小柳 誠

研究科第37期
研究員


要約

1 研究の目的

 租税は、各種の私的経済生活上の行為や事実を対象として課されるものであるが、これらの行為・事実は、第一次的には私法によって規律されていることから、租税法がこれらの行為や事実をその中にとり込むに当たっては、原則として、私法を前提としてとり込まざるを得ない場合が多いと解されている。ところで、家計や企業が市場で行う経済活動は、当然に日本国内で行われるものに限られるものではなく、国際取引から生じる行為や事実も課税対象(課税物件)と位置付けられることになる。そのような国際取引における経済活動が、どのような法律関係として成立し、効力を生じているかという判断場面において、準拠法はどこの国の法律によるべきかという問題が生じる。しかしながら、国際的に生じている私的経済生活上の行為や事実について私法を前提として租税法にとり込むといった場合、その私法とは準拠法を取り組んだ形すなわち外国法を含んだ形での私法というのか否かはこれまであまり問題とされてこなかったが、最近になって実際の課税訴訟の場面において準拠法を考慮すべきか否かが争点となっている事件が生じている。そこで、このような国際的に生じている私的経済生活上の行為や事実をわが国の租税法は、課税要件としてとり込む際に、準拠法に関してどのように規定しているのか、また租税法上、どのような規律によるべきなのか、あるいはどのように取り扱うべきかなどについて、検討・整理することが本稿の目的である。

2 研究の内容等

(1)  借用概念と準拠法
 租税法の解釈原則において、借用概念については、私法におけると同義に解するべきであるとする統一説が通説、判例とされる。これは、統一説が法秩序の一体性と法的安定性という説得的な理由を掲げ、租税法律主義の要請に合致するからである。ただし、1判例は、違法所得の場合について、私法上の効力を問題としていないこと、2租税法の規定において、民商法の規定(条文)を直接引用している条文もあり、借用概念をその借用した私法の効力までも含めたものと解すると、これらの規定と借用概念とを区別して規定する意味が不明確となってしまうことから、借用概念は、借用した私法の効力までもその解釈の中に含めているものではなく、あくまでも条文上の文言の意義について私法と同一の文言が用いられている場合には、私法におけると同意義に解するとの解釈にとどまるものになると考えられる。
ところで、世界各国には、さまざまな法制度が存在し、その規律しようとする内容、性質、性格はそれぞれの法制度によって異なっている。同じような概念、用語が存在したとしても、その意味、内容が同じであるとは限らない。そのような状況の下で国際私法から導かれる外国の私法の概念を含むとすることは、当然にその意義を一義的に確定できないことになり、かえって法秩序の一体性、法的安定性を害することになる。したがって、租税法律主義の要請から導かれる法秩序の一体性と法的安定性を維持するには、借用概念の借用範囲は、日本私法のみを前提とし、外国法の概念を含むということはできないと考えられる。

(2) 課税要件事実の認定と準拠法
 相続税法は、被相続人の死亡という現象を通じて、その被相続人に帰属していた権利義務の財産移転自体を課税物件としている。したがって、その財産取得を生み出す相続を規律する法律の法的効果の存否が課税要件事実の存否と一致する。つまり、法律効果を直接課税対象として規律している。相続による財産取得があったかどうかの判断は、法例26条を基本とする国際私法の規律により決定された準拠法の効果を含めた法律効果を考察する必要がある。
一方、「所得」は、租税法における固有概念であり、その課税対象は経済的な効果、利得であるが、課税要件事実の認定場面においては、原則として法律効果の有無という判断基準(権利確定基準)が妥当する。これはそのような法的基準により課税要件の充足の有無を判断することが、租税法律関係の法的安定性、課税の公平の面からも妥当するからである。しかしながら、法的効果について、それが外国法を準拠法とする場面では、1同一事案が複数の法廷地に係属する場合、準拠法が複数存在する可能性があること、2外国法の内容、解釈が常に明らかになるとは解されないことなどから、その法的評価は、国内法のように一義的に定まらない。このような場合には、私法上の法的評価、効力の有無を課税要件の充足の場面としてとらえることは、もはや租税法律関係の法的安定性の要請に合致しない状態といえる。したがって、海外取引に係る事案の個々の事実関係が課税要件事実として課税要件を充足するか否かの判断基準は、原則として、法律行為に瑕疵がある場合と同様に管理支配基準によるべきものと考えられる。

(3) 国際私法上の当事者自治の原則と租税回避
 ところで、契約に関する準拠法は、当事者の意思表示により決定することができる(法例7条)。これを国際私法上の当事者自治の原則という。この場合には、当事者が準拠法の内容等を理解の上、準拠法を指定することから法的評価も一義的に行うことができ、原則として、その法的効果の有無を課税要件の充足の判断基準とすることができる。
しかし、この当事者自治の原則は、適用する法律の選択を当事者が自由に調整することが可能であることから、例えば、通謀虚偽表示の規定がない外国法を当事者が意図的に選択することにより、契約書上の内容とは異なる内容の合意を隠ぺいする手段として利用される場合が想定される。日本法によれば、仮装行為とされ、否認されるものが回避できてしまうのではないかという問題が生じる。しかしながら、この場合は、1国際私法上における当事者の準拠法指定行為の有効性は、準拠法により判断するのではなく、結果、法廷地国の私法により判断されると解されること、2当事者間の準拠法の指定いかんにより課税の有無が影響を受けることとなると、課税の公平の見地からは、日本の法秩序上、受け入れ難い結果であるから、法例上の公序則(法例33条)の適用の余地があることなどにより、当事者の選択した準拠法の指定は有効ではなくなると考えられる。
さらに、全体があらかじめ計画された一連の取引(租税回避スキーム)の場合には、英米における租税法上の解釈原理であるラムゼイ原則や段階取引原理と同様に全体を一体と見て課税要件事実の認定を行うことができると解される。この場合には、当事者間に適用される私法(準拠法を含む)と関係なく日本の租税法の適用において、課税要件を満たしているか否かの判断を行うことになるから、当事者間の私的法律関係とは別に課税要件事実を捉えざるを得ない。

3 結論

 租税法と準拠法の関係を考察した場合、租税法の文言解釈の場面では、法秩序の一体性と法的安定性の確保の見地から、租税法が文言の使用において、借用している私法は日本私法に限定される。一方、課税要件の充足の場面では、当事者による明確な準拠法の選択の合意がある場合は別として、原則として、外国法の効力の有無の判断が一義的に定まらないことから、私法上の効力に関係ない基準である管理支配基準よるべきである。また、当事者により準拠法が選択されている場合であっても、それが租税回避を意図するものである場合には準拠法の選択自体が否定されると解される。

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