松田 直樹

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 本研究は、最近の地方分権の潮流の性質・ベクトルと日本型中央集権財政システムの今日的な問題点を踏まえたうえで、「三位一体の改革」によって再構築が図られようとしている国と地方の税財政関係の今後のあり方を検討することを主な目的としており、「三位一体の改革」における税源移譲論の意義・効果という問題を最も中心的なテーマとするものである。
 このような研究を行うに当っては、先ず、我が国における地方分権の歴史的沿革・意義、最近の地方分権の潮流のベクトル・国際的な位置付け、並びに「三位一体の改革」の対象とされている地方向け補助金等及び地方交付税交付金制度の今日的な問題点・改革の方向性について、平成15年6月に発刊された『税務大学校論叢43号』の拙稿において考察を加えた。本稿は、このような考察を踏まえたうえで、税源移譲のあり方を巡る議論を検討する。
 今回、平成16年度税制改正が実現し、平成18年度までに所得税から個人住民税への本格的な税源移譲が実施されるが、それまでの間の暫定措置として、平成16年度については、所得譲与税が創設され、所得税の税収の一部(4249億円)が地方へ譲与されることとなった。また、平成16年度予算では、地方向け補助金等と地方交付税交付金について、各々1兆円規模の削減・縮小が決定され、長く議論が紛糾していた「三位一体の改革」のあり方について、ようやく1つの方向性が示された。
 もっとも、税源移譲という問題を巡っては、所得税から個人住民税への本格的な移譲をどのような方法で行うのか未だ明らかでないほか、平成16年度に関しては、所得譲与税が暫定的な措置として選択されるなど、必ずしも確たる税源移譲論が一貫して展開されているというわけではない。平成15 年 12 月の税制調査会の平成16年度の税制改正に関する答申(以下「平成 16 年度税調答申」という。)も、税源移譲は所得税から個人所得税への移譲を基本とすべきであるとしながらも、平成16年度については、暫定的な措置として、国のたばこ税から地方たばこ税への税源移譲を行うことが現実的であるとしていた。
 実際、どのような税源が移譲されるべきであるかを巡る議論においては、異なる視点・様々な見解が見受けられるところであり、例えば、平成13年6月の地方分権推進委員会の最終報告では、所得税、消費税、たばこ税等の個別間接税が移譲税源の候補として挙げられ、地方制度調査会の意見(例えば、平成15年11月の「当面の地方税財政のあり方についての意見」)や主な地方関係団体の提言では、税源移譲において中心となるのは、個人住民税及び地方消費税を拡充することであるとされていた。
 前述の平成16年度税調答申では、移譲税源の決定に当っては、応益性や自主性のほか、負担分任性、税収の安定性及び地域的な偏在性が少ないことなどを検討することが必要であるとされ、所得税源の移譲が望ましい理由として、「税体系の中で個人住民税が応益性や自主性の要請に最も合致している」ということが挙げられている。確かに、このような見解は、「三位一体の改革」で示された所得税から個人住民税へ本格的な税源移譲を行うという方針の主要な理論的根拠をなすものであると言えよう。
 もっとも、これらの地方税の主な諸原則に該当するものに対するウェイト付け如何によって、所得税の税源移譲の選択肢としての優位性の程度も変化するものと考えられる。本稿では、このような問題意識の下、多様な税源移譲論の根拠としては、どのようなものが考えられるか、また、各々の地方税の諸原則に対するウェイト付けはどうあるべきなのかというような問題を分析し、税源移譲の選択肢としての所得税の優位性の程度を探る。
 上記のような視点から税源移譲のあり方について総合的な分析を行った研究は、これまでのところ非常に限られており、このような問題に対して上記のような視点から考察を加えるに当っては、最近の世界的な地方分権の潮流の趨勢や我が国の地方分権・地方自治の歴史的な沿革・現状・将来的な方向性等を踏まえたうえで、地方財源のあり方に関する古典的・今日的な財政・自治理論等の分析などを試みながら、自分なりの税源移譲論を展開することが1つの重要なポイントとなるものと思料する。

