酒井 克彦

研究科第38期
研究員


要約

1 研究の目的

 所得税法は、所得をその源泉や性質に応じて10種類に分類し、各種所得の担税力の相違等に着目して計算方法を定めており、各種所得金額の計算上生じた損失の金額(以下「所得の赤字」という。)についても所得の種類ごとにその取扱いを異にしている。また、資産に係る損失(以下「資産損失」という。)については、その資産が各種所得のいずれに関連するかによって課税上の取扱いが異なっている。したがって、いわゆる金融商品について生ずる資産損失についても、その果実が各種所得のいずれに分類されるかにより、当該各種所得に関連する資産に応じた損失の取扱いが適用されることになる。
金融商品から生ずる所得の課税に関しては、従来、例えば、所得税法上雑所得等に該当する「金融類似商品」から生ずる所得や、一時所得に該当する懸賞金付預貯金等の懸賞金等については、利子所得と対比した場合の中立性の観点から問題が認識され、10種類の所得区分の枠組みを維持しつつ利子所得と同一の税率による源泉分離課税制度を創設するといった対症療法的な措置が採られてきた(措法41の9、41の10)。
しかしながら、例えば、株式会社の倒産による株式の無価値化といった金融商品に係る損失については、他の資産損失と同様、一定の場合には雑所得の基因となる資産として雑所得の金額の計算上必要経費の算入を認めるべきか、雑損控除の適用を認めるべきかといった問題が存在していた。
そして、このような問題は、日本版ビッグバンを契機に多様な金融商品が開発されたことに伴い増幅してきたところであり、加えて、類似する金融商品の課税上の取扱いが区々であって分かり辛いといった簡素性の見地からの問題点も指摘されるようになってきた。更に、例えばマイカル債やエンロン債を組み込んだMMFの元本割れ、ペイオフの完全実施に伴う預貯金の元本割れなど従来想定されていなかった事態も生じてきている。
本研究は、所得税法が直面している金融商品の損失等を巡る問題に焦点を当て、現行法の問題点を整理し、その下での解釈論的解決の限界を明らかにするとともに、立法論的解決策を模索するものである。

2 研究の概要

(1) 問題点の整理
 金融商品から生ずる所得(所得の赤字を含む。)については、資産損失等の必要経費算入や損益通算、雑損控除の問題として、次のような点を指摘し得る。

イ 資産損失等の必要経費算入に係る問題
 利子所得、配当所得、一時所得等の所得に関連する資産に係る損失及び「生活に通常必要でない資産」に係る損失については、必要経費に算入できないこととされている(所法51)。したがって、雑所得を生ずる金融商品については、所得税法51条4項の規定の適用があると解釈し得たとしても、例えば、一時所得の基因となる変額保険の損失や生命保険会社の破たんによる損失については、一時所得の金額の計算上控除することができないことになる。
また、利子所得の関連では、利子所得は所得金額の計算上必要経費の控除が認められていないことなどから(所法232、514)、MMFの元本割れやペイオフ完全実施後の金融機関の破たんに伴う預貯金の元本割れなどについては、所得金額の計算上控除することができないことになっている。同様に、1信託財産を公社債等で運用している場合の信託銀行に支払う信託報酬等、2両建てによる拘束性預金の支払利息、3特定施設利用のために購入した特定の債券に係る支払利息、4利ヨを稼ぐための資金借入利息を控除することができないといった問題が指摘されるところである。

ロ 損益通算に係る問題
 不動産所得、事業所得、山林所得又は譲渡所得以外の所得の赤字及び「生活に通常必要でない資産」に係る所得の赤字については、損益通算ができないこととされている(所法692)。したがって、抵当不動産の価格暴落に加えて抵当証券会社が破たんし抵当証券に損失が発生した場合であっても、抵当証券の利息は雑所得とされるため、その損失によって生じる雑所得の赤字は他の所得との損益通算ができないという問題がある。

ハ 雑損控除に係る問題
 雑損控除は、事業用資産又は「生活に通常必要でない資産」以外の資産に係る災害等の損失につき適用される(所法721)。したがって、事業と称するに至らない業務の用に供される資産は、雑損控除の対象資産に該当する一方で、不動産所得、雑所得のみ資産損失の必要経費算入の対象資産にも該当する(所法514)。具体的には、このような資産について災害等により損失が生じた場合、時価ベースによる損失の額が雑損控除の対象とされ、被災直前の時価が簿価を下回っていれば資産損失の必要経費算入が適用されることになるが、実務上は、雑損控除を適用しないで資産損失の額を必要経費に算入している場合はこれを認めることとしている(所基通72−1)。
このような両制度間の対象資産範囲の重畳性は、損失の取扱いの複雑性を助長しているし、理論的に説明のつけ辛い面があると考える。

