冨永 賢一

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的、問題点等

 平成14年の商法改正により、我が国においても委員会等設置会社(原則として大会社であり、取締役3名以上により組織され、かつ、社外取締役が過半数を占める指名委員会、監査委員会及び報酬委員会を設置する会社)に「執行役」制度が導入された。この委員会等設置会社では、取締役会により選任される執行役及び代表執行役がおかれ、取締役会から委任を受けた事項の決定及び業務執行を行うこととなる。ところで、同制度とは別に任意の制度である執行役員制度を導入している会社も多数あるが、商法の規定を根拠とする「執行役」、任意の制度による「執行役員」と名称は酷似するが根拠規定の有無など内容は同じではない。
 法人税法又は所得税法において、法人の役員と使用人とでは各規定の適用の有無及び課税上の取扱いが異なることとなるが、両制度の差異を踏まえつつ、あるべき課税関係について研究することとした。
 ところで、商法の規定を根拠とする執行役は税法上の役員に当たるので取締役をめぐる従前からの問題はあっても執行役が単独で問題となることはないが、執行役制度が導入されたことにより、任意の制度である「執行役員」をめぐる課税問題がクローズアップされることになると考えられる。具体的には、1執行役員は税法上の「役員(みなし役員)」に該当するかどうか、2執行役員に就任する者又は退任する者に退職金を打切支給したとき税法上退職給与と取り扱われるか、という問題があり、これについて検討・整理を行うこととした。

2 研究の過程等

(1) 執行役員は税法上の「みなし役員」に該当するか
 「法人の使用人(職制上の使用人としての地位のみを有する者に限る。)以外の者」で「その法人の経営に従事しているもの」は、法人税法上「役員(みなし)」と取り扱われるが、法令に基づく取締役ではない執行役員が、このみなし役員に当たるか以下検討する。

イ 使用人としての地位を有するといえるか
 執行役員という地位が職制上使用人としての地位に当たるかどうかは、一般企業において「役員」との用語を含む地位を設けている例は他になく、執行役員制度導入の目的等からしても、この者は法人の使用人としての地位のみを有する者に該当しないことは議論をするまでもなく明らかである。したがって、「執行役員」は法人の使用人以外の者であり、「法人の経営に従事している」と判断されればみなし役員と取り扱うこととなる。

ロ 法人の経営に従事しているといえるか
 経営という概念については、その範囲を明確に境界が引けるものではなく、また、「経営」又は「経営に従事する」について法律の定義がある訳ではないので、「法人の重要事項の立案、決定、調整に参画しているかどうか」や「自己の責任において業務執行を行っているか」どうかについて原則として個々の企業あるいは執行役員ごとに判定しなければならないが、その判定は困難を極めることになろう。しかしながら、以下の点を勘案すると、一部例外はあるとしても「執行役員は法人の経営に従事している」と判断して差し支えないのではと思料する。

1 業務執行に従事すること
 執行役員とは、肩書きどおり、業務執行に当たる者である。
 また、執行役員制度導入の目的は、意思決定・監督機能と業務執行機能の分担を明確にし、業務執行体制の強化を図ることや、各事業部門の責任を明確にするところにあり、業務執行は代表取締役の指揮のもとに行うものといわれるが、代表取締役は取締役会から受任をうけた事項について執行するものであり、執行役員の業務執行権は代表取締役から派生したものであるといわれ、その業務内容は単なる使用人の範囲を超えていると認められる。また、これは業務担当取締役と変わるものではないと認められること。

2 役員という名称を有する者であること
 一般に役員とは「法人において、業務の執行、業務・会計の監査などの権限をもつ者」をいい(法律学小事典)、いわゆる処遇ポストとしての「名ばかりの執行役員」であるならばまだしも、会社のガバナンス機能の強化を目的に設けられ、1のように業務執行に従事する者はまさにここにいう「役員」であるといえること。

3 執行役員には代表取締役も就任していること
 執行役員に就任している者は、代表取締役や使用人から就任した者までが同じ執行役員となっているが、代表取締役又は取締役を兼務する者は法人の経営に従事していると判断し、その他の者は経営に従事していないと取り扱うことが妥当か疑問が生じる。すなわち、執行役員の中で、取締役を兼務するかどうかに応じ区分しなければならない合理的な理由はないと考えられること。

