森 浩明

税務大学校
研究部教育官


要約

1 本稿の概要

 米国では、1998年に内国歳入庁(IRS)改革法が成立し、IRS組織が従来の機能別・地域別組織から納税者別の組織に再編成され、また、納税者の権利を保護する規定が多数設けられた。IRS改革法により、納税者保護の観点から徴収関係法規も多数改正され、米国の租税徴収手続は変革の過程にあるといえる。組織再編成によって、徴収部が納税者別組織の中に吸収され、徴収手続も変更されている米国の租税徴収手続について研究することは、わが国の滞納整理施策を検討するに当たって大いに参考になると考えた。
本研究は、米国におけるIRS改革法下の租税徴収制度について紹介するとともに、わが国における滞納処分手続の参考となる施策等を提言するものである。

2 所得計算と法人所得課税のあり方

(1) IRS改革の特徴及び租税徴収制度の現状
 IRS改革は、IRSの強権的な調査・徴収活動から納税者の権利を保護し、納税者に対し良質なサービスを提供するとともにコンプライアンスの向上を通じて適正な租税徴収を図ることを主眼とした改革であり、その特徴として、具体的には、IRSの組織が四つの納税者別組織へ再編成されたことと、納税者の権利保護規定が多数設けられたことがあげられる。
納税者の権利保護規定としては、差押え等に係るデュー・プロセスの強化と第三者への無断接触の禁止が重要である。IRSは差押えをしようとする時は、差押えの30日前までに納税者に通知しなければならず(差押え前の事前通知)、その通知の中で聴聞を受ける権利があることが明記されている。納税者が聴聞を要求するとIRS不服審査部が審査を行い、IRSと納税者双方の意見を聴取して判断する。納税者は聴聞手続において、1112適切な配偶者の保護、2徴収活動の適正性、3証券の提供、他の財産での代用、分割納付、コンプロマイズなどの他の徴収方法、を申し出ることができる。審査官の決定に不服な場合には裁判所に訴訟提起ができ、不服審査部の審査および訴訟期間中は差押えをすることはできない。このように聴聞手続が整備され、また一定期間差押えが禁止されることは納税者の権利の保護に役立つものといえる。
改革法により、調査・徴収活動を遂行する際に第三者に接触する場合には、原則として納税者に対し事前に通知をしなければならないことになった。しかし、1納税者が認めている場合、2徴収に危険がある場合、および3査察に関連する場合は例外とされている。

(2) 滞納処分手続
 米国での滞納処分を考える上で、重要なものはリーエン制度とサモンズの制度であり、これらは日本にない制定法上の制度である。リーエンとは租税債権を担保するため納税者の財産上に設定される担保権であり、内国歳入法6321条に規定がある。リーエンは滞納者のすべての財産または財産に対する権利(動産・不動産または有形・無形を問わない)の上に課税時点に遡って成立し、リーエンの登録をすると第三者に対しても対抗力が生じる。ただし、内国歳入法6323条(b)は租税リーエンが適正に登録された場合でも優先できない権利や物件取得者を認めて、租税リーエンと他の債権との調整を図っている。
サモンズ(召喚状)は、一般の任意調査に協力しない場合に発せられる。サモンズおよび通常の質問検査権の対象となる者は、調査に関連を有しまたは調査にとって重要であるかもしれない帳簿書類等を保持する者であり(7602条(a)(1))、わが国の質問検査権(徴収法141条)の対象者が滞納者のほかは滞納者に対し債権・債務を有する者等に限定されているのとは対照的である。サモンズの執行は裁判所の判断に委ねられ、サモンズに従わない場合には罰則および裁判所侮辱罪の適用がある。第三者に対してサモンズを発する場合、従来は第三者が金融機関等の第三記録保有者であるときにのみ滞納者への通知が必要とされていたものを、1998年の改正により、すべて通知が必要とされるように改められた。
IRSはリーエンが設定されている財産を民事手続に従って売却して租税債権の回収を図ることもできるが、財産の差押えおよび公売という一連の滞納処分手続によって最終的に徴収するのが米国でも一般的である。差押えに関する特徴は、債権差押え(預金や給料等)が中心であり、不動産の差押えは少なく、特に納税者の主たる住居は原則として差押禁止となっていることである。
米国には納税緩和制度としてコンプロマイズと分割納付の合意がある。コンプロマイズとは納税者とIRSとの合意であり、納税者の課税額あるいは納税額を減額することによって納税者の租税問題の解決を図る制度である(7122条(a))。1998年の改正により、IRS職員がコンプロマイズを審理する際の新しい基準が設けられ、納税者の基礎的生活費の確保等、納税者の保護規定が設けられている。
滞納者以外の第三者から税金を徴収するいわゆる第二次納税義務に関しては、共同申告書を提出している配偶者からの徴収、譲受人の責任等の規定について研究した。

3 結論

(1) 米国の租税徴収手続の特徴

1 組織再編成により調査・徴収部門がコンプライアンス部の中に吸収され、従来のような厳格な区分は存在しない。例えば、コンプロマイズ処理等の特定の事務については賦課・徴収の連携が図られている。調査・徴収担当者が同一の管理者の下にあるため相互の情報交換が密であり、連携しやすい環境にあるといえる。

2 徴収活動におけるデュー・プロセスが徹底しており、事前通知と聴聞制度の整備が図られ、審査中および訴訟中は差押えが禁止される。ただし、徴収できない危険がある場合は例外とされ、その判断にはIRS職員の裁量が存在するため、裁量行為と適正手続との関係が問題となる。1998年の改正により法律顧問官の審理と承認を要求し、裁量に一定の枠がはめられ、IRSの濫用行為の防止を図っている。

3 その他の特徴として、コンプロマイズ制度、主たる住居等差押禁止財産の範囲、サービスセンター制度等をあげることができる。特にサービスセンターは申告書収受や債権管理機能のほかコンプラインアス機能(調査・徴収等)を有し、納税者別四組織との連携および役割分担が明確であり、事務の効率化に役立っている。

(2) コンプライアンス向上のための施策

1 徴収情報申告書等の活用
コンプロマイズの申請には資産・収支状況について詳細に記入した徴収情報申告書等を提出しなければならないが、わが国でもこのような情報収集手段を活用すべきである。

2 徴収手続の整備(納税者の保護と徴収事務の効率性の確保)
納税者の権利に関する事前の告知制度を整備する必要があると考える。

(3) 租税債権確保のための施策

1 債権差押優先の原則
米国では自宅等の不動産の差押えが原則禁止とされ、債権(銀行預金、給料等)を積極的に差し押さえる事務運営がとられており、参考になると思われる。

2 賦課・徴収の連携
米国ではコンプロマイズ処理のために積極的に調査担当者を活用している。わが国でも、時期的または部分的に賦課・徴収の連携を図っていく余地はあると考える。

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