はま田 明子

税務大学校
研究部教育官


要約

1 基本三法による独立企業間価格算定の問題

 わが国の移転価格税制である租税特別措置法第66条の4は、独立企業間価格の算定において、基本三法が優先適用されると定める。独立価格比準法においては、同種の棚卸資産が同様の状況で売買されていることが求められる。また、再販売価格基準法または原価基準法においては、同種又は類似の棚卸資産を販売または購入していることが求められ、売手の果たす機能に差異のある場合には、売上総利益率について必要な調整を加えた割合から通常の利潤の額を算定する。これは、基本三法による独立企業間価格の算定方法において、取引の対象たる棚卸資産と売手の機能という要素が重視されていることを意味する。
1933年の国際連盟の報告書においては、arm's length standardによる所得の算出にあたり、機能(service)対価要件と非関連者間販売要件が重視されている。非関連者間で機能を基準とした対価要件により所得を配分することの問題点は、この基準により算出されるリターンの総体が、多国籍企業などの統合グループにおける合計リターンより小さい場合に生じる。これが価格の連続性の問題である。多国籍企業などにおいて連続する取引価格の総体について、比較対象取引が存在しない場合、その総体が個別の機能のリターンの合計を超える収益部分が存在するのである。
検証対象者の機能を重視して抽出された比較対象取引をもとに算出される独立企業間価格は、検証対象者の機能に関する市場におけるリターンにもとづく利益が、検証対象者の利益として、全体の利益から切り取られる結果を生じるのである。このような利益の切り取りは、その超過部分を非検証対象者について配分し、検証対象者には機能に限定したリターンのみを帰属させる効果を有する。
現在の基本三法は比較対象取引の選択の基準として、棚卸資産と機能が重視される結果、特に機能による所得配分が行われる結果となっている。そのため、機能の小さい当事者を検証対象として、最小の利益を付すことによる利益配分が行われることがある。
このような課税例として、米国の裁判例をいくつかとりあげ、棚卸資産と機能の重視が行われる背景を、比較対象取引が納税者の行う内部取引から完全な外部取引へと移行した結果であると分析する。
基本三法を適用するにあたり、納税者の取引と関係のない非関連者間取引を基準とする場合には、比較可能性の相対性という問題が生じ、比較可能性についての基準が必要と考えられる。
税務当局は、同種の事業を営む者に対して、比較対象取引に関する情報収集のための質問検査権が認められているが、納税者の側はそのような情報にアクセスすることができない。外部取引を基準とする場合、取引との比較可能性の判定において検討されるべき要素の相対性が検討されるべきである。それは、特に、納税者の予測可能性と法的安定性の確保のために要請されることである。
また、移転価格課税において、完全な外部取引を基に市場におけるリターンを基礎とした独立企業間価格の算定は、機能による市場リターンによる所得の切り取りである。このような計算効果を踏まえて、独立企業間価格の算定手法の選択を検討する必要がある。
現在、わが国の独立企業間価格の算定方法としては、基本三法とその他の方法が定められている。非関連者間の取引を基準とする独立企業間価格の算定方法である基本三法が、後者の「その他の方法」である所得の発生に寄与した要因による所得の配分方法に優先して使用される。独立企業間価格の算定方法の選択は、重要な意味を有するが、後者の方法を用いることができるのは、前者の方法を「用いることができない場合」とされている。後者の方法を用いることの意味が検討されなければならない。