2 研究の概要

(1) 地方分権の二大潮流と税源移譲論との関係
 本稿の序論及び第1章において、先ず、本稿で扱う問題の所在と背景を明らかにするが、昨今の「三位一体の改革」における税源移譲という問題を考察するに当っても、『税務大学校論叢43号』の拙稿において考察したような論点(我が国の地方分権の歴史的沿革や最近の世界的な地方分権の潮流のベクトルの趨勢等)を踏まえることが重要である。税源移譲論についても、このような論点との関係から十分な分析を行うことによって、各々の税源移譲論の意義と位置付けがより明確なものとなると思料する。
 第2章では、上記の観点から無視できないと考えられる問題である地方分権の潮流と税源移譲論との関係について、具体的な検討を行っている。税源移譲論において、本稿の1.「研究の目的」で述べたような多様性が認められる直接的な原因としては、望ましいと考えられる税源移譲の選択肢が充足することが期待されているところの諸条件(すなわち、前述の平成16年度税調答申で言及されているような地方税原則)が数多く、これらの諸条件のいずれを優先することが望ましいかについての見解が異なっているということが挙げられよう。
 他方、現代の地方分権には、1「小さな政府」論に立脚し、規制緩和・民営化等によって地方の権限の拡大を図るという「新自由主義的分権」(deconcentrationに類する。)という流れと、2地方自治(とりわけ住民自治)を伸張させる「民主主義的分権」(democratic decentralization)という流れに大別できる二つの潮流が存在し、地方分権の潮流のベクトルがこのように一義的でないことが、税源移譲論の多様性の本源的な原因であると個人的には思料するところである。
 我が国においては、「規制緩和型地方分権」・「規制緩和先行・分権化伴走」の行革が実行されてきていると言われるように、地方分権改革においては、「新自由主義的分権」という潮流が主流となってきたという側面が見受けられる。しかし、最近では、国際的な自治憲章等において、国と地方の関係を律する主要な理念として、「補完性の原則」が掲げられ、我が国でも「地域主権」論の興隆が認められるなど、「民主主義的分権」の潮流の勢いが強まってきている。このような地方分権の二大潮流の趨勢は、「三位一体の改革」における税源移譲のあり方と無関係ではあり得ないと考えられる。
 上記のような事実を踏まえたうえで、第3章では、これらの地方分権の二大潮流の各々のベクトルに則る税源移譲論の根拠となり得るような理論と代表的な移譲税源の具体的な選択肢の意義などについて、持論を展開しながら分析を試みている。「民主主義的分権」の潮流のベクトルに則る税源移譲(以下「民主主義的分権型税源移譲」という。)の代表例が所得税から個人住民税への財源移譲という選択肢であるなら、「新自由主義的分権」の潮流のベクトルに則る税源移譲(以下「新自由主義的分権型税源移譲」という。)の代表例としては、消費税から地方消費税への財源移譲という選択肢が挙げられよう。
 「新自由主義的分権型税源移譲」論は、J.G.ブレナンとJ.M.ブキャナンの「リバイアサン仮説モデル」(“Leviathan Hypothesis Model”)に代表されるように、基本的には、自治体が相対的に高い自治推進力・自律性を有しているということを前提としており、我が国における更なる財政上の規制緩和・効率化措置の必要性・歴史的な地方分権の二大潮流の趨勢等に重点を置いた視点に立つような場合において、採用される可能性の高い税源移譲論であると言えよう。
 他方、「民主主義的分権型税源移譲」論の妥当性は、直接的には、「三位一体の改革」の主要な目的が「均衡の原則」から「自治の原則」へのウェイト・シフトを促進させることであるという事実から主張され得るところであろうが、伝統的な自治法学論、最近の分権化の異なる潮流のベクトルに則った諸々の分権化措置間におけるバランス論、自治体の対人サービス行政の拡大に呼応する地方税体系の構築の必要性等から演繹的に導き出すことも可能であろう。

