石川 欽也

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 高度情報化社会等の進展の中で、プライバシーの権利を巡る議論が活発になっている。このことは、税務行政おいても無縁ではなく、米国では、1966年に情報自由法が、1974年にはプライバシー法等が制定される中で、1976年税制改革法により、税務情報(申告書及び申告情報)の保護に係る法制が改正されたところであるが、これまでその歴史的改正経緯等に関する詳細な調査・研究はなされてこなかった。しかしながら、今日、我が国が直面している状況は、いわゆる情報公開法の施行、個人情報保護法の成立・施行、納税者番号制度の検討等において、約30年前の米国の状況に類似している面もあること等から、本研究においては、このような問題意識に立脚し、最先進国である米国の税務情報保護規定の創設経緯、内容等を吟味することを通じ我が国の税務情報保護のあり方を考える上での一助とすることを目的とする。

2 研究の内容

(1) 金子宏東京大学名誉教授は、高度情報化社会において、現行の守秘義務を通じた間接的な情報保護態勢は必ずしも十分でなく、また、こうした手法はいかにも古いと指摘している。同名誉教授の指摘は、直接的に税務情報の保護規定を創設する必要性を主張したものであり、米国の立法例を念頭においたものと推察される。

(2) ところで、米国財務省報告によれば、米国における税務情報保護の歴史は、1862年、南北戦争の最中で創設された所得税法に遡ることができるとされる。当時、税務情報は、公の検査に服する(open to public inspec-tion)こととされ、納税者に対する近隣者による監視を促進するため新聞報道等がなされ、この方針は、「1870年歳入法」により確認された。他方、「1909年Payne-Aldrich関税法」は第38条(6)項において、法人申告書を公開とする一方で、同条(7)項においては、政府職員がその職務の遂行において得られたいかなる情報の開示に対しても罰則を課していた。こうした立法上の矛盾を排除する観点から、「1910年公用徴収法」は、「いかなる申告書も、財務長官により規定され大統領により承認された規則又は大統領令に基づく場合に限り公の検査に服する」こととした。1909年法と1910年法の矛盾は「1913年関税法」において解消され、その基本理念は1976年税制改革法まで受け継がれることになったが、申告書の公開性を巡ってはその後も議論が残り続けたのである。

(3) 1976年税制改革法により税務情報は原則として非公開とされたわけであるが、その直接的に引き金となったのはウォーターゲート事件の発覚にあったとされる。この事実を否定するものではないが、1970年代においては、国民データ・バンク構想や1974年プライバシー法第5条は、「議会は、連邦機関等への税務情報の開示において課されるべき適切な制約に関し、大統領と議会に対し報告するための「プライバシー保護検討委員会」を新たに設置すること」を求めていたことにも歴史的背景として留意が必要と考えられる。また、米国では、1962年、ケネディ政権下、導入されたとされる納税者番号制度についても、社会保障番号に転用・確立されたのは1976年税制改革法によるものとされており、一連の動きの中で捉える必要があると考える。

(4) この点、米国財務省報告によれば、内国歳入法典第6103条の背景にある政策的関心は、1議会は、内国歳入庁がこの国において他のいかなる機関よりも情報を有しているのにもかかわらず、多くの場合、税務情報にアクセスしてきた機関が真にアクセスすべきであったのか否かについて特段疑問視してこなかったこと、2税務以外の目的のために他の連邦機関や州政府に対する税務情報の実際あるいは潜在的な開示が、そのような情報に関し米国国民にあるプライバシーの合理的期待への背信、換言すれば、プライバシーの潜在的な濫用に対する国民の反応は、連邦納税制度の主要な支えとなっている米国の成功裡な申告納税制度の有効性を害するか否かという問題を惹起している、ことにあるとされる。

(5) さて、米国においても、合衆国法典第18部第93章第1905条により政府職員に対し守秘義務(罰則は1,000ドル以下の罰金・1年以下の懲役若しくはその併科又は解雇)が課されているが、内国歳入法典第6103条は、税務情報の取扱い自体に直接的に規制を加えている。その基本的構造は以下のように整理される。第一に、(a)項において税務情報は法典において認められている場合を除き原則非公開とする、第二に、(c)項から(o)項において例外的に13にわたる開示を認める詳細な規定を整備している、第三に、(p)項・(q)項において、法律上認められない方法による税務情報の開示又は利用を防止するための技術的・行政的・物理的セーフガード措置及び議会による監視を支援する観点から、いかなる目的のためにいかなる情報が開示されたのかを証明するための記録又は報告するための要件等が定められている、第四に、内国歳入法典第7213条及び同第7431条において違法な開示を行った場合の刑事罰則(5,000ドル以下の罰金若しくは5年以下の懲役又はその併科、その有罪判決に基づく重罪)及び民事賠償責任が制定されている。

