竹内 茂樹

税務大学校
研究部教育官


要約

1. 研究の目的、問題点等

  1. (1) 物的組織から人的組織へ
     近年、わが国でも株式会社を中心とした物的組織以外の組織形態が注目され、利用されはじめてきている。こういった組織形態が選択される理由には、物的組織に比べ、1設立(組成)の容易さ、2税務取扱上の有利さ、等が考えられる。情報化が進んだ経済においては“取引費用”が極少化し、必ずしも巨大な組織が有利性を持たないこと、更には、経済のソフト化(知的産業の隆盛)により、長期的トレンドとしては、巨大な株式会社組織を中心とする経済構造から、比較的小規模な人的組織を中心としたものへとシフトしていくものと考えられる。
  2. (2) 人的組織(フレキシブルな事業体)の特徴
     こういった、人的組織は、強行規定が多く存在する物的組織と異なり、個々の契約を中心とした組織であることから、その損益の配分方法等においても、自由な取極めを置くことができる。この特質が税務上大きな論点となる。
  3. (3) 損益配分の水平的側面と垂直的側面
     人的組織については、わが国税務上一般に導管体(Conduit (Pass-thru entity))として扱われている。こういった事業体に関する税務上の問題は、1リスク額を越えた過大な損失配分や2損失の前倒し、利益の繰延べ等々に関するものもさることながら、上記(2)の自由な損益配分といった特徴を考えると、3事業体参加者間の損益配分問題についても複雑で大きな問題が潜んでいる。筆者は、個々の納税者各々にその適・不適を論ずる12のような問題と、その前提となる一定のパイを各参加者間でどのように分け合うのかという3の問題を区別し、前者を「垂直的配分」、後者を「水平的配分」と呼ぶこととした。その上で、重要な問題でありながら、これまであまり取り上げられてきていない、3事業体参加者間の損益配分問題に焦点を当て検討を行なった。

2. 研究の過程等

  1. (1) 極端な水平的損益配分
     税務上問題となり得る水平的損益配分については、1赤字所得・黒字所得を考慮したもの、2損金控除枠を考慮したもの、3条約を考慮したもの等、様々な形態が考えられ、更にこれらを複雑に組み立てた損益配分契約(租税回避スキーム)もわが国において存在しているものと考えられる。
     事業体参加者間の損益配分が税務上適正に行われ、その上で各参加者に配分がなされるのであれば、問題は垂直的損益配分のみとなるが、その垂直的配分の前提となる水平的配分自体が税軽減を目的として歪められていた場合、これらの防止のみで全体的な税務上の問題は解決できない。
     一方、わが国においては、こういった水平的損益配分問題に対処する具体的明文規定が存在しないため、早急に体制を整える必要がある。その場合、米国パートナーシップ税制は大いに参考となる。
  2. (2) 米国内国歳入法704条(b)
     米国のパートナーシップにおいても自由に行われる損益配分に対してどのように税務上取り扱うのかという、わが国と同種の問題が生じる。米国ではこういった問題に対し、内国歳入法のSubchapter-K(Partners and Part-nerships:§701-§777) 704条に”パートナーへの分配可能割合”( partner’s distributive share)という条項を設け、パートナー間の”水平的損益配分”を中心として税務上の取扱いが示されている。
    1. 1 基本原則‐財務省規則1.704-1(b)(1)(@)
       704(b)に関しては膨大な財務省規則が用意されており、基本原則において、パートナーシップにおける損益の配分合意と税務上の取扱いとの関係が示されている。配分合意があった場合でも、2の「実質的経済効果」を有さない場合には、その配分は否定されることとなる。
    2. 2 実質的経済効果規定‐財務省規則1.704-1(b)(2)
       以下の「経済効果」及び「実質性」双方の要件を充たす必要がある。
      1. ● 経済効果‐財務省規則1.704-1(b)(2)(A)
         パートナーシップの精算にあたっては、その資本勘定に従って精算されることが規定され、例えば赤字のパートナーはその赤字を補填すべく追加の資金拠出を行うことになる。即ち、Pass-thruの扱いにおいては、損益配分(allocation)と実際の金銭等の分配(distribution)との間に時間的ずれが生ずることを考慮し、最終的に各パートナー段階において実現されるもののみについて税務上損益が認識されるということを担保する規定である。
      2. ● 実質性‐財務省規則1.704-1(b)(2)(B)
         当該基準は租税回避の意図が存在する場合に現象として共通に現れる要素を抽出したもので、様々なケースへの対応が可能となる。本規定では、「実質性」が充たされないケースが3種類用意されている。
        1. (A) 一般原則
           特別な配分合意がなかった配分の場合と比較して、現在価値ベースで、少なくとも一つのパートナーの課税後の経済的利益が増加し、かつ、他のパートナーの課税後経済的利益は減じられない大きな可能性がある場合
        2. (B) 税効果のシフト
           特別な配分合意がなかった配分の場合と比較して、各パートナーの資本勘定に記録される純増減額が実質的に異ならず、かつ、パートナーのトータル税額が減少する可能性が強い場合(課税年度終了時に、結果的に、同様の結果となった場合にも、遡って合意時点において、そういった強い可能性が存在したと推定される。)
        3. (C) 一時的な配分
           (B)と同様の内容であるが、複数年度トータルで考えるという内容。
    3. 3 実質的経済効果がなかった場合の再配分基準‐財務省規則1.704-1(b)(3)
       実質的経済効果がない場合には、その配分は「パートナーのパートナーシップ持分」(Partner’s interest in partnership)に従って再配分がなされることになる。財務省規則においては、「パートナーのパートナーシップ持分」を算定するにあたり考慮すべき複数の要因をあげているが、その内容はパートナーシップに対する各パートナーの相対的貢献度を表すものといえる。また一方で、その計算はパートナーの経済的合意に関する「全ての事実と状況」を考慮して行わなければならないともしており、様々なケースに対応できる柔軟な基準となっている。
    4. 4 他条との関係‐財務省規則1.704-1(b)(2)
      仮に上記2の「実質的経済効果」の要件を充たし、当事者間の損益配分合意が尊重される状況にあっても、1パートナーが経済的利得に対し必要とされる動機に欠けている場合には、損失の控除を行えないこと、2「At-risk Rules」や「損失控除制限規定」に該当する場合には、別途控除制限が行なわれること、3合意に基づく配分の後に、更に、「移転価格税制」、「家族パートナーシップ」、「パートナー及びパートナーシップの課税年度」、「未実現売掛債権及び棚卸資産」等の規定により再配分がなされる可能性もあること、等が明定されている。
  3. (3) 米国制度の特徴
     (2)から、米国制度の特徴を、1幅広く具体的な対処、2租税目的の配分か否かを当事者全てトータルで判断、3租税目的か否かを数量的な客観的基準で判断、4現在価値概念の使用、5租税目的か否かを配分の結果から判断、6再配分基準の柔軟性、7移転価格税制の重複適用、と特質づけることができる。

