草間 久雄

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的、問題点

印紙税は、文書の作成行為の背後にある経済的利益、文書を作成することに伴う取引当事者間の法律関係の安定化という面に担税力を見出して課税している租税であり、税体系において基幹税目を補完する重要な役割を果たしている。
この印紙税について、最近、課税を回避しようとする動きがある。例えば、平成13年に施行された「書面の交付等に関する情報通信の技術の利用のための関係法律の整備に関する法律」により、従来、紙の契約書の交付を必要としていたものが、フロッピーディスク、CD-ROMの手交など電子的手段によっても行えることとなった。このことを契機として、契約当事者間において、電子文書を交換することによって契約内容を相互に保有し、紙の契約書を作成しないことで印紙税の課税を回避する事例が発生している。また、情報通信技術の進歩や経済のグローバル化等の進展により、国内取引に係る文書について、その文書情報を国外で取得して国外で文書を作成したり、国外の事業者に文書の作成業務を委託したりすることにより、印紙税の課税を回避しようとする動きもある。
 本稿は、この二つの課税回避事例を素材として、課税の中立性及び公平性の観点から今後における印紙税の課税の在り方を考察したものである。

2 研究の内容

(1) 基本的な事項についての整理・検討
「課税文書の要件」及び「課税文書の作成・作成の時」等、考察に関連する基本的な事項について、印紙税の規定及び取扱いの内容を概観し、その問題点を整理・検討した。

(2) ペーパーレス化と中立性の原則
電子文書の作成による課税回避は、高度情報化等の進展に伴うペーパーレス化という環境下で発生したものであること。また、電子文書は、作成場所を容易に移動させることができることから、国外での文書作成による課税回避とも関連する。このようなことから、契約の締結段階に焦点を当てて、ペーパーレス化が印紙税の課税環境に与える影響等を検討した。
ペーパーレス化によって、紙の文書に代わり電子文書が授受されることになるが、この電子文書は、可視性・可読性を欠くことから印紙税法上の「文書」には該当しない。このため、「証明する目的」と「証明する効力」の観点からは課税物件該当性に何ら問題がないにもかかわらず、現行法では、電子文書に印紙税を課税することができない。このように、現行印紙税法は、電子文書を課税できないため、結果として、伝統的な商取引よりも電子商取引を優遇しており、中立性が確保されていない。

(3) 課税回避事例「紙の文書に代わる電子文書の作成」について
上記(2)のとおり、電子文書を課税できないことによって、電子商取引と伝統的な商取引との間の課税の中立性が阻害されている。また、契約段階だけのペーパーレス化によって、電子文書は、紙の文書との間で課税の公平性を欠いている。
本稿では、この課税の中立性及び公平性の問題を解決するため、電子文書を課税することとし、電子文書を課税対象とした場合に発生すると考えられる次の事項について、その問題点を抽出・検討した。

1 課税の対象
:どのような電子文書を課税対象とするか。
2 課税通数
:原本等と同じ価値のある電子文書はすべて課税すべきか。
3 作成の時
:交付する目的で作成する電子文書の「作成の時」はいつか。
4 納税義務者
:電子文書を課税対象とした場合、現行法の納税義務者の規定が有効に機能するか等。
5 納税方法
:電子文書の納税方法として、どのような方法が望ましいか。
6 税務執行
:電子文書を課税対象とした場合、どのような点が税務執行上障害となるか。

(4) 課税回避事例「国外における文書の作成」について
国外作成文書は、「証明する目的」及び「証明する効力」の面において何ら問題のない文書であるにもかかわらず、文書の作成場所が国外であるという理由で課税対象となっていない。このことによって、国外作成文書は、国内作成文書との間で課税の公平性を欠いている。
本稿では、この課税の公平性の問題を解決するため、国外作成文書を課税することとし、国外作成文書を課税対象とした場合に発生すると考えられる次の事項について、その問題点を抽出・検討した。

1 課税基準
:国外作成文書を課税する場合、現行の作成場所に代わる望ましい基準にはどのようなものがあるか。
2 納税義務者
:代理人が国外で作成した文書を課税対象とした場合、現行法の納税義務者の規定は有効に機能するか。
3 税務執行
:国外作成文書を課税対象とした場合、どのような点が税務執行上障害となるか。