(2) 執行役員に退職金を打切支給したとき退職給与と取り扱われるか
 執行役員に就任した場合に検討すべき事項は、みなし役員に当たるかどうか、執行役員就任時にそれまでの勤務期間に係る退職手当等の打切支給を受けた場合の取扱いはどうか等以下の事項について整理が必要となる。
 打切支給の退職金であるとする見解もあるが、この見解の拠るべき根拠は、使用人期間分を打切支給すること、執行役員の退職給与規定は使用人とは別に定めること及び就業規則も使用人とは別の規則を定めることにあると考えられる。いわゆる「退職」とは、広義では、一般に労働者が自発的に又は定年によりその職を退くことをいい、狭義では、公務員が失職及び懲戒免職の場合を除いて離職することを指しているので、新たな雇用契約を締結したとしても、雇用契約は途切れることなく継続しており「職を退いた」ということはできず、単なる社内的な職名の変更にすぎないと認められ、退職と取り扱うことはできない。更に、退職給与規定や就業規則が異なるとしても、労働法上、労働者に該当することに変わりは無く、形式的にも実質的にも雇用関係は継続していると考える。
 執行役員就任後の契約関係が委任契約に該当するとしても、いずれの契約に基づく報酬も給与所得に該当し、使用者(所得税法上、役員又は使用人に対して給与を支給する者を使用者としている。)との雇用(又は委任)関係は依然として継続しているので、これを「退職」と取り扱うことはできないこととなる。
 また、執行役員への就任を退職と取り扱うときは、次のような問題が生じるので、商法上の取締役(役員)になった場合と同様に取り扱うことは相当でないと考えられる。

1 執行役員制度は、商法上の制度ではないために各社が導入している仕組みには様々なものがみられ、恣意性が高く、一律に退職と取り扱うことは課税の均衡を失することとなること。
 特に、5年定年制に基づく金員を退職所得と取り扱われないこととの均衡と、執行役員の任期は1年(再任を前提としても長期間とは考えにくい。)であり、退職所得の優遇課税の適用を受けられるという点が問題と考えられる。

2 役員に適用される商法上の各規定は、執行役員には適用されず、その法的地位は異なるのであって、これらを同一に(税法のみ経済実質に即して)取り扱わなければならない積極的な理由は存しないこと。

 一方、執行役員の退任と同時に当該法人のすべての職を辞する(退く)ときは、まさに退職以外のなにものでもないが、執行役員という地位は辞するとしても他の地位(取締役、使用人)を得て当該法人の内部(あるいは、引き続き当該地位に留まる)に留まる(当該法人から給与等の支給を受ける地位が継続する)者に退職手当等名義の金員が支給される場合の課税上の問題については、執行役員をみなし役員と取り扱うかどうかや就任時の例のように各ケースに応じて検討した。

3 結論

 執行役員就任時及び執行役員退任時の各ケースについて問題となるのは、それぞれの時に退職手当等(退職給与、退職慰労金など)の支給が行われなければ特段の問題は生じないが、支給されるところに各種の問題が生じることとなる。法人税法上はその退職給与が不相当に高額でなければ所得計算上損金に算入され、また、商法上も格段の問題もないのであるが、その金員の支給を受ける個人の課税に関しては、これをどの所得として取り扱うかによって税負担は大きく異なることとなるので、企業サイドとしては法人・個人とも有利な課税関係となるよう支給形態等を見直してくる。これも、節税の一例との見解も考えられるが、打切支給の場合の取り扱いなどその制定時には理由があるとしても、制定から相当年数が経過しておりこれを機に見直すべきではないだろうか。
 また、執行役員は、実務界において考えられているいわゆる「単なる幹部従業員(管理職の使用人)」である、または「支配人」であるという見解に従うとしたときは、名称に「役員」の語があるにもかかわらずこれは「使用人」であるとの説明をそのまま受け入れることは困難ではないか。まして、平成15年4月1日から施行された改正商法の執行役に対しては、かなりの事項につき委任できる(される)ことからすると、「執行役」の位置付けは改正前の「業務担当取締役」と同等またはこれ以上であると考えられる。この執行役制度と比較すると、一方の執行役員は「使用人」であるという取り扱いは適当ではないであろうし、執行役員制度導入の目的から判断しても従来の「幹部従業員」の範囲を超えたものと判断され、株主はじめ取引先等に対しても「執行役員」として紹介され(各企業のホームページ等)、自身も「執行役員」と称する以上、税務上もこれらの者を「業務執行を行う役員」として取り扱うことが自然な流れではないかと考える。

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