3. 結論

  1. (1) わが国としての対応の検討
    1. 1 ルールの対外的な明示
      租税回避的な損益配分については厳正な対処を行っていくべきであることはいうまでもないが、その判断基準として何らかの明確な基準を明かにすべきと考える。これは、予測可能性という点で納税者にとって有益であるばかりでなく、当局にとっても、わが国が国際的タックス・プランニングのターゲットとなることを未然に防止することとなる。存在する全ての租税回避行為を税務調査によって明らかにすることが物理的に不可能である以上、一定のルールを明示することにより、租税回避行為のリスクを増大させ、このような行為を行いにくくさせるのが効果的・効率的と考える。
    2. 2 「租税回避」判定基準の明示
      わが国も米国制度を参考に、租税回避的な行為か否かについての判断基準を明示すべきと考える。更に、わが国においても金融商品に対する規制が緩和され、金融工学の浸透によりキャッシュ・フローを考慮した節税が前提となってきていることを考慮すれば、当該基準では、米国同様、現在価値概念を導入することは是非とも必要と考える。更に、その実行性を上げるため、米国税制のように、結果から判断するというある程度の割り切りも許されてしかるべきではなかろうか。
    3. 3 移転価格税制適用の明示
      自由な損益配分が可能な事業体は今後も増加し、その事業参加者が多国間にまたがることも大いに考えられる。この場合にまず懸念すべきは、国際的な損益配分を通じた所得移転である。これに対しては、組合やパートナーシップ等フレキシブルな事業体の損益配分に対し、最終的には移転価格税制が適用になることを明示することが効果的と考えられる。
  2. (2) 具体的私案
     わが国では、国内外のフレキシブルな事業体にまつわる課税方法について、通達で一部その取扱いが示されているものの、基本となる法令が存在していない。その基本となる法令の整備を行なうことが急務であることに疑いの余地はないが、その際には、租税回避の温床となりかねない「水平的損益配分」について、上記の検討内容を踏まえたルールを明示することが必要である。

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