(6) 上記のような米国の立法経緯及び内容を検討すると以下のような考察が可能かと思われる。
第一に、米国における歴史経緯を分析すると、財務省と議会の間で税務情報保護の必要性に関する認識が必ずしも一致していなかったことが挙げられる。この点、特に米国財務省は、一貫して税務情報保護の必要性を主張しつづけてきたことに留意が必要かと思われる。
第二に、米国においては、ウォーターゲート事件の発覚という特殊な事情があったにせよ、対ホワイトハウスだけでなく、議会、連邦機関、州政府等種々のケースにおいて開示の目的・範囲・手続・開示先に対する情報管理態勢等詳細な規定を設けている。このことは単に同事件への反省を踏まえたことのみを意味するのではなく、開示におけるいわゆる解釈判断の余地を少なくするという意味において透明かつ明確にした措置と考えることができる。
第三に、保護すべき情報は、個人情報だけなのか法人情報等も含まれるのかという点であるが、米国では、「いかなる申告書・申告情報」と定義されている。法人については、別途、証券取引法上ディスクロージャー規制があることから、個人と同程度の保護の必要性があるか議論が残るが検討すべき論点の一つに挙げられるのではないかと考えられる。
第四に、税務情報の範囲については、あらゆる税務情報を意味するのか、あるいは機密性の高い情報を意味するのかについては、米国においても判断が分かれている状況にある。この点、仮に法人が解散・事業譲渡等をした場合、当該法人にかかる税務情報は保護されるのかという問題等を惹起する。ただ、機密性という場合、その判断基準が定義される必要があろう。
第五に、情報の開示(利用)という側面に着目した場合、開示に当たっての「合理的な基準」とは何かという問題である。筆者は、開示に当たっての「必要性とその目的達成の範囲」において判断されるべきではないかと考えるが、米国の立法例にみられるように、少なくとも情報提供の相手先の情報管理態勢を見極める必要があろう。
第六に、情報の保護手法に関する是非についてである。情報保護のあり方を検討する際、立法論として、直接的に情報自体の保護・開示について規制する手段と間接的に情報を保有する主体であるところの政府職員に守秘義務を課すという2つの手法が考えられる。米国においても、一般的に守秘義務が課されているが、税務情報については直接的にその取扱いを規制している。この点、米国連邦政府の場合、政治任用制度等があり、我が国の公務員制度と異なる側面があることから、直接情報自体に規制を課さざるを得ないという側面があると考えられること、また、米国の立法例は、必然的に税務情報を一元的に管理するための部署の設置を必要とするのでコストを要するという点にも留意が必要かと思われる。

3 結論

本研究をまとめるに当たり、少なくとも以下の諸点を考慮する必要があると考える。
第一に、今井賢一一橋大学名誉教授によれば、情報化社会の特徴は、新たな情報を作り出し、それを伝播させることを経済社会の駆動力とするものであるから、静態的な社会ではありえず、予期せざる創発的な連結によって新たな情報を求め、イノベーションを図って行くものであるから、それは必然的にダイナミズムを特色とするとされる。こうした経済社会的特性を考慮すると、ある日、飛躍的に技術革新が起こった場合、もはや「万全なセキュリティ・システム」という次元で論ぜられないリスクが存在するということを意味する。万全なセキュリティ・システムの構築の必要性を否定するものではないが、その過程においては必然的に費用対効果分析が考慮されることになるが、そもそも税務情報保護の必要性の根源は、人格権という金銭により評価されるものではないから、本来、問題解決の本質をコスト・パフォーマンスの次元における議論に求めるのは必ずしも適当ではないと思われる。
第二に、今般、可決・成立したいわゆる個人情報保護法案に関連し、医療、金融、情報通信分野等においては、個別法の形で重層的な措置を講ずる方針が打ち出されている。高度情報化社会の進展の中で、インターネット等の普及を通じ、我々は多くの恩恵を享受しているわけであるが、こうした自由化の動きの背後には大きなリスクも潜在しており、そのことは同時並行的に政策的に「セーフガード措置」を講ずる必要性を意味している。少なくとも、高度情報化社会においては、もはや個人情報や企業の内部情報等の漏洩は防ぎようがないのではないかという国民の漠然とした不安や誤解を払拭するための措置が採られなければならない。
第三に、米国財務省は、申告納税制度において、秘密保持がコンプライアンスを向上させること、無申告者や滞納者の氏名を公表することはコンプライアンスの向上につながらないことを明確に表明している。確かに、我が国の経済犯罪に対する刑事罰則は低いとも言える。したがって、何らかの制裁が加えられてしかるべしとの見解もあろう。しかしながら、国際的にも我が国の情報管理態勢に注目が集められる中で、税務当局として感情的な議論に流されることがあってはならない。行政の適正かつ円滑な運営を図るためには、行政機関が保有する個人情報等の有効利用が要請される局面も想定されるところであるが、税務情報を開示する場合には、その目的・範囲等について国民に明確なルールが求められるのではないかと考える。
いずれにせよ、いかなる制度にせよ一長一短がある。説明責任(アカウンタビリティ)の必要性が唱えられる昨今、制度設計において、国内だけでなく国際的にも説明可能な配意が必要になろう。今日、「知る権利」と「プライバシーの権利」は、憲法上、基本的人権として保障された言わば車の両輪であると考える。また、歴史は繰り返すという格言もある。その中で、徒に一方に偏った議論の展開がなされないことを願うものである。

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