石川 克彦

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 相続税の同族会社の行為計算否認規定は、昭和25年の相続税法の全文改正の際に同族会社を通じた相続税等の負担回避行為を防止する観点から創設されたものであるが、所得税や法人税の場合と相違しこれまでに裁判例も極めて少なく、どのような場合にこの規定が適用されるのか具体的に明らかにされているものは少ない。
一方、評価基本通達第6項では、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」旨定められており、近年発生した取引相場のない株式など評価基本通達の隙間を利用した相続税等の負担回避事例に対して、課税庁は、同項を適用し課税処分をするなどにより対処してきたところであるが、最近これらの事件に対する判決もかなり見受けられるようになってきている。
しかしながら、同項の規定は、「著しく不適当」という不確定概念を用いた包括的な規定振りとなっていることから、納税者の法的安定性や予測可能性などとの関連でその不明確性が指摘されているところである。
また、相続税の同族会社の行為計算否認規定は、相続税等の負担を不当に減少させる結果となると認められるときに、税務署長に対し、同族会社の行為計算を否認し、正常な行為計算に引き直して課税する権限を認めるものであり、租税負担の回避策に対する対処としては、同族会社の行為計算否認規定も評価基本通達第6項の規定もその適用局面において類似性をもっているとも考えられる。
本稿は、所得税や法人税の同族会社の行為計算否認規定の考え方や判例を踏まえ、相続税における同規定の適用要件等について検討するとともに、これまでに評価基本通達第6項を適用してした課税処分に対する判決の分析などを行い、両規定の適用関係について検討を加えたものである。

2 研究の内容等

(1) 相続税の同族会社の行為計算否認規定
相続税の同族会社の行為計算否認規定を適用するためには、1同族会社の行為計算であること、2これを容認した場合にはその同族会社の株主等の相続税等の負担を不当に減少させる結果となると認められることの二つの要件が必要とされている。

イ 同族会社の行為計算であること
その行為は法律的効果を伴う同族会社が行う行為を指し、同族会社以外の者が行う単独行為には、当該同族会社の行為が介在する余地がないことから「同族会社の行為」には該当しないとされている。

ロ 不当性の判断基準
 不当性の判断基準については、従来から、代表的な見解として、主として法人税の同族会社の行為計算否認規定の適用場面で論じられてきた、1非同族会社であれば通常なし得ないような同族会社の行為計算、即ち、同族会社であるがゆえに容易になし得る行為計算とするもの、2専ら経済的、実質的見地において、当該行為計算が純経済人の行為として不合理・不自然なものと認められるか否かを基準として判定すべきとする二つの異なる見解がみられるが、最近の所得税における同族会社の行為計算否認規定を適用してした課税処分に対する裁判例では、この点に関し「株主等と同族会社との間の取引行為を全体として把握し、その両者間の取引が客観的にみて、個人の税負担の不当な減少の結果を招来すると認められるかどうかという観点から判断するのが妥当であって、同族会社のみの行為計算に着目して判断するのは相当ではない。」(東京高裁平成10年6月23日判決)と判示するものなどがみられる。
相続税の同族会社の行為計算否認規定においては、一般的には、相続人等の相続財産(価額)の減少は、同族会社にとっては財産(価額)の増加をもたらし(所得税の場合、個人の収益の減少は、同族会社にとっては収益の増加になる。)、所得税法の規定と同様、上記2の見解との関係で、当該同族会社の行為は経済的合理性を有していることから、同規定の適用は否定されるのではないかという問題も提起されることとなる。
したがって、このような点を考慮すると、相続税の同族会社の行為計算否認規定の適用に当たっては、法形式上は行為計算を行う者は同族会社であるが、その不当性の存否の判断に当たっては、当該同族会社と株主等との取引行為を全体として把握し、経済的、実質的見地において、当該行為計算が経済的合理性を欠いて不合理・不自然なものと認められるかどうかという点に基準をおいて判断すべきではないかと考える。

(2) 財産評価基本通達第6項

イ 意義及び適用要件
 その行為は法律的効果を伴う同族会社が行う行為を指し、同族会社以外の者が行う単独行為には、当該同族会社の行為が介在する余地がないことから「同族会社の行為」には該当しないとされている。