2 米国の移転価格課税におけるarm's length standard

 米国の移転価格税制の導入は20世紀初めに遡る。当初、価格操作による所得の移転は、租税回避の手段の一つとして考えられていた。そのため、取引の経済的な合理性が所得の配分の判断規準となっていた。そして、取引の合理性を欠くとして、移転所得をすべて否認する課税が行われていた。
その後、外国の事業体の事業実体が認められるようになると、納税者の内部取引を比較対象取引とした課税が行われるようになった。arm's length standardが所得算定の基準として財務省規則に登場した。
一方、多くの多国籍企業は取引を内部化する。多国籍企業が、所有する無形資産等から生じる収益を完全に確保すると、移転価格課税において基準となる内部取引、すなわち納税者自身と特殊の関係にない第三者(非関連者)との比較可能な取引が存在しなくなる。その結果、移転価格税制におけるarm's length standardに合致する取引は非関連かつ独立の取引であるとされ、純粋に第三者間において成立する外部取引が比較対象取引として機能するようになった。
納税者が非関連者と行う内部取引との比較に基づき行われる移転価格課税は、納税者自身が行う取引が比較対象取引であるため、取引の条件や取引の市場などの状況が多くの点で共通する。しかしながら、納税者の取引と関連のない外部の非関連者間取引を基準として、独立企業間価格が算定される場合には、多くの差異が存在する。
現実の取引価格の設定には多くの条件が加味され、あるいは無視されている。特に外部の取引を基準とする場合には、機能と棚卸資産を同様に考慮しなければならない経済的条件も存在する。取引において多くの差異が存在する場合に、機能と棚卸資産を特に重要な独立企業間価格算出の要素とすることについて、検証が必要と考えるのである。
米国の判例において、arm's length standardはその意味を変えている。当初は、納税者に支配されていない者との取引の条件を意味していたものと考えるが、比較対象取引となりうる内部取引が存在しなくなった時点から、独立した非関連者間の外部取引の条件へと変化した。このような点を認識した上で、独立企業間価格の算定方式が選択されなければならないものと考える。

3 国際取引における経済的価値の移転

 独立企業間価格は法人税法上の課税所得算定のためのツールの一つであり、みなし譲渡課税との関連を有する。みなし譲渡は、法人税法第22条2項の無償譲渡課税と同様の位置にあり、移転価格課税との共通性も指摘されている。無償譲渡における収益を経済的価値の移転により認識するならば(適正所得算出説)、経済的価値の流入というフローを基準とした課税とは異なった観点が必要と考える。移転価格課税が所得の国外への移転に対処する目的を有する限りにおいて、経済的価値の評価の必要性が生じるといえよう。
中里教授は、みなし譲渡課税の検討にあたり、収益の認識方法の相違を指摘される。直接税としての所得課税において、現実に採用されている所得算定方式は、基本的には実現主義であるとしながら、理論的に考えるならば、実現主義の妥当する場合と、時価評価の妥当する場合を分けられる。所得課税の論点からは、当期の利益をもたらす事業活動と将来のキャッシュフローのための投資活動を考えることができ、前者については実現、後者については可能な限り時価評価を採用するべきであると述べられる。
移転価格課税は、取引を通じた企業の所得の国際的な付替えに着目して行われる形となっているが、現実には所得の国際的移転を認識のタイミングとするみなし譲渡課税の側面を有する。その結果、移転価格課税は、企業の事業活動により生じた利益と将来にわたり発生する利益が収益として認識され、その点において時価評価による現在価値への課税が行われる。このことは、移転価格課税において問題となっている将来のキャッシュフローのための投資と、その結果である超過収益に対する課税の問題に直結する。
移転価格課税の一局面は、取引における価格というフローの形式により、ストックの移転に対する課税を行う試みではないかと考える。法人税法22条2項のように経済的価値の移転により収益の認識が行われるとき、それは、経済学的観点からみたストックに対する課税の性質を付与されたものと考えることができるのではないか。現状の移転価格課税において、フロー課税を貫くならば、機能に応じた所得、通常の事業活動から生じる所得がその規律する範囲となろう。しかし、このような観点からは検討の対象とされない所得が存在し、それが無形資産の介在する取引から生じる所得の問題である。そして、その問題は、実は超過収益を生じさせる投資活動から生じる所得の配分の問題であって、事業活動から生じる所得の配分とは異なるアプローチが必要となってくるものと考えるのである。
将来のキャッシュフローをもたらす資産に対する課税は、投資活動をどのように考えるか、そして、その時価の評価をどのように行うかという観点からの検討が必要とされる。移転価格課税におけるその他の方法の適用は、このような局面において検討されるべき課税方法ではないかと考えるのである。国家間の課税問題は、ストック課税の観点からのアプローチが必要と考える。

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