3 結論(課税回避事例への対応策等―私見―)

 以上の検討結果を踏まえ、本稿のまとめとして、研究の素材とした二つの課税回避事例に対応する課税の仕組み等、今後における印紙税の課税の在り方について私見を述べる。

(1) 課税回避事例に対応した課税等の仕組み

ア 課税対象等

1 「証明する目的」及び「証明する効力」を有する電子文書を課税するという観点から、署名・押印された紙の文書と同等以上の証拠価値を有する電子文書を課税対象とする。この場合、証拠価値を実質的に判断するためには個々の文書の電子署名について安全性の評価が必要となることから、証拠価値の判断は、「成立の真正について推定効を受けられるかどうか」という形式的な基準で行う。
なお、電子公証制度の適用を受ける文書は、紙の文書とのバランスを考慮して、指定公証人が保存する原本のみを課税対象とする。

2 電子文書は、作成名義人及び作成代理人ごとに人格単位で1通のみ課税する。
電子文書は「原本等と同じもの」が多数存在する可能性がある。しかし、「原本等と同じもの」のすべてを課税対象とした場合、納税義務者は納税義務の成立等の時期や納税額の発生をコントロールできなくなる等、印紙税の課税システムはその課税に対応できない。このため、電子文書の課税に当たっては、文書課税の原則を放棄し、人格単位で1通のみ課税することとする。

3 国外作成文書を課税するためには、現行の「属地主義による文書の作成場所を基準とした課税」を放棄しなければならない。印紙税の課税根拠の一つが文書作成の基となっている経済取引等の担税力にあることから、文書の作成場所に代えて取引等の行われた場所に着目し、国内で行われた取引等に係る文書を課税対象とする。
原則として、消費税法上の国内取引に係る文書を課税対象とするが、輸入取引についての文書も課税するため、国内と国外にわたる資産の譲渡等に係る文書については、取引当事者(文書の作成名義人又は作成代理人)の一方が居住者又は内国法人であれば課税する。

イ 作成の時
 「電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律」により電子承諾通知は到達主義によって判断されること等から、相手方に交付する目的で作成する電子文書の「作成の時」は到達主義で判断する。

ウ 納税義務者
 原則として、文書の作成名義人を納税義務者とする。
ただし、文書の作成を外国法人等に委託する動きもあることから、課税権の的確な行使を確保するため、代理人が作成する文書については、代理人と作成名義人の双方を納税義務者(連帯納税義務者)とする。

エ 納税方法
電子文書の納税方法としては、申告納税の方法も考えられる。しかし、電子文書を課税するために膨大な納税者を管理することは現実的でないため、電子文書の納税方法は、電子印紙のような電子的な納税方法とする必要がある。
したがって、申告納税の方法で対応可能な特定分野の文書(例えば、電子化された場合の社債券や株券)以外は、電子的な納税方法が開発されるまで不課税のままでやむを得ない。

オ 適正な執行の確保

1 電子文書が有している「紙に比べてかさばらない、改ざんが容易」等の特性が、電子文書についての調査取締りを紙の文書に比べて困難にする可能性がある。また、電子文書や国外作成文書を課税対象にすると、文書が国外で保存されたり、納税義務者が国外に居住していたりということが増加すると思われ、このことも調査取締りを困難にする可能性がある。
このため、課税庁は、電子商取引等についての課税権整備の中で、印紙税についても、国内外の文書にアクセスしたり、国外で保存されている文書を調査したりする権限をもつ必要がある。

2 電子文書について的確な調査取締りを行うため、アウトプット資料等を保存する場合であっても、電子文書自体の保存を義務付ける必要がある。

(2) 対応策の緊急度
 国外で文書を作成することによる課税回避は、現行法の課税物件である紙の文書でも発生していると推測されることから、国内作成文書と国外作成文書との間の課税の公平を確保するため、早急に対応策を講ずるべきである。

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。

論叢本文(PDF)・・・・・・1.3MB