ロ 不当性の判断基準
 相続税等の課税対象となる財産は多種多様であり、しかもその財産の評価は必ずしも容易ではないことから、評価基本通達では各種財産の評価の原則及びその具体的評価方法等を定め、課税庁部内の財産の評価に関する取扱いを統一するとともに、課税の適正化・公平化を図っているところである。
しかしながら、近年のバブル崩壊による地価の急激な下落に加え、取引相場のない株式の評価方式など評価基本通達の隙間を利用した各種相続税等の負担回避事例にみられたように、社会経済情勢の変化やあらゆる財産の状況を想定した評価方法等を予め具体的に定めておくことは現実的にも困難であり、評価基本通達に定める評価方法を形式的・画一的に適用した場合には、当該財産の客観的交換価値とは乖離した結果を導くこととなって、納税者間で著しく課税の公平を欠く場合も生じることが考えられる。評価基本通達で定めている各種財産の評価方法は、一定の理論的根拠(趣旨)の基に、原則的な評価方法を一般的基準として定めていることから、元々このような状況(著しく不適当)が発生する場合があることを想定し、同通達第6項の規定を設け、個々の財産の態様に応じた適正な時価の評価が行えるよう措置しているものと考えられる。したがって、評価基本通達第6項の規定は、基本的には、同通達第2章以下の各財産について個別の評価規定を適用して評価すると「著しく不適当」と認められる場合、即ち個別評価規定を適用して評価した価額と相続税法第22条に規定する「時価」との間に著しい乖離(格差)があると認められる場合に適用され、そのような著しい乖離があるときは、再度、相続税法第22条の「時価」評価の規定にたちかえって当該財産の「時価」を算出できるとする趣旨といえる。
ところで、第3章で概観している裁判の判決にみられるように、評価基本通達に定められた評価方法を画一的に適用することによって、明らかに当該財産の客観的交換価値とは乖離した結果を招くなど、一定の「特別の事情」がある場合には、「時価」評価の適正化のため同通達に定める評価方法以外の合理的な方法により評価額を算定することが許されると解されているところ、そのパターンは、大別すると、(イ)評価基本通達の定めによる評価方法が著しい社会経済情勢等の変化に則していないと認められる場合、(ロ)財産評価について一般的基準を定めている評価基本通達には法規的効力を有するとして(あるいは誤信して)同通達を適用して財産の評価を行い、相続税等の租税負担の回避を図っている場合の二つの類型に区分けでき、(ロ)の場合において、評価基本通達に定める評価方法によらないことが正当と是認されるような「特別の事情」があるかどうかについては、次のような点を総合的に検証し、判断すべきものと考える。

1  評価基本通達に定める評価方式による評価額と相続税法第22条に規定する「時価」との間に著しい乖離があると認められるかどうか。

2  被相続人等が相続開始(贈与)の前後を通じて行った行為(方法)の背景や諸事情、その計画性及び実行した行為について経済的合理性が認められるかどうか。

3 当該被相続人等が行った行為によって実質的な租税負担の公平を損なうことにならないか。

4 富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の立法趣旨及び評価基本通達に定める評価方式を採用している趣旨に反することにならないか。

5  同通達の定めによらない評価方式が相続税法第22条に規定する「時価」の概念からして合理的な算定方式といえるかどうか。

ロ 適用手続
 評価基本通達第6項では、「・・・、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定め、下級行政庁(国税局、税務署)は、同通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額の評価については、「国税庁長官の指示」を受けることとされているが、同長官の指示を受けないで財産の評価額を算出した課税処分に係る事件で、裁判所は、同通達は、行政組織内部における機関相互の指示、監督に関して定めた規定であり、直ちに国民の権利、利益に影響を及ぼすものではないとして、当該課税処分を容認しているところである。
ところで、平成5年には、行政庁の処分、行政指導及び届出に関する手続に関して共通する事項を定めることにより、行政運営における公正の確保と透明性(行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかであることをいう。)の向上を図り、国民の権利利益の保護に資することを目的として行政手続法が制定され、同法では、税務行政手続については、広い範囲にわたって適用除外規定が設けられているが、税務行政においても同法の趣旨及び目的を踏まえてその適正な運用に努めていく必要があると考えている。評価基本通達第6項の適用事案は、極めて個別性が強いと考えられるが、同法の制定の趣旨や昨今の社会情勢を考慮すると「国税庁長官の指示」を受けて評価する必要があることはもちろん、その指示の内容については、適正・公平な課税の実現、行政の透明性あるいは納税者の予測可能性等の観点からも、できる限り、具体的に公表していくという必要性が求められているのではないかと考える。

3 結論

 相続税の同族会社の行為計算否認規定の適用のための一つの要件とされる「不当性の判断基準」と評価基本通達第6項に定める「著しく不適当」(特別の事情)という概念とを比較してみるとその要因に類似性がみられ、そのために両規定の適用関係が不明確になっているのではないかと考えられる。このような不明確性は依然として残るものの、相続税の同族会社の行為計算否認規定の適用に当たっては、「同族会社の行為計算」が必要とされることはもちろんであるが、同規定は同族会社の行為計算という事実が存在する状態においては現実の租税回避に対処できない場合に当該行為計算を税務上否認の対象(現実になされた行為計算そのものには実体的変動は生じさせない。)とするもので、評価基本通達第6項の規定は、当該行為計算を税務上否認しなくても当該行為計算という事実を認識しつつ相続税法第22条に規定する「時価」を算出することができる場合にその適用対象となるのではないかと考える。このような考え方を、相続税の同族会社の行為計算否認規定の適用について初めて正面から争われている大阪地裁平成12年5月12日判決の事件に当てはめてみると、被相続人と同族会社との間で締結した地上権設定契約という法的な権利関係が具体的事実として存在する限り、相続税法第23条(地上権及び永小作権の評価)の適用の問題となり、評価基本通達第6項を適用することは難しく、当該地上権設定契約という法律行為そのものを税務上否認しなければこのような事案に対処するのは難しいのではないかと考える。

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。

論叢本文(PDF)・・・・・・950KB