安岡 克美

研究科第37期
研究員


要約

1 研究の目的

 近年、金融・経済のグローバル化が進展し、金融技術も目ざましく発達してきた。わが国では、このような情勢に加え、金融の自由化や長らく続く低金利等を背景として、様々な金融商品が開発されている。通常、金融商品はそのリスクの有無やリターンの程度に着目して取引されるが、これらの商品の中には、そのリスクやリターンに加え税負担の程度や申告義務の要否といった要素が重視されているものもある。この傾向は、高額所得者においてより顕著であり、極端な場合には、租税回避スキームを用いるなどしてリターンそのものよりも税負担の軽減に主眼を置いた商品までも現れている。
このような租税回避スキームの具体例としては、航空機の賃貸(オペレーティング・リース)を目的とした任意組合や匿名組合(以下、「任意組合等」という。)に対する出資の形態を採った主に個人投資家向けの投資商品が挙げられる。これは、任意組合等の事業に係る損益が投資家(組合員)にパス・スルーされること、航空機の賃貸による所得が不動産所得とされることや、不動産所得に係る損失が給与所得などその他の所得と損益通算することができることに着目して、税負担の軽減を図っているものである。
租税回避スキームは、投資家(組合員)に有利となるような各種規定を利用し、結果として法の趣旨に沿わないような税負担の軽減を実現するものであり、投資家(組合員)が最終的な国の負担(税収減)によってリスクの軽減やより高いリターンを享受することになっている。また、超過累進税率を前提とすれば、高額所得者ほど租税の軽減を多く享受できるようになっていることから、課税の公平の観点からみても問題があり、これを放置することは税務執行にも悪影響を与えるおそれがあると考えられる。
以上の問題意識から、租税回避スキームの規制策のあり方について考察する。

2 研究の内容等

(1) 租税回避スキームの特徴
 現在用いられている租税回避スキームは、投資家(組合員)からの出資と借入金を原資として購入した高額な減価償却資産を他の者に貸し付ける事業を営み、莫大な減価償却費や借入金利息を計上することによって創出した人為的な損失をパス・スルーによって投資家(組合員)に帰属させ、これをその他の所得との損益通算させることによって税負担の軽減を実現しているものである。しかし、実際には、投資家(組合員)は、任意組合等からあらかじめ予定されたキャッシュ・フローに基づく利益の分配を受けられるようになっており、課税上の計算とその経済実態があっていない。これは、あらゆる手段を利用して費用を前倒しするなどにより課税の繰延べが行われていることによるものとみることができる。
このように、1人為的な損失を創出すること、2その損失を投資家(組合員)にパス・スルーすること及び3パス・スルーされた損失を投資家(組合員)の他の所得と損益通算させることが租税回避スキームの重要な要素となっているといえる。
なお、わが国では、所得の種類によって計算方法や損益通算の可否といった課税上の取扱いが異なることになっているが、租税回避スキームの特質として、このような取扱いの差異に着目し納税者にとって所得区分を有利なものに変更することを意図して仕組まれているものが多いということが指摘できる。
租税回避スキームについて以上で指摘した特徴から生じるメリットを失わせることが対策として有効であると考えられることから、この観点から具体的な規制策について検討を行うこととする。

(2) 法人とされる事業体との比較
 近年、金融システム改革が進められる中で、集団投資スキームに利用される事業体に関し、特定目的会社(SPC)、投資法人及び特定信託(特定目的信託及び特定投資信託)に対する課税の特例措置が整備された。中でも、特定信託については,特定目的会社や投資法人とは異なり法人格を有していないにもかかわらず、法人課税の対象とされることについて注目を集めている。これは、特定信託の有する機能と特定目的会社及び投資法人の有する機能との類似性に着目し、同様の機能を有する主体には同様の課税を行うとする課税上のバランス等が考慮された措置であるといわれている。
ところで、任意組合等と特定信託は、同じく集団投資スキームに利用されるビークル(器)であり、同様の経済的機能を有しているといえる。しかしながら、特定信託とは異なり、任意組合等は法人課税の対象とはされていない。
この点に関しては、同じ事業を異なる事業体により行うことができる場合には、納税者が課税上の取扱いの有利な事業体を選択することが可能となることから、結果として経済的中立性が害されることとなりかねないといった批判がある。また、事業体が多様化している現在においては、個々の事業体の有する経済的機能に着目し、同じ経済効果が生じるものには、同様の課税(法人課税)を行うことが課税の公平及び中立にかなうものであるという観点から課税のあり方を再検討する必要があるといった指摘がなされている。
仮に、任意組合等に法人課税を行うとすれば、人為的な損失を投資家(組合員)にパス・スルーすることができなくなり、結果的に租税回避スキームを規制し得るとも考えられる。
ただし、このような考え方は、法人所得課税の根本的なあり方に関わる問題をはらんでおり、また、実際の租税回避スキームでは海外のパートナーシップなども利用されており、国際間における法人課税のあり方にも影響することから、今後、慎重に検討を要する問題であると考えられる。