(2) 所得税源移譲論の優位性を低下させ得る主な要因
 第4章において特に問題としているのは、総合的な観点からすると、「民主主義的分権型税源移譲」論の「新自由主義的分権型税源移譲」論に対する優位性は認められるものの、税源移譲の選択肢が充足することが期待されている主な地方税の諸原則に付される各々のウェイト次第では、「民主主義的分権型税源移譲」論の優位性が低下することも十分に想定されるということである。
 例えば、地方税の諸原則の中には、普遍性原則や税源の偏在性が少ないという原則も含まれているが、これらの点においては、「新自由主義的分権型税源移譲」が「民主主義的分権型税源移譲」に優る可能性が高い。例えば、「民主主義的分権型税源移譲」は、東京都に代表される地方交付税の不交付団体にも税源が移譲されてしまうという「東京問題」に対応するには必ずしも適切ではないと考えられるなど、地域間財政力格差問題に大きなウェイトが付されるような場合には、税源移譲の選択肢としての所得税の優位性は失われ得る。
 実際、我が国の国と地方の税財政関係の歴史を紐解くと、重要な制度改革が実行された税財政史の節目となるような時代においては、国と地方の税源の再配分のあり方が度々議論されたという経緯があるが、その度毎に地方税源や課税自主権を拡充させるという課題に対して大きな壁として立ちはだかったのが、執行上の効率性と地域間の財政力格差という問題であった。
 第5章では、上記のような歴史的事実について、「市制及び町村制」の制定が議論された明治20年代前半、大正デモクラシーを背景とした「両税移譲運動」を受けて地租と営業税を地方へ移譲することを求める両税移譲案が審議された昭和初期、シャウプ使節団報告書が提出された昭和24年、並びに個人住民税の準拠税率制度が標準税率制度に改められた昭和39 年に焦点を当てながら考察を加え、地域間財政力格差問題の根の深さを探っている。
 さらに、「民主主義的分権型税源移譲」の代表例である所得税源移譲が地域間財政力格差にどのような影響を与える蓋然性があるのかをシミュレートした二つの代表的な研究結果を分析している。これらのシミュレーションは、税源移譲の効果に影響を及ぼす諸々の前提条件の設定の仕方が、少なからず異なるなどのために、同じ税目の税源移譲であっても、多少なりとも異なった結果を導き出すこととなっている。
 但し、これらのシミュレーション結果から総じて言えることは、所得税源の移譲は、確かに税源移譲の方法を工夫する(例えば、所得税源の移譲の際、個人住民税所得割税率をフラット化する。)ことにより、地域間財政力格差を極力抑え得るものの、地域間財政力格差の抑制という点においては、地域偏在性の変動係数が小さい消費税を移譲することを主張する「新自由主義的分権型税源移譲」論が、やはり優っているであろうということである。
 第6章においては、「民主主義的分権型税源移譲」論の優位性を低下させる地域間財政力格差問題の「三位一体の改革」や税源移譲論における位置付け・ウェイト付けの問題を検討している。平成16年度に関しては、暫定的な措置として、たばこ税が税源移譲の選択肢として現実的であるとした平成16年税調答申は、地域間財政力格差問題にかなりの比重を置くものであると解せよう。
 平成15年6月に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」も、「三位一体の改革により、・・・(中略)・・・ 基幹税の充実を基本に、税源の偏在性が少なく、税収の安定性を備えた地方税体系を構築する」としており、これらの地方税原則について、自主性・応益性原則などの地方税原則に劣らないウェイト付けがされているものと解することができよう。
 他方、所得税が普遍性の原則をかなりの程度に充足している以上、所得税源移譲に伴う地域間財政力格差問題は、一応、クリアーされているとも考えられるため、この問題が所得税源移譲論の優位性を決定的に低下させることはないという見方も可能であろう。しかも、個人住民税所得割税率の一本化・フラット化や均等割負担の引上げなどの措置が、所得税源移譲の際に実行されれば、地域間財政力格差問題を緩和することが可能となろう。