(2) 解釈論の限界
上記のような問題については、解釈論によって解決を図り得るのではないかとの見解もあり得る。
例えば、ペイオフ完全実施後の金融機関の破たん等により預貯金の元本割れが生じた場合、預貯金等の払戻請求権は、金銭債権に該当することから、その譲渡に係る所得が雑所得に該当すると考えると、預貯金は「雑所得の基因となる資産」に該当する(所基通51−17参照)。したがって、その元本割れに係る損失は雑所得の金額の計算上必要経費に算入し得るという解釈もあり得ないわけではない。
また、破たんしたゴルフ場の預託金返還請求権の行使により受けた償還金額が当該預託金の額面額を下回った場合の損失については、各種所得の金額の計算上必要経費に算入される余地はないとする見解が示されているが、償還金額がゴルフ会員権の取得価額を上回る場合には雑所得が生じるものと解されることからすれば、その損失が「雑所得の基因となる資産」について生じた資産損失に当たると解する余地がないわけではないとも考えられる。
しかし、このような解釈が採られることである程度問題の解決が図られるとしても、それは、上記(1)で指摘したような広範囲な問題のごく一部の解決に過ぎない。また、これらの解釈は、他の金融商品に係る損失の取扱いとの平仄を欠き、類似した金融商品との課税上の取扱いの差異や取扱いの複雑性といった問題を若起することとなり、採用し得ない。

3 結論

 資産損失に係る問題の多くは、所得税法が、関連する各種所得に応じて損失の取扱いを区々にしていることにあるのではないかと考えられる。したがって、所得の分類を整理することで多くの問題が解決できるのではないかと考えられるところである。

(1) 立法論的解決の方策
そこで、立法論的解決として、次のような方策も検討に値するのではないかと考える。
まず、所得区分については、従来の利子所得や配当所得といった区分を廃止し、金融商品の利子、収益の分配金、株式の配当、剰余金の分配のほか、譲渡所得や雑所得とされてきた金融商品に係るキャピタルゲインや雑所得等に該当する「金融類似商品」からの所得を統一的に括り、「金融所得」といった所得区分を創設する。その際、平成15年から上場株式等の譲渡等について採用された特定口座(措法37の11の33一)を拡張する形の「金融所得」の源泉徴収制度を創設し、複数の特定口座の合算や損益通算、配当控除、外国税額控除、その他源泉徴収から漏れた所得の精算は、申告分離課税によることとする。
次に、資産損失制度については、所得獲得の段階における所得計算と個別的事情に基づく担税力の減殺要因を配慮する所得控除の役割の違いを十分に意識して再構築し、資産のキャピタルロスのうち、所得獲得のための投下資本(資産)に関する損失は、災害等による損失をも含めて「金融所得」を含む各種所得の金額の計算上の必要経費として控除することとする。なお、資産損失のうち各種所得に関連しない損失については、原則として課税上の考慮の埒外とする一方、応能負担の原則を考慮し災害等により生じたものについては、限定的に雑損控除の対象とすることとする。

(2) 今後検討すべき課題
上記(1)のような方策の検討を進めるに当たっては、金融商品の範囲を明確に規定することが必要である。この点については、証券取引法上の有価証券概念を中心に検討を加えたが、金融商品の射程は極力新種の金融商品開発にも耐え得るものとすべきである。このことは源泉徴収制度の実効性を確保する上でも重要である。また、ハイリスクの金融商品に係る損失とローリスクの金融商品に係る損失とを同一の取扱いとすることが妥当であるかという観点からの検討を加える必要もあろう。
なお、資産損失制度の再構築に当たっては、租税回避防止の観点からの十分な検討が要請され、加えて、損益通算制度を利用した不正還付を防止する観点から、納税者番号制度の導入や情報申告制度の整備について積極的に検討すべきである。
更に、資産損失の必要経費算入対象資産と雑損控除の適用対象資産の明確化等を通して、それぞれの制度の適用対象資産の峻別を厳格に行うべきであり、重畳的適用の廃止及び雑損失の繰越控除を所得計算において行う制度の廃止とともに、雑損控除内における繰越控除制度の創設についても検討されるべきであろう。

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