松田 直樹

税務大学校
研究部教授


要約

1. 研究の目的

 戦後、日本国憲法が、地方自治について第8章を設け、中央集権体制の権化であった内務省が廃止されたことにより、日本における地方自治は新たな時代を迎えた。しかし、その後の地方分権が実際に辿ってきた道のりは、決して平坦なものではなかった。長きにわたり、地方自治の実態は、財政的には、「三割自治」という言葉に揶揄されるような状況から抜け出すことができず、法的には、「法律先占論」や「ウルトラ・バイリーズ(‘ultra vires’)の原則」(通常、「権限踰越の原則」と訳されている)に代表されるような中央集権主義的な考え方との闘争を経ることを余儀なくされたというレベルのものであった。
 しかし、地方自治を拡充しようという流れは絶えることはなかった。その流れは、長らく大きな潮流となることはなかったが、1980年代から1990年代にかけて、主な国々において、地方分権の伸張に繋がる措置が講じられるとともに、世界的な規模で今日的な地方自治原則を謳った宣言や憲章が採択されるようになると、バブル経済の崩壊に伴う諸問題に苦悩する我が国でも、地方分権を促進する法的措置が次々と講じられ、歴史的な重みにも支えられた中央集権行政システムが大きく揺らぐこととなった。
 これらの措置は、地方分権推進論者の言葉を借りれば、明治維新、戦後改革に次ぐ「第三の改革」というべきものの一環であり、地方分権型行財政システムを構築するための主な手段として、目下、市町村合併の推進は勿論、補助金・地方交付税制度改革及び地方への税源移譲を一体的に実現せんとする「三位一体の改革」が進められているところである。「三位一体の改革」は、市町村の合併と相俟って、国や地方の税体系や税務行政のあり方にも大きな影響を及ぼすものとなる。
 地方への行政権限の移譲のあり方が地方への財政権限の移譲のあり方を左右するように、地方分権の潮流のベクトルは,国と地方の税財政関係の再構築のあり方を大きく方向づける蓋然性を有している。もっとも、百家争鳴の地方分権と言われるように、地方分権論や地方分権構想にはかなりの多様性が認められ、地方分権の潮流が今後どのようなベクトルを有しながら地方分権の「受け皿」の整備を進め、国と地方の財政関係をどのように再構築していくかについては、予断を許さないところである。
 地方分権を具体化する措置が税体系や税務行政に対してどのようなインパクトを与え得るかという問題を考察するに当たっては、地方分権の潮流の内容如何が重要なポイントとなると考えられるため、その歴史的な沿革、今日における国際的な位置づけ,今後の方向性等を解明することが必要となると考えられる。但し、税体系と税務行政の再構築という問題については、地方分権という時代の潮流の趨勢に大きく影響されることがあっても、どのような租税原則が重視され、どのような税体系や税務行政が求められているのかという視点が見失われることがあってはならないと思料する。
 上記のような問題意識を踏まえたうえで、本稿では、先ず地方分権の歴史的沿革・意義と国際的な動向を考察し、昨今の地方分権という大きな潮流を構成している主要な流れを分析することを試みる。つづいて、「三位一体の改革」の主な原因とされている日本型中央集権財政システムの今日的な問題点を検討し、今後の税体系や税務行政の再構築の方向性に影響を与えている地方分権のベクトルの実態を探ることとする。本稿は、現在手がけている地方分権の流れの中で再構築される税体系や税務行政のあり方等の個別具体的な研究の足がかりとも位置づけられるものである。

