三重野 敬三

研究科第38期
研究員


要約

1 研究の目的

 徴収職員が債権を差し押さえた場合、徴収職員に被差押債権の取立権が付与されるが、一方で徴収職員は取立ての責任を負い、漫然と放置していたがために時効により取立てができなくなった場合には、国家賠償責任を負うことになる。このため、被差押債権の時効管理は適切に行われる必要がある。
ところで、時効中断の方法には、債権者が債務者に対して差押え等によりその債権を行使する方法と債務者からその債権について債務の承認を得る方法との2種類がある。国が滞納者の債権を差し押さえた場合、それだけでは被差押債権の時効は中断しない。また、第三債務者が滞納者に対して債務を承認したとしても、第三債務者と滞納者との間においては被差押債権の時効は中断するが、その効力は国には及ばない。
このため、徴収の実務では時効完成のおそれがある時には、時効中断のために取立訴訟を提起することとしている。しかし、訴の提起は事前の準備や資料収集に多くの事務量を要することから、被差押債権が増えつつある現状においては、取立訴訟提起による時効中断の方法にも限りがあると予想される。また、被差押債権の中には1年という短期の消滅時効にかかるものもあり、この場合には早急な取立訴訟の提起が必要とされる。
そこで、第三債務者が差押債権者に対して債務を承認したときには、差押債権者と第三債務者との間において被差押債権の時効が中断すると解することができないか、について解釈論的考察を試みることとした。

2 研究の概要

(1) 研究の方法と要点
直接争われた裁判例がなく、このことについて言及した論文等も見当たらないため、研究の方法としては、時効中断に関する学説から被差押債権の時効が中断すると説明できるかを考察した。そして、その要点は次のとおりである。

1 時効中断に関する学説には権利行使説と権利確定説とがある。そこで、それぞれの学説から、差押債権者に対する債務の承認が被差押債権の時効を中断すると説明できるか否か。

2 1で説明できるとした場合、差押債権者、差押債務者及び第三債務者に思わぬ利益や不利益を与えることにならないか。

3 差押債権者が債務の承認を受領する権能について、どのように説明できるか。

(2) 時効中断に関する学説を基にした考察

イ 権利行使説からの説明
権利行使説においては、債務の承認は債権者の信頼保護のため債務者の時効援用権が信義則により制限されるものと考える。この場合、債権者に対して債務の承認を表示することは、弁済されるであろうという信頼を債権者に引き起こすことになる。そして、その信頼のために債権者が権利行使による時効中断行為を控えている間に、時効を完成させ債務者に時効の援用を許すのは不当であるとする。そこで、その信頼を保護するために信義則により債務者の時効援用権は制限されるとする。そうすると、差押債権者に対する債務の承認については次のように説明される。
まず、差押債権者は時効を中断することのできる者であり、第三債務者は差押債権者に対して時効を援用できる者であることからすれば、第三債務者の差押債権者に対する債務の承認は、差押債権者に弁済についての信頼を引き起こすことになる。そして、この信頼は債務の承認を表示した第三債務者から保護されるべきであり、その結果、第三債務者の時効援用権は制限されるべきである。そこでは、差押債権者が信頼した結果、止まった行為は取立権行使を通じた被差押債権の行使であるから、被差押債権の時効は中断すると説明することができる。

ロ 権利確定説からの説明
権利確定説においては、時効は非弁済者の債務を免れさせる制度ではなく、弁済した者の免責を確保するための制度であると考える。そこでは、非弁済者の債務を免れさせる機能をもつ今日の時効制度自体は不道徳なものであるから、時効を広く認めるのは適当でなく、これをできるだけ制限するような解釈をとるべきであるとする。
そして、このような趣旨を実現するための時効の法的構成としては、推定という構成が最も適合するものであり、債務の承認については、債務の存在を自ら認めるという債務不存在の推定を破る行動をした者は時効により保護されるべき者にはあたらないとする。そうすると、差押債権者に対する債務の承認については次のように説明される。
第三債務者の表示した債務の承認は、それ自体で時効中断事由とされている。さらに、その債務の承認が差押債権者に表示されていることから、後日、非弁済者である第三債務者が、翻って時効を援用したとしても、差押債権者は取立訴訟においてその表示を立証することができ、債務不存在の推定を破ることができる。そこでは、被差押債権の存在が確認され、被差押債権の時効は中断したと説明することができる。