(3) 所得税源移譲論の優位性の最大の根拠
 第7章においては、「民主主義的分権型税源移譲」論の優位性について、代表的な財政理論と国際的な自治憲章等の地方財源に関する規定等から説明を試みている。財政上の地方分権を積極的に推進することの一般的な根拠としては、財政権限の分権化の結果、1地方自治体間の競争が促進されること、2住民の意思をより適切に把握している地方政府の権限が拡大して効率性が高まることなどが挙げられているところである。
 このような一般的な根拠が成立することが実際上認められるような場合には、財政上の地方分権は一般的に支持されるところとなろうが、特に発展途上国等の場合においては、このような一般的な根拠が成立していないなどのため、財政上の分権化が住民1人当りのGDPの増加に繋がらないというようなケースが見受けられるという研究結果がある。このような研究結果は、「新自由主義的分権型税源移譲」が、場合によっては、必ずしも望ましい効果を生じさせないこともあり得るということを示唆するものである。
 地方財源のあり方について規定する「世界地方自治宣言」第8条は、「地方自治体は、他の政府レベルの財源とは区別された独自の十分な財源を有し、その権限の範囲内で、その歳入を自由に処分する権限を有する。」、「地方自治体の財源のうち合理的な部分は、地方自治体が自らその率を決定することができる地方税、手数料、課徴金から構成されるものとする。」と定めている。
 地方財源のあり方について規定する「世界地方自治憲章草案」第9条と「ヨーロッパ地方自治憲章」第9条が求める内容は、確かに、上記の規定の内容とレベル的にも多少異なるものであるが、これらの諸規定を総合的に勘案すると、これらの諸規定や地方税体系のあり方に関するシャウプ勧告と我が国の現状との間には少なからぬ乖離が存在し、我が国における「民主主義的分権」に繋がるような税源移譲の必要性が強く認められる。
 これまでの諸々の議論に対して自分なりの総合的な判断を下すとすると、「民主主義的分権型税源移譲」論の「新自由主義的分権型税源移譲」論に対する優位性は、基本的には支持し得るものであるということになる。しかしながら、第8章で問題提起しているように、所得税源移譲が、その優位性の最大の根拠である「民主主義的分権」の伸張という効果を発生させないような場合には、この優位性が失われるということにもなり得ると考えられる。
 「民主主義的分権」が伸張するためには、税源移譲によって、自治体の独立性・自律性が高まり、住民における受益と負担の乖離が縮小することが肝要となる。すなわち、所得税源移譲論の優位性の程度は、所得税源移譲により、自治体と住民の間において望ましい緊張関係が醸成されるような動きがどれほど生じるかということに大きく依存しているものと思料される。
 シャウプ使節団の一員であったボーエン博士(H. Bowen)は、「自由を与えられた地方団体が増税をして、反面、行政内容が充実しない場合には、その地方の住民がこれを厳正に批判するであろう。そして、住民は、自治体政府の構成を変えるなり、他の地方団体に身を寄せたりするので、民心を得ぬ地方自治は住民の民主的な批判に耐えられないであろう」と述べたとされている。
 上記の言葉は、財政上の地方分権が住民1人当りのGDPを増加させるうえで重要な役割を果たすと考えられる「チボー・モデル」と、同モデルの機能を発揮させるうえで住民の可動性が必ずしも前提条件となっていない「退出と抗議の理論」と称される「ハーシュマン・モデル」のコアとなる部分を述べたものであると解することができる。所得税源移譲が、このようなモデルに則るように自治体と住民の望ましい緊張関係を構築・強化するよう作用すれば、その優位性は確固たるものとなろう。

(4) 自主性・応益性を高めることの困難性と重要性
 上記から示唆されるように、自治体と住民の望ましい緊張関係を構築するには、自治体が税率操作権を積極的に行使するということが1つの重要なポイントとなると考えられるが、我が国の場合、殆どの地方税について、通常拠るべき税率とされる標準税率が設定されているほか、標準税率制度の下、自治体間では税率の設定において横並び意識が少なからず作用しているなどのために、制限税率が随時撤廃されつつある昨今においても、自治体の税率操作権の行使は必ずしも十分に活発化しておらず、自治体間における税率格差も殆ど生じていない。
 このような効果を有する標準税率制度は、今後とも「ナショナル・ミニマム」を確保する地方交付税交付金制度を機能させるなどのために、「三位一体の改革」の後においても、維持される可能性が高い。したがって、所得税源移譲が「民主主義的分権」を伸張させる可能性については、自治体の税率操作権の行使にマイナスに作用する蓋然性のある標準税率制度の下においては、多くを期待できないという見方もあり得よう。
 但し、所得税源移譲は、応益性・負担分任性が顕著である個人住民税負担を高め、住民における受益と負担の乖離を縮小させるため、「ハーシュマン・モデル」を機能させるように働くことが考えられる。また、「三位一体の改革」は、地方交付税の交付金額を縮小させるため、自治体の税率操作権を行使することの必要性を高める。これらは、自治体と住民の間において、より望ましい緊張関係を醸成させる方向に作用する蓋然性を有しているのである。
 しかも、第9章で述べているように、地方交付税交付金制度が有しているとされる自治体の増税・徴税努力へのデイスインセンィブ効果については、留保財源率の変更などを通じて、低下させる方向で改革が実行されれば、自治体の税率操作権の行使は、より積極化することが予想される。また、所得税源の移譲が所得割税率を一本化・フラット化するという方法によって実施されれば、東京都等の都市圏の自治体においては、現行の所得割税率を変更しないような税源移譲の場合と比べて、税源移譲による税収の増加の程度が相対的に小さくなるため、均等割、所得割、或は両方において、地方圏の自治体と異なるレベルの負担を求める必要性と需要が高まることとなる。
 上記のような手段を通じて自治体の自主性を高めることによって、自治体の税率操作権の行使を活発化させることは、「チボー・モデル」を機能させるうえでも重要なポイントとなる。但し、実際において、自治体による税率操作権の行使の活発化に事実上の限界が認められるような場合には、応益性を高めて住民の受益と負担の乖離を縮小させて、「ハーシュマン・モデル」を機能させるということの重要性が特に高まることとなろう。
 例えば、地方自治の母国とも称され、自治体の税率操作権も積極的に行使されている英国において、ポール・タックス(「人頭税」)とも言われるコミュニティ・チャージが導入されたのは、英国においても、自治体や住民に受益と負担の関係を強く意識させ、自治体の高支出を抑制することや住民を依存者から主権者へ変身させることが必要であると強く認識されたからであるということに着目することが肝要となろう。
 このような視点に立つと、現行の我が国の財政システムの問題点の主要な原因とされる受益と負担の乖離を縮小させるという目標を持つ「三位一体の改革」において、応益課税を強化することは、やはり是非とも必要なことであると思料される。平成16年度税調答申も、税源移譲の選択肢としての所得税の優位性の根拠として、自主性の原則と並んで応益性の原則を挙げている。
 確かに、消費税も応益原則に合致するとされているが、所得税と消費税の違いは、消費税の応益性が行政サービスに対する対価であるという「対価説」や「利益説」に主に立脚しているのに対し、所得税の応益性は、「利益説」だけでなく、山内健生が言うところの「自治意識涵養説」からも説明されるということである。この「自治意識涵養説」にこそ、所得税によって応益性を高めることの意義があると言えよう。
 また、昨今の自治体における対人サービス行政への需要の拡大に着目する「セイフティ・ネット張替え論」に鑑みた場合、保有財産に対する課税を中心とする古典的な応益課税よりも、個人住民税負担を高めることの方が望ましいと考えられ、このような応益課税強化の方向性は、応益課税に伴う主な問題(例えば、適正・公平な財産評価や支払手段・流動性確保の困難性)を緩和するという観点からも主張され得るところであろう。

