藤巻 一男

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

 バブル崩壊後の日本経済の低迷は、「日本の失われた十年」と称されることもあるが、その過程で、日本企業による海外進出や外国企業による国内進出の態様が大きく変化してきたと思われる。本稿では、海外直接投資等の統計データを用いて企業の海外取引活動の傾向をマクロ的視点から定量的に捉え、その中の特徴的現象に着目し、関連する国際課税問題の一端を考察する。
国際間の直接投資は、日本企業による海外(対外)直接投資と外国企業による対内直接投資の二つの方向(アウトバウンドとインバウンド)に区分される。ここ数年急増している外国企業による対内直接投資の中には、永続的に日本で事業を行うというよりは、短期的に最大限の利益を稼ぎ出してその目的を達成すれば撤退するというようなものも含まれている。そして、投資リターンの回収過程において日本で課される税金コストを極小化するために、極端な租税回避スキームを仕組むことも行われている。これに対し、日本企業による海外直接投資の特徴としては、生産・販売拠点を海外に移転し、現地で永続的に事業を展開しようとする傾向が見られる。そして、現地法人の税引後利益を日本の親会社への配当に向けるよりは再投資に向ける傾向が強くなっている。財政的視点から見た場合、日本企業の海外直接投資の拡大は、日本にとって生産・販売拠点という税源そのものが海外流出することを意味し、また、現地法人の再投資の拡大は日本における課税機会の喪失の可能性が高まっていることを意味する。このように、今日の日本においては対内・対外直接投資のいずれの局面を見ても、税源・税収確保の点で問題視すべき事態が生じていると思われるが、本稿では、より実態の捉えにくい部分があると思われる日本企業による海外直接投資活動に着目し、タックス・ヘイブン税制や外国税額控除制度の適用上の問題等について考察している。

2 研究の内容

(1) 海外直接投資の動向(現地法人の再投資行動の特徴)
 わが国の海外直接投資はバブル崩壊を機に急減したが、その後、製造業の生産拠点の海外シフトが活発化したことなどに伴い海外直接投資は概して漸増傾向にあり、また、海外生産比率も長期的に見て増加傾向にある。そして、現地法人の収益力は上昇傾向にあり、現地法人は税引後利益を日本の親会社への配当に向けるよりは内部留保により再投資に向ける傾向が強くなっている。その背景には、為替変動によるリスク回避や現地における投資機会の拡大等により、再投資に向けることの有利性や必要性が高まってきたことがある。また、税効果会計を取り入れた連結財務諸表の制度化により、企業グループ全体の実効税率を引き下げようとする意識が強くなり、低税率の国々に生産・販売拠点をシフトさせ、現地法人の税引後利益を日本の親会社への配当に向けずに低税率の国々で恒常的に再投資に向ける傾向がますます強くなっていくものと推測される。

(2) 現地法人の再投資を巡る課税問題
 居住地主義を採るわが国では、居住法人の全世界所得を課税対象とし、国外所得については、外国税額控除方式により二重課税を排除する一方で、軽課税国に所在する子会社等の利益留保に対抗するためにタックス・ヘイブン税制が設けられている。国外所得に係る脱税の防止やタックス・ヘイブン税制の適正な執行のためには、外−外取引の補足・検討が必要である。クロスボーダーの組織再編成の進展に伴い、日本企業が源泉地課税主義(=国外所得免税方式)を採る国に金融持株会社を設立するなどの動きが活発化し、その金融持株会社を通過点とする外−外取引の拡大によって、それらの実態把握がますます困難になっているのではないかと考えられる。
本稿では、現地法人が稼得した再投資資金の外−外運用の拡大に寄与していると考えられる海外金融持株会社の機能や活動状況について、内外の統計データやその設立国の税制を基に分析している。クロスボーダーのグループ内組織再編成の進展によって、日本の親会社と現地法人との中間に金融持株会社を設立し、金融持株会社を通じた現地法人の支配・管理が行われ、日本の親会社と現地法人との直接的な出資関係や資金取引関係が相対的に縮小し、金融持株会社を通過点とするグループ法人間の外−外取引が拡大している。
そこで、本稿では、わが国からの直接投資額が上位を占め、金融持株会社の設立国としてよく利用されているオランダに着目し、その特徴的制度等について検討した。オランダにおける1資本参加免税、2利子・使用料に対する源泉徴収課税の不存在、3広範囲な租税条約ネットワークの構築、4アドバンス・タックス・ルーリングの制度、5オランダ居住法人の外国支店に帰属する所得の免税措置、6タックス・ヘイブン税制の不存在によって、同国に金融持株会社や工業所有権管理会社等を設置することを有利にしている。
日本の親会社が現地法人から配当の支払を受けずに、日本よりも低税率の国で再投資を継続すれば、投資収益には現地の低税率が課せられたままで、日本での追加課税を恒久的に繰り延べることができるが、このような課税の繰延べに対しては、一定の場合、わが国のタックス・ヘイブン税制が適用される。しかし、オランダの資本参加免税のように二重課税排除措置として外国法人からの配当を非課税とする制度を有する国に設立された金融持株会社については、たとえ、外国法人から多額の配当を得ていても、当該金融持株会社は、わが国のタックス・ヘイブン税制の適用上、特定外国子会社等に該当しない可能性が高い。これは、外国法人からの受取配当の非課税制度が、わが国が認めている間接外国税額控除と実質的に同趣旨のものであることに配慮した取扱いがあるからである。しかし、このような金融持株会社が利子・使用料等の国外源泉所得を得ており、当該所得がその金融持株会社の所在地国で非課税又は課税繰延べとなる場合、わが国のタックス・ヘイブン税制の適用漏れが生ずる可能性がある。本稿では、金融持株会社の国外源泉所得を捕捉・検討するために、その親会社である内国法人に対して、当該国外源泉所得に係る資料情報の保存義務を課す制度の在り方について考察している。

(3) 現地法人の配当政策を巡る課税上の問題
 現地法人の税引後利益による再投資が拡大傾向にあると述べたが、クロスボーダーのグループ内組織再編成等の場面では、逆に、現地法人の評価額(株式価額)を引き下げるために、現地法人が長年にわたり積み立ててきた利益剰余金を可能な範囲で一度に取り崩して日本の親会社へ配当を行うことも想定される。日本の親会社は、直接投資のリターンを現地法人からの配当又はその株式譲渡によるキャピタル・ゲインにより回収することができるが、いずれの方法を選択するかにより、間接外国税額控除の適用の有無等からキャッシュ・フローに著しい差異が生ずることがあるので、その比較分析を行っている。

3 結論

 法人の事業活動の場所・態様等に応じて、様々なレベルのノンコンプライアンスの状況が起こりうるのであろうが、最も深刻なものの一つは、やはり外−外取引の領域におけるものであろう。海外取引は、脱税や租税回避の行われやすい領域であり、特に、国際的な金融取引については、その実態把握の困難性、所得分類の変更や源泉地変更による問題点が指摘されているところである。海外取引について適正な課税が実現されなければ、課税の公平確保の観点から問題がある。本稿では、マクロ的視点からの分析を通じて、外−外取引の領域において潜行し増大しつつあると思われる問題を抽出したが、その対応策としては、効果的な資料情報制度の充実が必要である。

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