村上 憲雄

税務大学校
研究部教授


はじめに

 貸金庫契約の法的性質については、これを賃貸借契約と解する説と寄託契約と解する説が対立し、通説は、貸金庫を目的とした賃貸借契約と解し、その内容物については銀行には占有がないと考えられてきた。この通説の論理に従うと、強制執行の場においては、貸金庫の内容物は利用者の単独占有にある財産として直接の動産執行の対象となり得ると解される。しかし、現実には貸金庫が銀行の支配する建物内の貸金庫室に在り、銀行と利用者の双方が解錠しないと貸金庫を開扉できないシステムとなっていることから銀行の協力なしに内容物の差押えを行うことは困難な状況にあった。然るに、銀行は貸金庫契約上の善管注意義務を負うとして、銀行が利用者の承諾なくして右動産執行に応じて貸金庫を開扉することは、利用者に対する関係で債務不履行になると解されていたことから、銀行が動産執行に応じて貸金庫を解扉することは期待し得ないところであった。このため、貸金庫は、その安全性や秘匿性から貴重品や高価品等の保管場所とされている可能性が高いにもかかわらず、利用者の債権者はこれらの財産からの債権回収の途を閉ざされ、私人間の契約において事実上の差押禁止財産を創設するに等しいとの問題指摘がなされていた。
滞納処分においても、貸金庫の内容物については、銀行に占有がないとする右通説に沿って利用者(滞納者)の単独占有にあり、ひいては単独所持あるものとして国税徴収法(以下「徴収法」という。)56条による差押えの対象とされ、また、右差押えに際し必要があるときは、同法142条1項に基づいて貸金庫を滞納者の(支配する)物として捜索することが可能と解されてきた。
しかしながら、貸金庫の内容物に対する差押えや貸金庫の捜索においても、先に述べたように貸金庫が銀行の貸金庫室内に設置され、利用者と銀行のそれぞれにより二重に施錠されているという実態から、現実には銀行の協力なしにこれを開扉することは困難となっていた。
この貸金庫について、最高裁平成11年11月29日第二小法廷判決(以下「本判決」という。)は、貸金庫の内容物につき銀行は利用者と共同して民法上の占有を有すると判示した上で、利用者の債権者が、利用者の銀行に対する貸金庫の内容物引渡請求権を差し押さえて、これを取り立てるという債権執行手続によって、貸金庫の内容物に対する新たな強制執行の途を開いた。
この民事執行手続における本判決の理論構成が、貸金庫契約に対する一般的判断として滞納処分にも射程距離が及ぶとすれば、通説に沿って貸金庫の内容物については銀行に占有がないことを前提としてきた従来の滞納処分の考え方は変更を余儀なくされ、また、他方では、貸金庫の内容物を占有する銀行をして徴収法58条の引渡命令の相手方とする余地が生じるなど、貸金庫の内容物に対する新たな滞納処分の方途が開かれる可能性がある。
そこで、本稿では、民事執行と滞納処分の手続を比較検討するとともに、滞納処分における本判決の意義・射程を考察し、今後の滞納処分のあり方について論及する。
本稿の構成は、第1章において貸金庫契約の内容・意義を明らかにし、その法的性質について学説等を整理する。第2章において民事執行の実務の取扱い並びに学説等を、第3章において滞納処分の実務とその考え方を整理・検討する。第4章においては本判決を考察し、以上を踏まえて、第5章において、今後の滞納処分の考え方・方向性について私見をまとめてみたい。

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