(3) 人為的な損失に対する損益通算の制限
 現在用いられている租税回避スキームに対しては、人為的な損失と他の所得の損益通算を制限することが、有効な規制策となり得ると考えられる。
わが国における不動産所得に係る損益通算の特例(措法41の4)、リース取引に係る各種所得の金額の計算(所令184の2、法令136の3)や国外リース資産に係る「リース期間定額法」(所令1201七、法令481七)は、租税回避スキームに対する規制を直接の目的として法整備されたものではないが、限定的ながら損益通算を制限するなど、結果として租税回避スキームを規制する機能を有しているということができる。
しかし、このような個別の限定的な規制策には限界があり、また、今後新たに対症療法的・個別的な規制策が創設されたとしても、その要件に該当しないような新たなスキームによって人為的な損失の創出が想定されるところであり、次々に創出される様々な形態の租税回避スキームに対応していくことは困難であると考えられる。したがって、個別的な規制策だけでなく、より包括的な規制策を創設することが必要であると考える。
この点について、アメリカとわが国における租税回避スキームは、税法等の違いはあるものの、パス・スルー事業形態を利用し、減価償却費や借入金利息を計上して人為的な損失を創出するという点において共通している。アメリカにおける危険負担の原則(At-Risk Rules)、受動的活動損失の規制(Passive Activity Loss Rules)などの規制策は、人為的な損失を課税上排除することを目的としており、わが国においても参考とすべきであると考える。特に、受動的活動損失の規制は、受動的活動から生じた損失と他の所得の通算を制限しているが、その損失自体を全く認めないというものではなく、受動的活動に係る持分を処分した時点で、繰り越されてきた損失をその処分益と最終的に清算させることとしている点が注目される。
現在用いられている租税回避スキームの本質は、課税の繰延べであるとみることができるのであり、その規制策の方向性としては、アメリカにおける受動的活動損失の規制にみられるように、人為的な損失を他の所得と損益通算を認めない方策を講じた上で、損益通算の認められなかった損失を翌年以降に繰り越し、賃貸物件の賃貸(リース)期間終了後の売却益と清算させるような制度が有効であると考えられる。このように最終的に清算を行う方式は、課税の公平・中立の理念に沿うことになるとも考えられる。
ただし、このような規制策に関しては、その対象となる任意組合等の範囲についてのメルクマールが必要となる。この点について租税回避スキームにおける組合契約についてみると、投資家(組合員)は組合の管理・運営等に関する権限を有しているとはいえず、組合業務に対する参加を実質的に制限されていることからすると、実質基準として、投資家の組合業務への関与の程度等(投資物件の購入先や貸付先等の業務執行の決定、業務執行者の選定方法、持分処分の可否など)を採用してはどうかと考える。
なお、租税回避スキームにおける賃貸物件の賃貸(リース)期間が長期に及ぶものも少なくないことからすると、現行の帳簿書類の保存の規定にかかわらず、納税者にその期間における帳簿書類の保存を義務付けることを要件とするなどの措置が必要となるものと考える。

3 結論

 租税回避スキームは、適正・公平な課税の観点からみても有害であり早急な対応が求められていると考えられる。また、わが国においては、既に述べたとおり個別の限定的な規制策が設けられているに過ぎない状況であり、より包括的な規制策を創設すべきであると考える。このような観点からみれば、上記(3)で述べたような人為的な損失に対する損益通算の制限による規制が有効であると考える。また、これは、所得税のみならず法人税においても有効な規制策となり得るものであると考える。
なお、最近の議論で、いわゆる金融所得を一括りにし課税上の取扱いを一元的に行うことが提案されているが、この場合、金融所得から生じた損失と他の所得の損益通算を容易に制限することができる。この提案は、本研究に沿って議論するならば、租税回避の規制策として一定の効果が期待できるのではないかと考える。

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