浅井 光政

税務大学校
研究部教授


要約

1 本稿の概要

 法人所得は、真実の所得に対して適正な課税がなされるべきであるが、ときに法人は、真実の所得を表さない恣意的な価格設定を行うことがあり、この場合、真実の所得を表す適正な取引価額としての法人の価格設定行為基準が問題となる。
このような恣意的な価格設定に対して、法人税法(以下「法」という。)では、適正所得課税の観点から法22条2項(収益)と法37条(寄附金の損金不算入)の利益供与として取り扱う規定、法132条の同族会社の行為計算否認規定並びに租税特別措置法(以下「措置法」という。)66条の4(移転価格税制)の規定等を置いていると考えることができる。
移転価格税制では、独立企業間価格と明示していることから、ここでの法人の価格設定行為基準は独立企業原則であると言えるが、その他の規定では法人の価格設定の行為基準は必ずしも明らかでない。
そこで本稿では、法人所得課税のあり方と法人の恣意的な価格設定に対する課税のあり方の検討を目的として、第1に、法人に対する所得課税のあり方について考察する。
第2に、法人の価格設定行為基準としての独立企業原則という視点及び法人所得課税のあり方という視点から法22条4項の公正処理基準規定、法36条(役員退職金の損金不算入)や法37条(寄付金の損金不算入)等と法22条2項(収益)の利益処分として取り扱う規定等をどのように考えるべきかについて考察する。
第3に、連結納税制度下における親子会社間取引と所得課税単位に関する問題並びに支店課税における独立企業原則について考察する。

2 所得計算と法人所得課税のあり方

(1)  利益処分した配当の取扱い
 国が所得に課す税としては、個人の所得に課す個人所得税と法人の所得に課す法人所得税がある。所得とは一定期間における経済的価値の獲得部分であるが、個人法人ともに所得獲得のため経済的価値を費消する。所得獲得のための経済的価値費消部分は、所得の控除部分を構成する。所得は総額で計算するが純額の概念である。所得とは純資産増加分であり、法人所得、個人所得ともにその概念は同じである。
ところで、所得課税の方法として法人段階では所得課税せず法人から個人へ所得が分配された時点で個人に課税する方法もあるが、現行法では法人を独立主体として捉え、法人が独立企業の立場で活動することを前提に「個人」と「法人」を別個の課税主体として取り扱っている。
現行所得課税は、シャウプ勧告の考えが根底にある。シャウプ勧告における所得課税の基本理念は、「法人である会社の所有者は株主であるから法人税はその株主が負担する所得税の前払いであるという考え」を基礎に、法人が受け取る配当は益金不算入とし、配当を受け取る個人の段階ではその法人税控除のため配当税額控除をすることとしている。つまり、公平負担原則を貫徹する所得税の二重負担排除措置を必要不可欠のものとする理念を有している。しかし、現行法は、株主が法人である場合の受取配当の取扱いでは、25%以上の株式を所有する特定株主はその内国法人から受け取る配当の100%が益金不算入であるが、同様にそれ以外の株主が受け取る配当はその50%しか益金不算入とならないため少数株主である会社に不利な取扱いになっている。これは所得課税の基本理念からの乖離を意味する。この基本理念に従えば、税の完全な二重負担排除のため法人の受取配当は全額益金不算入となるはずである。
また、簡明で税の完全な二重負担を排除する「配当を支払う側は支払配当損金算入とし、その配当を受け取る側の配当収入は株主独自の所得として取り扱うという所得課税方法」(以下「支払配当損金算入制度」という。)は、魅力的なものであると考える。今後、所得課税のあり方として支払配当損金算入制度をも含め検討すべきである。何故ならば、論理一貫性のある所得課税の原理原則を持つ良き制度は、良き所得税の納税者を造る働きをすると思われることから、原則として、所得課税の原理原則に反する部分は常に見直しが求められると考えるからである。

(2) 利益処分役員賞与等の損金経理要件の廃止
 法人所得の計算上、利益処分の役員賞与・役員退職金は損金不算入とされている。これは商法上の企業利益の概念に法人課税所得が影響を受けているためこのような取扱いになったものと考えられる。しかし、実質的な税の二重負担排除という公平の観点では、役員賞与・役員退職金を利益処分処理するか損金処理するかで両者を課税上差別する理由はない。換言すれば、役員賞与・役員退職金の損金算入要件として損金経理要件と相当な金額の範囲内でなければ損金にならないという金額の相当性要件の2つがあるが、形式的な要件である損金経理要件は不要であり、金額の相当性要件という実質要件だけで十分であると思われる。したがって、所得課税の公平という観点では、利益処分の役員賞与等に関する損金経理要件は廃止すべきである。
なお、利益処分の役員賞与等とは、公然と帳簿に利益処分処理することであり、言うまでもなく、隠れたる利益処分はこれに当たらない。

