吉川 保弘

税務大学校
研究部教授

岩本 洋一

税務大学校
研究部教授


はじめに

 1987年にOECD租税委員会が公表した過少資本に関する報告の「1.問題の所在」の中で、エクイティ・ファイナンスに係る報酬が当該企業において利潤として課税されるだけでなく、株主に対しても配当として結果的に課税されるのに対して借入による資金調達の場合には支払利子は事実上法人所得税が免除されることになると述べて、「隠れた資本化(=本質的には自己資本であるものを借入金の形で提供するもの)」が存在しうるとしている。
すなわち、「ある特定のケースにおいて、企業の借入が自己資本に比して大きいか否かを決定する際に、借入と自己資本のどのような関係をもってその基準とするかは全く明確ではないが、高い借入・自己資本比率は、不均衡な借入の利用によって節税を行おうとする努力を暗示しうる。」としている。そして、「隠れた資本化」のメカニズムは、多国籍企業グループによって、様々な方法で活用され得る。例えば、タックスヘイブンにおいて、介在する持株会社を設立し、これをグループに加えれば、親会社に対する所得課税を恐らく無期限に繰り延べられるという利点が付け加わることになりうるとしている (1)
この報告においては、過少資本が各国において深刻な租税回避問題として起こりうることを示唆しているのである。
我が国においては、企業の資金調達が長い間メーンバンクによる融資に依存してきたことから自己資本比率が極めて低い状況が常態とされてきたため、過少資本という問題に対して総じて反応が鈍かった。一方、過少資本を利用した租税回避に対する課税は国外の課税当局の関心事となっていた。そして、外資系企業による対日直接投資が着実に増加し過少資本を防止する必要が高まり、諸外国の過少資本税制の整備やOECDでの議論等を踏まえ国際的な制度である過少資本税制を我が国でも平成4年に導入することとなったのである。導入時期は欧米諸国に比較すると遅かったが、それは国内的に過少資本問題が多発していなかったことと関連する(2)
ところで、通商産業省「第31回外資系企業の動向(以下「同動向調査」と呼ぶ。)」(97年3月時点での調査)によれば、外資系企業と国内企業との資本利益率(ROE)を比較すると、外資系企業が国内企業の水準を大きく上回っており96年度で約3.5倍の11.8%に達している。また、資本金規模では資本金1億円以下の企業が全体の61.4%を占めている(3)
「同動向調査」のデータ(4)を基に、外資系企業の資金調達状況における自己資本割合について分析してみると、外資割合が100%のグループが最も低く平均42.4%(借入金割合が57.6%であることを示している。)である。外資割合が50%超100%未満のグループは72.3%、同割合が50%以下のグループは57.4%であった。また、日本市場への参入時期別では、94年から96年に参入したグループが最も低く15.2%であった。ちなみに91〜93年グループでは29.0%、88年〜90年グループでは16.6%、85年〜87年グループでは23.6%、82年〜84年グループでは45%、81年以前グループは32.2%となっている。さらに、96年度母体国別では、世界全体では54.5%であったが、アジア系が15.2%と最も低い。アメリカ系は57.6%、欧州系は51.3%であった。
平成10年度の通商白書は、「自社内に広範な経営資源の蓄積があると見られる規模の大きい企業の(日本に進出している外資系企業の黒字総額に占める黒字の)シェアが高いのに加えて参入して間もない企業については赤字企業の比率が高く、事業期の立ち上げ期には困難が多いという様子が見られる。」(5)と述べている。
さらに、通商産業省「外資系企業の動向」(96年3月時点での調査)によると、93年以降に日本市場に参入した企業の約6割が赤字でアンケートによると事業が軌道に乗るまでに5年以上要すると回答した企業が3割にのぼっているとしている(6)
これらから言えることは、少なくとも多くの外資系企業が我が国においては小さな自己資本規模で進出していることがわかる。もちろん日本での事業展開が容易でないことを伺わせているが、必要な資金を借入金で調達している可能性があることを示している。そのことは、我が国への進出が浅い外資割合が100%のアジア系法人に特徴的に現れている。
これまで以上に規制緩和で外資系企業の我が国への進出が期待されるが、外資の企業行動からみると出資ではなくて融資の形による必要資金の調達ということが十分に想定される。したがって、過少資本を巡る課税問題は起こる蓋然性が極めて高く、過少資本税制の研究は重要なものと考えられる。
本稿は以上の問題意識において、次の構成で論じていきたいと考えている。
すなわち、第1章及び第2章においては、そもそも過少資本という現象がどのようなメカニズムで生じるのかという観点から検証する。1章においては課税制度としての側面から論じることとし、2章においては税以外の側面からも過少資本が起こりうることを検証することとしたい。第3章においては、過少資本税制の根拠とその測定基準である独立企業間原則の採用について、企業財務論におけるあるべき自己資本と他人資本の割合すなわち適正資本構成から検討を行うこととしたい。仮に適正資本構成が確認できるのであれば、租税においてはそれに拠ることが租税が取引に影響を与えないと言う中立性の原則から言っても最も望ましいからである。そして、その最適資本構成から乖離した場合に過少資本税制で規制すると言う仕組みが、過少資本税制の根拠として相応しいのではないかとの仮説を建て検討を行っていきたい。そして、その中で我が国の現在の過少資本税制が採用している独立企業間原則がどのような役割を果たすか検証したい。
第4章以下においては、実定法上の問題について論じることとして、第4章で先ず、形式的な資本負債割合の算定方式、その算定方式の要素である資本負債の範囲及びこれらの混合されたものの区分基準等を巡る問題について、我が国の制度を絡ませながら検討を行う。続いて、第5章では、例えば過少資本税制を巡る租税回避の問題といった実質的な基準を主題として論述していきたい。第6章においては、我が国過少資本税制の法としての位置付けといったことについて検証を加えることとし、さらにはこの税制は移転価格税制と極めて類似した制度であるが、両税制とも利子が課税対象とされていることから一つの課税客体に二つの税制が係わってくる。どちらが優先して課税されるのか、その場合の二重課税の調整はどうなるのかといったことについて論じていきたい。
最後の章では、資本コストとして同様な機能を有している利子と配当とを巡る税制の在り方について触れ、現行過少資本税制の役割について言及することとしたい。


(1)  see, OECD Thin Capitalization/Taxation of Entertainers,Artistes and Sportmen、Issues in International Taxation No.2、Paris Para (12)〜(15)

(2)  「平成4年改正税法のすべて」国税庁p195

(3) 外資系新設法人に限定すると資本金1億円以下の割合は、96年度83.9%、95年度82.7%とさらに高まる。「第31回外資系企業の動向」通商産業省編p52

(4) 「第31回外資系企業の動向」通商産業省編p219〜231

(5)  平成10年度版「通商白書〈総編〉」通商産業省p281

(6) 平成10年度版「通商白書〈総編〉」通商産業省p282

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