2. 研究の概要

 第1章では、本研究を行うことの理由・問題意識等を「問題の所在」というかたちでまとめるとともに、本稿の意義や本稿で採り上げる諸々の論点の本研究における位置づけなどを述べている。本テーマの研究の前提条件でもある地方分権の歴史的沿革、意義,今日的な位置づけというような問題は、過去においても、国と地方の税財政関係のあり方を大きく左右してきた。このような関係は、将来においても変わらないものと考えられるが、このような関係を巡る問題は、これまでは、地方分権論者等、すなわち、地方分権を推進すべしと主張する側から研究がされてきたという経緯がある。本研究成果が、このようなこれまでの学術的な傾向に少しでも新たな変化を加える契機の一端となることを希望している。
 第2章では、我が国の地方分権の制度的背景と歴史的沿革・意義を考察し、地方分権の歩みとその理念を分析している。つまり、我が国の地方分権の歴史において、どのような時代にどのような地方分権を促進する措置が講じられ,そのような措置がどれほど地方自治の拡充に繋がったかなどを検討するとともに、我が国の地方分権の歴史において,どのようなベクトルを有した分権の潮流が存在し,どのようなうねりをもってどの程度まで日本型中央集権体制を修正することができたのか、また、それらの地方分権の軌跡は,歴史的にはどのような意義を有していたのかなどを考察している。このような研究を通じ、我が国のこれまでと今後の地方分権のベクトルを地方自治の歩みというパラダイム上に位置づけることを試みている。
 第3章では、最近の世界的な地方分権の潮流の源流となった主要国における地方分権の動きと世界的な地方自治の諸原則の概要・意義を考察する。最近の我が国の地方分権は、この世界的な地方分権の潮流と無関係に発生したわけではなく、その将来的な方向性もこの世界的な潮流のベクトルと無関係ではあり得ない。地方分権の潮流には、「新自由主義的分権」と「民主主義的分権」の二つの大きな流れがあるという。ここでは、これらの流れが主要国においてどのように現れているのかを探っている。
 また、グロ−バル・スタンダ−ドともなりつつある地方自治の諸原則の内容・レベルはどのようなものであり、我が国の今後の地方分権にどのような理念を提供し得るのかを検討している。とりわけ、「補完性の原則」は、我が国においても、事実上、地方分権の指導原理となりつつあるほか、最近、具体的な動きも見られるようになった「道州制」構想等の理論的なバック・ボ−ンとなっている「地方主権」論の今後の趨勢にも影響を及ぼし得るものである。
 第4章では、地方分権推進委員会等が掲げる最近の地方分権の根拠を考察し、最近の地方分権論が、どのような時代の要請に応えようとしているのかを再確認している。主な根拠として挙げられるのは、中央集権型行政システムの制度疲労、変動する国際社会への対応、東京一極集中の是正、個性豊かな地域社会の形成、高齢社会・少子化社会への対応などである。その他の根拠としては、神野直彦が主張する「セイフティ・ネット張替え論」もある。これらの地方分権の根拠から一義的な地方分権の流れの方向性を把握することは困難であるが、実際のところ、「新自由主義的分権」という潮流の勢いが「民主主義的分権」という潮流を凌駕しているようである。
 第5章では、地方分権の二大潮流の趨勢が国と地方の税財政関係の再構築のあり方をも大きく左右するという理解に立って、百家争鳴とも言われている最近の地方分権構想において、特に重要なポイントとなる自治体再編成論を類型化し、本章では、具体的に進展している最近の市町村合併を巡る議論と今後の改革の方向性を展望している。基礎的自治体の大規模な合併は、「新自由主義的分権」の流れを汲むものであり、我が国における地方分権の二大潮流の趨勢を物語るものでもあるが、「平成の大合併」にも様々な問題点や課題がある。少なからぬ地方分権論者等や地方自治体は、「アメとムチ」を使った合併策や合併の効果を疑問視しており、今後も「新自由主義的分権」がどれほど主要な潮流であり続けるかについては、未だ予断を許さないところでもある。
 第6章では、かつてはイデオロギーの域を脱し切れなかった「地域主権」論や「道州制」構想等の概要を把握するとともに、近時において、これらの構想が「補完性の原則」や「地方主権」論と有機的に結びつき、かなり具体化する方向に進んでいる背景を確認する。また、これらの構想が実現せんとしている地方分権が、国と地方の税財政関係や税務行政の再構築という問題に対して、どのようなインプリケーションを有し得るのかについて考察を加えている。「道州制」構想等の下では、「民主主義的分権」の進展も予想されるとともに、地方自治体の独立性や効率性も高まる可能性もあるが、大幅な行財政権限の地方への移譲という問題や州間の競争原理の下で拡大し得る州間の行財政格差の問題など、難しい課題も立ちはだかっている。もっとも、道州制が実現することとなれば、国と地方の税財政関係や税務行政のあり方は抜本的に再構築されることとなろう。
 第7章では、日本型中央集権システムの功罪を探るとともに、歴史上、時代の要請でもあった日本型中央集権システムの強化が、従来の「ナショナル・ミニマム」論から今後も正当化されるかについての議論の趨勢を考察している。日本型中央集権システムは、資本主義の進展に伴う弊害を是正し、全国的に「ナショナル・ミニマム」を達成するうえで大きな功績を残したが、今日では、その否定的な側面が強調されるようになってきており、これまでの「自治の原則」と「均衡の原則」のバランスのあり方を再検討することが必要となってきていることの背景を探っている。
 第8章では、「自治の原則」と「均衡の原則」の歴史上のバランスの決定において主要な機能を果たしてきた国庫補助金制度と地方交付税交付金制度が最近惹起しているとされる問題点を考察している。これらの制度は、地方分権の主要な根拠とされる中央集権システムの制度疲労の中核をなし、「三位一体の改革」の対象ともされているものである。国庫補助金制度については、責任の所在の不明確性、非効率性、地方自治体の中央依存体質の醸成、財政錯覚、超過負担の問題等を採り上げている。地方交付税交付金制度については、交付金額が時代とともに顕著に増加し、いわゆる「ナショナル・ミニマム」水準が非常に高くなっており、その財源保障・財政調整機能が国際的にも突出したレベルにあることに焦点を合わせている。
 第9章では、地方交付税交付金制度の機能と最近の交付額の規模について、シャウプ勧告の理念やグローバル・スタンダードからの乖離の程度を分析し、交付税制度の財源保障・財政調整機能の高さが、地方自治体の自立を妨げているという指摘に目を向けている。また、交付税制度がシステム面において有するとされる歪みにスポット・ライトを当て、交付税額決定プロセスのブラック・ボックス化、地方交付税の第二補助金化、地方自治体の自助努力に対して与え得るディスインセンティブの可能性、地方自治体における受益と負担の乖離、財政力の高い自治体と低い自治体との間の「逆格差」と言われる問題等を考察している。

