森 浩明

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

国際的租税回避事案や海外滞納事案に対処するための一方策として、1情報交換、2徴収共助、及び3文書送達について規定した多国間執行共助条約が1988年に成立(1995年4月1日発効)しており、また2003年には、OECDモデル条約に徴収共助条項(第27条)が新設されたこともあり、税の徴収共助に対する各国の期待と関心は高まりを見せているといえる。
わが国は多国間執行共助条約に署名していないが、今後、経済のグローバル化の進展に伴い、国際間の徴収共助を必要とする場面は増加していくものと思われ、いずれは同条約への署名・批准を検討すべき時期が到来するものと考えられる。
本研究の目的は、多国間の執行共助条約や二国間租税条約の徴収共助条項を検証することによって国際間の徴収共助の意義及び問題点、さらには徴収共助のあり方について考察することである。

2 研究の内容

(1) 国際間の徴収共助の必要性
徴収共助と類似の機能を有するものとして外国租税判決の承認・執行制度があるが、外国の租税債権については伝統的に外国租税債権不執行の原則(Revenue Rule)が妥当するとされ、一般の民事債権とは異なり、外国の裁判所に租税判決の承認・執行を求めることはできないとされている。
また、最近の国際倒産法制の整備により、従来のわが国の厳格な属地主義が廃止され(普及主義の採用)、国際倒産手続を通じて管財人が債権回収を図る手続が整備されている。ただ、租税の賦課・徴収は国家主権の発動そのものであり、国際倒産モデル法において租税債権がオプションとされたこと、懲罰的賠償判決について最高裁(最二小判平9.7.11)がわが国での執行を認めなかったことなどから、現時点では、国際倒産手続による租税債権の徴収は困難であろう(今後、租税債権を含めた国際倒産処理が進展する可能性や倒産の国際的調和の観点から租税債権不執行の原則が見直される可能性はありうる。)。したがって、今後は、海外滞納事案への対応として国際間の徴収共助の枠組みを構築する必要がある。

(2) 多国間執行共助条約に加入する場合の問題点
多国間執行共助条約第11条1項により、被要請国は、要請国の租税債権を自国の租税債権と同様に徴収するために必要な措置をとるものとされているが、徴収共助要請を受けて外国租税債権を徴収することは租税法律主義との関係で問題が生じ、また、第15条のいわゆる優先権条項(要請国の租税債権には被要請国に認められる優先権は付与しないという規定)があり、共助要請を受けたわが国は国内的に滞納処分を実施できないのではないかという問題もある。

イ 租税法律主義と徴収共助
租税法律主義と徴収共助の関係では、要請国の租税債権がわが国の課税要件を充足していない点についてどのように考えるかが問題となるため、1徴収共助の対象となる租税の範囲・内容、及び2徴収手続の適正性という観点から検討する。

(イ) 徴収共助の対象となる租税の範囲・内容
多国間執行共助条約の対象となる租税は第2条に規定があり、かなり広範囲な租税が徴収共助の対象となっており、また地方公共団体等が課す租税も含まれている。そこで、わが国には存在しない租税について徴収共助要請を受けたときに、当該租税の徴収が課税要件法定主義あるいは課税要件明確主義の観点から問題となるかどうか。この点については、徴収共助の対象となる租税の範囲を被要請国が決定できるとする規定が条約中にあるかどうかが判断基準になると考える。第21条2項は徴収共助ができない六つの事項を列挙することで、共助拒否事由を明確化している(共助拒否事由の明確性)。したがって、例えば、社会保険料のようなわが国では租税として扱われていない債権や地方公共団体が課す租税については、第21条2項a(被要請国の法令又は行政上の慣行に抵触する行政上の措置をとること)により共助要請を拒否することができると解される。
また、租税の内容については、共助要請できる租税債権は不服申立てが行われていない租税債権であり(11条2項)、共助拒否事由該当性の有無の判断(例えば、21条2項eの一般租税原則等に反する行政共助)において課税要件の妥当性を考慮できると解されることから、前述の共助拒否事由の明確性と併せ課税要件法定主義に抵触しないと考える。