(3) 差押債権者、差押債務者及び第三債務者の利益、不利益
差押債権者に対する債務の承認により時効が中断するとすれば、差押債権者の利益はいうまでもない。差押債務者は、本来自ら時効中断行為を行える者であるから、被差押債権の時効中断を認めたとしても思わぬ利益とはならない。第三債務者にとっても、本来、債務の本旨に従って弁済すべき義務を負っているのであるから、時効の中断を認めても不利益は生じない。

(4) 差押債権者の債務の承認の受領権能

イ 差押債権者の請求に対する第三債務者の応答とその受領権能
差押債権者が第三債務者に対して支払を請求した場合には、第三債務者の応答として、弁済、支払猶予の申出、さらに差押債務者に対して主張することのできる実体法上の抗弁で差押えの効力に抵触しないもの(例えば被差押債権を受働債権、差押え前に差押債務者に対して取得した債権を自働債権とする相殺の意思表示)が考えられる。また、一部弁済及び支払猶予の申出等には債務の承認の効果も認められる。
そこで、一部弁済、支払猶予の申出、相殺の意思表示及びこれらに認められる債務の承認と差押債権者の受領権能について考えると次のようにいえる。
弁済は取立権により受領されるが、一部弁済等に認められる債務の承認は取立てのために必要不可欠な行為であるとはいえず、取立権によって受領できるとはいえない。支払猶予の申出については、差押債権者は被差押債権の支払期限を変更する権限をもたないことから、その申出を受領することはできない。相殺の意思表示は、差押債権者に相殺の意思表示の受領権能があるとするのが最高裁判決であるが、その受領は取立てではない。
そうすると、相殺の意思表示の受領権能は何か。そして、その受領権能で債務の承認を受領できるかを考える必要がある。

ロ 相殺の意思表示の受領権能(受領代理権)と債務の承認

(イ) 権利行使説からの説明
権利行使説においては、債務の承認は債権者の信頼保護のため債務者の時効援用権が信義則により制限されるものと考える。この場合、債権者に対して債務の承認を表示することは、弁済されるであろうという信頼を債権者に引き起こすことになる。そして、その信頼のために債権者が権利行使による時効中断行為を控えている間に、時効を完成させ債務者に時効の援用を許すのは不当であるとする。そこで、その信頼を保護するために信義則により債務者の時効援用権は制限されるとする。そうすると、差押債権者に対する債務の承認については次のように説明される。
まず、差押債権者は時効を中断することのできる者であり、第三債務者は差押債権者に対して時効を援用できる者であることからすれば、第三債務者の差押債権者に対する債務の承認は、差押債権者に弁済についての信頼を引き起こすことになる。そして、この信頼は債務の承認を表示した第三債務者から保護されるべきであり、その結果、第三債務者の時効援用権は制限されるべきである。そこでは、差押債権者が信頼した結果、止まった行為は取立権行使を通じた被差押債権の行使であるから、被差押債権の時効は中断すると説明することができる。

(ロ) 受領代理権と債務の承認
準法律行為である債務の承認については、性質の許す限り法律行為に関する規定を準用すべきであるとし、民法99条2項の規定(法律行為である意思表示の受領)を債務の承認に準用すべきとするのが大審院判決である。
また相殺の意思表示と同様に、債務の承認も、一般に差押債権者の催告に誘発され、差押債権者に表示されると考えることができる。したがって、差押債権者に対する債務の承認は、差押債権者の受領代理権で受領されると考えられる。

3 結論

 差押債権者に対する第三債務者の債務の承認に、被差押債権の時効中断の効果を認めるべきか否かについては、時効中断に関する学説である権利行使説及び権利確定説のいずれからも時効中断の効果を認めるべきと説明することができ、さらに第三債務者の債務の承認を受領する差押債権者の権能は受領代理権であると説明することができる。
 したがって、第三債務者が差押債権者に対して被差押債権の債務の承認を表示したときには、被差押債権の時効が中断するとの解釈が可能である。

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