3. 結論にかえて

 本稿は、国と地方の税財政関係及び税務行政の再構築の方向性に大きな影響を与える最近の地方分権という潮流のベクトルの分析、並びに「三位一体の改革」の原因となる日本型中央集権財政システムの今日的な問題点の考察を主な目的としている。本稿の研究成果を踏まえて、今後の地方分権という大きな潮流の中で、国と地方の税財政関係及び税務行政がどのように再構築される蓋然性があるか、或いはどのように再構築されるべきであると考えられるかについて、今後、個別具体的に検討していく予定である。
 我が国においては、地方行政における団体自治的側面よりも住民自治的側面の強化の方が重要であるというような見解もあるが、主な国々及び我が国における最近の地方分権の二大潮流の趨勢に鑑みた場合、税財政システムや税務行政の再構築を方向づける事実上の指導原理は、原則として、最近の我が国の地方分権において主流となっている潮流の根底に流れる理念に則ったものとなる蓋然性があろう。しかしながら、他方では、「三位一体の改革」においては、「民主主義的分権」を伸張させることが重要であるという意見も少なくない。
 とりわけ、最近の税源移譲を含む国と地方の税源配分の見直しに関する議論では、地方自治体の課税自主権の伸張に加え、地方税の応益性・負担分任性という性質が特に重要なポイントであるとされているところでもあり、税体系の再構築については、地方分権の二大潮流の趨勢とは異なる視点に重きをおくようなアプロ−チも十分あり得よう。また、税務行政のあり方については、さらに異なる独自の視点が求められるかもしれない。
 このような問題は、今後も議論が必要とされるところであり、そのあり方は地方分権の流れのベクトルと無関係に論じ得るものではないと考えるが、地方分権の潮流は、近時、益々、そのうねりを激化しており、場合によっては、二大潮流の趨勢にも重大な変化が生じ得る。この場合、そのうねりのスピードや規模次第では、税財政制度や税務行政が再構築される態様は、質量的にも、これまでとかなり異なったものとなる可能性が秘められている。

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