。古くは、国家のあらゆる行為が裁判権から免除されるという「絶対免除主義」が主流であったが、外国政府機関の活動が多様化する今日においては、その活動を国家の統治権の顕現である主権的行為と私人によっても行い得る業務管理的行為に峻別し、業務管理的行為については、主権免除が認められない「制限免除主義」を採ることが国際的な潮流となっている。

ロ 主権免除と課税権免除
 主権免除が領域内における国家管轄権の行使を制約する原則であるとすると、これはあらゆる権力作用や規制の適用を受けないとする包括的な概念であると解され、国家管轄権の一形態である課税管轄権も主権免除によって制約されるものと言える。
 したがって、他国の主権的行為に対する課税権の行使についても、裁判権免除を中核とする主権免除の原則によって規律されると考えるのが相当であり、我が国の課税権に従属することがないとする課税権免除によって、外国政府・外国大使館等は国内租税法の適用を受けないから、源泉徴収義務及び納税義務を負わないと考える。

(5) 特権免除と課税権免除について

イ 外交関係条約における特権免除の性質
 「外交関係に関するウィーン条約」(以下「外交関係条約」という。)は、国家を代表する外交官等に対してその任務の能率的な遂行を確保することを目的として外交官等への様々な特権免除の規定を置いている。この特権免除は、外交官等個人の利益として与えられているものではなく、国家の利益を保護するものとして派遣国を代表する外交官等に与えられたものであるから、その内容は派遣国の権利義務と表裏一体のものとして、本来的に派遣国そのものが享受していると考えることができる。更に特権免除は、相互に平等である国家を前提にしていることから、主権免除の概念を内在しているものであり、両者は密接に関連している(2)

ロ 特権免除と源泉徴収義務
 外交関係条約35条(外交官の公的役務免除)は、派遣国の外交任務と両立しない接受国の公的役務を外交官等が接受国から義務付けられることによって任務の能率的な遂行が困難になることを回避する目的として置かれている。35条に規定する公的役務は、「一般的な市民義務」(3)とされており、源泉徴収に係る事務もこれに該当すると考える。更に源泉徴収義務の履行に当たっては、給与等から所得税額に相当する額を徴収して納付する行為にとどまらず、所得税法に基づいた付随的な事務手続や租税法に規定する課税・非課税の判断技術などの負担を含むものであり、このような公的役務を外交官等に求めることは、派遣国の外交任務に少なからず影響を及ぼすものと考えられる。
 そうすると、外交官等は、同条の規定によって源泉徴収事務が免除されるから、その結果として外国政府が外国大使館を通じて支払う所得については、源泉徴収を要しないと考えることができる。

ハ 特権免除と納税義務
 大使館の財産や外交任務を通じて稼得する収入については、外交関係条約23条(公館に対する租税免除)及び28条(手数料に対する租税免除)によって納税義務を免除されている。しかしながら、外国政府に対する租税免除がこの2箇条に限られるものではない。外交関係条約34条(外交官等に対する租税免除)に規定する内容に関しても派遣国が享有すると解する余地もある。更に外交関係条約に規定されていない問題については、引き続き国際慣習法の諸原則によるべきことが同条約の前文に明示されていることに鑑みると、特権免除の基本原理と密接に関連する主権免除の原則に基づく課税権免除によって外国政府・外国大使館等は納税義務を負わないと考えるのが相当である。

3 結論

(1) 源泉徴収義務及び納税義務の現行の取扱いについて
 外国政府の主権的領域については、我が国の課税権から免除されるという考え方は、国家主権平等主義や相互主義を基盤とした国際法の諸原則に照らせば妥当なものである。そうすると外国政府・外国大使館等が源泉徴収義務を負わないとする我が国の現行の取扱いや納税義務を課さないとする考え方も国家管轄権を制約する特権免除及び主権免除の原則に倣うものであり、租税法に明文の規定が置かれていないことが直ちに問題となるものではないし、かかる現行の取扱いが否定されるものではないと考える。

(2) 今後の方向について
 一方、我が国の企業が外国政府・外国大使館等と経済活動を行う場合、その課税関係が明確にされているか否かは、当事者にとって重要な問題となり得よう。
 一般論として、経済活動を行う個人や企業に対して法的安定性や予測可能性を与えることは、課税要件法定主義と課税要件明確主義を柱とする租税法律主義によって要請されるものであることは言うまでもない。
 このことからすると、外国政府・外国大使館等の主権的行為については源泉徴収義務及び納税義務を負わないとする明文規定を個別の租税法に置くことが望ましいと考える。


(1) 松井芳郎「国家管轄権の制約における相互主義の変容」『国家管轄権―国際法と国内法―』(勁草書房 1998年2月)所収35〜60頁

(2) 猪俣弘司「特権免除・国家免除と日本の国家実行」『国家管轄権―国際法と国内法―』(勁草書房 1998年2月)所収287〜313頁

(3) 横田喜三郎「外交関係の国際法」(有斐閣 昭和38年1月)369〜371頁

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