日景 智

税務大学校
研究部教育官


要約

 平成16年2月からの国税電子申告・納税システム(以下「e−Tax」という。)の運用開始によって国税における電子申告が可能となる。
 「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律」(以下「行政手続オンライン化法」という。)第3条第1項では、行政機関等は法令の規定により書面等により行うこととされている「申請等」を、電子情報処理組織を使用して行わせることができる旨規定しており、e−Taxのうち、いわゆる電子申告をはじめとする申告・申請などの手続に関するものの法的根拠となっている。この規定では、電子手続の細目については、「主務省令で定めるところ」に委ねることとされており、国税に関する手続に関しては、「国税関係法令に係る行政手続等における情報通信の利用に関する省令」(「国税関係電子手続省令」という。)が制定されている。また、国税関係電子手続省令の規定を受けて国税庁長官による「国税電子申告・納税システムの利用に関する定め」及び「国税庁長官が定める電子証明書に関する定め」が制定されている。
 したがって、国税の電子申告等に関する手続規範としては、現在、行政手続オンライン化法及び国税関係電子手続省令のほか二つの「定め」によって構成されているものといえる。この体系は、従来の国税に係る租税手続法の体系からみると異例な形となっているのは否めないところであり、電子申告等に関する手続規範のあり方としてどのような体系が適当かについて、検討を加えていく必要があるのではないかと考える。
 このほか、電子手続のあり方を検討していく上でベースとなる書面による手続に関して解釈上あるいは執行上整理しておくべき問題として、何をもって有効な納税申告書が提出とすべきかという問題や納税申告の代理の法的な位置付けなどに関する問題が顕在化してきつつあるように思われる。本稿は、これらに関し、今後、研究すべきと目されるところを明らかとすることを主たる目的とするものである。

1 電子申告手続に係る法体系とその評価

 国税の電子申告手続に係る法体系は、冒頭でも述べたとおり、行政手続オンライン化法と同法第3条の規定の委任を受けた国税関係電子手続省令から成っており、これらのほか同省令第2条及び第10条の規定を受けた形で国税庁長官による「定め」が設けられている。
 行政手続オンライン化法は、国民へのわかりやすさ、制度改正の容易さ等から通則法方式が採用されたものであるが、国税に関する手続については、別の体系の法律が必要であって、通則法方式にはなじまなかったのではないかと考える。それは、納税申告が、国民(納税者)の財産権に深く関連しているのみならず、自己の租税債務を明らかにするという自らにとって不利益を生じさせる行為であるという点において、通常の申請や届出といった行為とは大きく異なるのであり、このような性格を有する納税申告を中心とした国税関係の手続を比較的単純な申請、許可等を前提とした法律によって律することにはそもそも無理があったのではないかと考えられるからである。
 また、通則法方式が採用されたことによって、従来政令で規定されてきたような具体的内容が財務省令に委ねられてしまい、更にその細目となる事項が「定め」に置かれることとなっているとみることができるが、このことは、租税法律主義の内容として挙げられている「手続保障原則」の観点から問題があるように思われる。
 e−Taxは、行政手続オンライン化法の体系の法令等の下で運用が始まったばかりであり、運用の状況がある程度落ち着いてきた段階で、あるべき法体系を再構築する方向が望ましいものと考える。

2 納税申告書の提出を巡る問題

 電子申告の場合、送信されたデータの中に具体的にどのようなものが含まれていれば有効な納税申告とみるべきか、あるいは、どのような事実をもって申告書の提出があったとみるべきかについて、書面による納税申告書の場合の考え方を基本として整理しておく必要があると考える。
 第三者作成の添付書類については、書類の原本の改ざんが容易であることからすれば、現状では、イメージデータによる送信を認めることは問題があるといわざるを得ず、現行のe−Taxにおいて、別途郵送等の方法により現物を提出することが求めることとされているのもやむを得ない措置であるというべきであるが、反面、利用者の利便性を後退させる面があるのも否めないところであり、このような問題に対処する見地からも所得税法における所得控除等の制度の整理・簡素化が進められる必要が生じてきているものといえる。
 納税申告書への記名または署名及び押印の意義は、納税申告書の内容が納税者の真意に基づくものであることを明確にすべきことにあると考えられ、電子申告における電子署名等についても同様の役割が期待されている。しかし、電子署名等については、電子手続において危険の指摘される通信途上におけるデータの改変や行為者の成りすましを防止する効果が期待されており、これを欠く電子手続についてはその効力を否定するといった法的措置を講ずることがより望ましいと考えられ、今後そのような法令の整備が検討されるべきであると考える。

3 納税申告の代理を巡る問題

 電子手続を代理により行うとした場合に代理権限を証する書面の添付又は提示を求めることとすれば、第三者作成の添付書類に関する問題と同様の問題を惹起するおそれがある。
 また、将来的に電子署名等を電子申告の効力要件とするとしても、税務代理による納税申告書の提出の場合に求められる納税者本人に係る電子署名等の欠けつについては、税理士の電子署名等があれば、その手続自体は有効と解すべきであると考えられる。
将来的には、電子的な委任状が開発され、制度化されることも考えられるところであり、その点も視野に入れたところで制度のあり方が検討されるべきである。
 e−Taxは、税務署へ足を運ぶことなく国税の納税申告等を済ませるみちを開くことで、第一義的には納税者の利便に資するものとして、更にいえば、例えば所得税の確定申告期限間際のように税務署に納税者が大挙して押し寄せて来るという状況の緩和や納税者の申告等のデータを活かすことで事務処理の効率化に繋がるものであることが期待されている。しかしながら、現状では、e−Taxがこれらの期待に十分応えるものとなっているとはいえない面があることも否定し難いのではないだろうか。
 国税の申告等の手続に関しては、他の行政機関における申請等の行政手続とは大きく異なる面があることからすれば、納税も含めた国税固有の電子手続に関する法令が必要であるといえるのであり、以上に述べたような観点からの法整備がシステム自体の改良と平行して進められていくことが求められているものと考える。

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