3 法人所得の法的構造

 法人所得の基本的な計算思考は、「法人所得=総益金−総損金」である。法人所得は、一定期間における純資産増加額をもって把握されるが、その純資産増加額をもって法人所得のすべてが決定されるわけではない。法人所得の決定要因には、合理性(妥当性)のない期中における経済的価値流出の問題がある。この問題は、隠れたる利益処分の問題と恣意的な価格設定の問題を含んでいる。
例えば、法人が時価300で売却可能な土地を特殊関係者に取得原価の100で売却した場合、法22条2項における無償譲渡の収益規定及び法37条6項・7項における寄附金認定課税の規定により収益の額及び寄附金の額は次のようになると解されている。

(借)譲 渡 原 価   100 (貸)土     地 100
(借)収受すべき債権   300 (貸)譲 渡 収 益 300
(借)寄  附  金   300 (貸)収受すべき債権 300

 この考えによれば、この件に関する所得は、ゼロ(益金100−損金100=所得0)になる(以下「法形式重視方式」と呼ぶ。)。
これに対して、隠れたる利益処分の考えによれば、利益として200(=収益300−譲渡原価100)計上した後、その利益200を隠れたる利益処分(利益供与)として処理したとみる(以下「隠れたる利益処分方式」と呼ぶ。)。
本事例に即して言えば、税務上、次のようになる。

(借)譲 渡 原 価   100 (貸)土     地 100
(借)受 取 勘 定   100 (貸)譲 渡 収 益 300
収受すべき債権   200
(借)利益供与(流出)  200 (貸)収受すべき債権 200

 以上検討のとおり法人所得の本質という観点では、本件における所得は200であるとみることもできるが、隠れたる利益処分方式は現行法に置かれていないため、前述のとおり寄附金損金不算入方式により所得は150として取り扱われる。また、寄附金認定課税においては、法形式重視方式ではなく経済実質を重視した寄附金損金不算入方式が適用される。
なお、本事例が親子会社間取引である場合、本件における所得200は、親子会社間の所得配分の関係にある(以下「所得配分方式」と呼ぶ。)という考えもある。しかし、言うまでもなく、現行法上、この方式は採用されていない。

4 法人所得課税における独立企業原則

(1) 無償譲渡等の取引における価値測定基準としての独立企業原則
 法22条2項では無償取引から収益が生ずる旨定める。その収益の価値測定基準の定めはないため全て解釈に委ねられるが、一般的に無償取引を行う法人の取引価格設定行為としては経済的合理性基準が採られ、通常の取引価格、第三者間取引において通常成立する価格と解されている。
そうすると、通常でない不合理・不自然な取引価額は収益測定の基準とはなり得ず、不合理・不自然な価格設定が行われる恐れのある特殊関係者間価格は、収益の価値測定基準とはなり得ず、論理必然的にそのような恐れのない関係者間の価格である独立当事者間価格又は独立当事者間取引条件価格がその基準になるはずである。
よって、法22条2項の収益の測定基準は、独立第三者間取引条件基準と解すべきであり、独立企業原則であると解するのが相当である。
また、他の所得計算単位から独立させて「法人所得課税の計算単位」を設けるのであれば、その計算単位は他から独立した主体として計算しない限り真実の所得は算出できない。そうすると、法人所得の計算上、法人の価格設定行為の基準が独立企業原則であるという結論に到達することは論理の必然というほかない。

(2) 外国法人の支店事業所得課税における独立企業原則
 外国法人の支店課税において「支店の事業所得」の計算上、支店に独立企業原則が適用されるのであろうか。
「国内支店の事業所得」は、その計算上、「本店所得」と分離し、「独立した所得計算単位」とすることが求められる。支店の事業所得計算単位を設けるのであれば、本店と支店をそれぞれ独立主体と擬制し独立した当事者として所得計算しない限り、その真実の所得は算出できない。
そうすると、上記(1)で述べた論理と同様、支店の事業所得の計算上、支店の価格設定行為の基準は、独立企業原則であるという結論に到達する。

(3) 法22条の規定の整備と独立企業原則
 連結納税制度導入により、今後、単体納税と連結納税が併存することとなる。この連結納税思考には親子会社間取引を内部取引と見る思想が根底にあることから、この制度導入は、親子会社間取引における寄附金認定課税に影響を及ぼすものと思われる。また、寄附金認定課税の場面においては、法132条(同族会社の行為計算否認規定)の適用も含め寄附金損金不算入方式か所得配分方式かを巡り錯綜することが予想される。
そのためこれらと予測可能性及び法的安定性を高めるという観点から、法22条に『1法人が資産・用役(以下「資産等」という。)を入手したとき及び資産等を手離したときの当該資産等の価値測定基準は独立当事者間取引条件基準であり、2これと異なる価格設定がなされた場合には所得配分方式により課税を行う。』旨の規定等を置くことにより、経済的価値測定基準の明確化を図ることを提案する。

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