3 結論の方向

 上記のような議論・考察を経ることにより、所得税源移譲論の優位性の程度を概ね把握することが可能となると思料するが、所得税源移譲や「三位一体の改革」のみによって、地方における自主性と応益性が十分に高まり、ボーエン博士が想定したような自治体と住民との望ましい緊張関係が構築されるかについては、自治体の税率操作権行使の現状や源泉徴収制度の広範な適用等に鑑みた場合、やはり少なからぬ疑問が生じ得るところである。
 実際、自治体と住民の望ましい緊張関係が十分に醸成されないような場合には、所得税源移譲の効果を補強・補完するような措置を講じることが重要な課題となろう。このような措置には様々なものが想定されるところであるが、前述のように、このような場合には、「ハーシュマン・モデル」の重要性が顕著に高まることに鑑み、当該モデルが効果的に機能するような態勢を整備することに資するような措置を講じることが特に必要となろう。
 なぜなら、昨今、地方分権改革を「未完の改革」に終わらせないために、行政権限の地方への移譲は、「三位一体の改革」による財政権限の地方への移譲という手段によって補完することが必要であるとされているところであるが、今回の財政権限の地方への移譲については、実質的な政治権限の住民への移譲という手段によって、今後、補完することが必要となるのではないかと思料されるからである。
 この点に関しては、「世界地方自治憲章草案」第10条も、住民参加や非政府団体等との連携の重要性について規定しているところであり、このような観点からすると、例えば、地方自治法第74条(「条例の制定又は改廃の請求及びその処置」)が住民請求の対象から地方税の賦課徴収並びに分担金、手数料及び手数料の徴収に関する条例を除外していることなどが、今後再検討すべき主要な課題の1つとなろう。
 上記のような課題に対して適切に対応することによって、「ハーシュマン・モデル」が機能する体制の整備は進展するものと考えられるが、このような課題に対応することの重要性が住民側において強く認識され、「住民財政主義」が住民のリードで確立されていかなければ、同モデルの機能の十分な発揮は担保されないものと考えられる。
 したがって、税源移譲が応益負担を高めて住民の受益と負担の乖離を縮小させることがとりわけ重要であり、このような役割を担っているということが、所得税源移譲論の優位性の最大の根拠でもあろう。税源移譲がこのような役割を十分に果すことが可能となるよう、所得税源移譲方法が工夫されるとともに、税源移譲の効果を補強・補完するような措置を別途講じるということが、重要な課題になると考えられる。

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