(ロ) 徴収手続の適正性
外国(要請国)の徴収手続とわが国の徴収手続が相違する場合に、果たしてわが国の徴収手続をそのまま適用できるかが手続的保障原則の観点から問題となる。具体的には、第一に、要請国では裁判所を通じた徴収手続しか認められていない場合にわが国が自力執行権の行使として不動産等の差押えができるか、第二に、要請国では差押禁止財産となっている財産を差し押さえることができるかということである。国内法に定める徴収手続としてどこまで税務当局に自力執行権が認められるかは国内法の定める領域であり、司法手続による徴収であれ、自力執行権による徴収であれ、いずれも国内法令に基づく徴収手続として自国の租税債権と同様の徴収措置ということができる。
これに対し、第二の問題については、納税者保護の観点から特段の考慮が必要である。第21条2項は、当該一方の締約国又は他方の締約国の法令又は行政上の慣行に抵触すること、公の秩序や重大なる利益に反する措置をとること、を行う義務を課すものではないと規定しており、要するに締約国間で共通の差押対象財産についてのみ徴収手続を行使できると解されることから、手続的保障原則にも反しないと考える。

ロ 徴収共助の国内的執行(優先権条項)
多国間執行共助条約にはいわゆる優先権条項があるため国内的に徴収手続(特に滞納処分)を実施できず、現行法の下では条約上の義務を履行できないのではないかと危惧される(実施特例法上は外国租税債権と国税債権を同順位とする規定があるため条約と国内法の規定に齟齬が生じている。)。いわゆる優先権条項の趣旨は、配当の局面において、1外国の租税債権にまで優先権を認めることによる自国債権者の利益侵害、及び2二国間の租税債権の競合、を防止することであり、外国租税債権には自国の租税債権と同様の優先権を付与しないということを意味するに過ぎず、共助要請を受けた外国租税債権を条約の規定に従って誠実に徴収することを制限するものではないと解される。

(3) 国際間の徴収共助のあり方
法制度の異なる諸国間で徴収共助をすすめていくためには納税者や私債権者の保護手続(適正手続)が重要である。多国間執行共助条約には納税者の保護規定が設けられ、被要請国の法令又は行政上の慣行によって納税者に保障される権利及び保護に何ら影響を及ぼすものではないとされ(21条1項)、適正手続の要件としては、1租税債権が不服申立ての対象となっていないこと、2自国の法令又は行政上の慣行に抵触しないこと、3滞納処分等の徴収手続は締約国間で共通に認められている手続に限定されること、が必要であり、これらの要件を充足しない場合には、徴収共助をすることはできない(徴収共助の限界)。したがって、適正手続の要件を充足する多国間執行共助条約は、国際間の徴収共助の指針となるものと思われる。
今後、二国間租税条約を改定する場合には、一般的徴収共助条項を導入し、共助の対象となる租税の範囲及び共助拒否事由を明確化する必要がある。
実施特例法中の優先権条項については、配当の局面における外国租税債権の位置付けを明確にする規定(配当手続においては自国租税債権には劣後するとの規定)の導入等による見直しが必要である。また、納税者や債権者の保護条項を導入し、法的安定性と予測可能性の確保を図るための法制度を整備すべきである。具体的には、共助要請を受けて徴収される外国租税債権は抵当権等の担保権には劣後するとの規定や徴収共助のための共通の徴収手続を定める必要がある。

3 結論

多国間執行共助条約を批准する場合における問題点等を検討した結果、現行の実施特例法の下でも批准は可能と解される。ただ、実施特例法はもともと二国間租税条約の実施のための制度として設けられているため、多国間執行共助条約により徴収共助要請を受けた外国租税債権を適正に徴収し、さらには二国間条約における一般的徴収共助に対応していくためには実施特例法の見直し(徴収、配当、送金手続等の整備)をした上で批准するのが望ましいと考える。

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