窪田 悟嗣

研究課第36期
研究員


序章 はじめに

 本稿は、金融取引におけるいわゆる「資産流動化・証券化」をめぐる課税上の諸問題について、主として国際課税問題を中心に検討を行うものである。ここに資産流動化・証券化とは、個別的な特定の資産(債権等)を分離し、これを集め、当該資産がもたらす将来キャッシュ・フローを引当とした証券等を発行し、その信用格付を補強して投資家に売却する一連の過程のことである。
わが国の金融の世界においては、近年、このアメリカに端を発する資産流動化・証券化(1)(2)といったストラクチャード・ファイナンス(仕組み金融)に対する関心が非常に高まっており、平成5年のいわゆる特定債権法(3)の施行などを契機に、急速にその市場が形成されつつある(4)
一方、平成10年には「日本版ビッグバン」に向けた「資産担保証券(ABS)など債権等の流動化」という政策目的など(5)から、特定債権法に続き、資産流動化・証券化を促進するための法整備として、いわゆるSPC法(6)、債権譲渡特例法(7)、サービサー法(8)、ノンバンク社債発行法(9)、金融システム改革法(10)といった一連の関連法の制定、ならびに投信法の改正(11)等が行われている(12)。さらには、日本版金融サービス法への第一歩と位置付けられる集団投資スキーム法制の整備として、SPC法と投信法が改正され(それぞれ、「資産の流動化に関する法律」及び「投資信託及び投資法人に関する法律」に改称)、平成12年11月末に施行されたところである。この間、税制上もこれらの法整備とあいまって様々な措置が講じられており、特に当該取引の媒体として利用されるSPV(Special Purpose Vehicle)(13)に関しては、一定の要件を満たすSPC(Special Purpose Company)(14)について支払配当の損金算入が認められ、実質的に非課税とされるほか、一定の要件を満たす信託(15)についても法人税の課税対象とするとともに支払配当の損金算入を認める等、画期的な法改正がなされている。
このように、わが国における資産流動化・証券化は、市場規模等の面で急速に発展しつつあるばかりでなく、制度・実務面でも新たな局面を迎えており、今後は、こうした国内法のインフラ整備を受けて、本格的な資産流動化・証券化時代が到来するかどうか注目されるところである。
しかしながら、当該金融取引の進展は、その一方で課税上様々な問題を引き起こしている。しかも、資産流動化・証券化は、デリバティブ(金融派生商品)等(16)と並ぶ金融技術革新の一つであり、その金融の経済技術的側面もさることながら、ストラクチャード・ファイナンスといわれるとおり、ストラクチャー(17)の組成にあたっては様々な法的技術が駆使されており、その手法もますます精緻化・多様化しているほか、海外市場での資金調達も目立つことなどから、その課税問題も複雑多岐にわたっている。
資産流動化・証券化をめぐる課税問題としては、金融取引類型で見た問題として、その取引段階ごとに、資産の分離譲渡に関する問題、取引の媒体となるSPVに関する問題、投資家に関する問題等々新たな金融システムをめぐる政策的・制度設計的問題が数多くあり、近時の議論もこれらが中心となっている。しかし、そのことも承知の上で、本稿では若干視点を変えてあえてこれらとは別に、当該金融取引をさらに取引類型をしぼり、特に現状の国際取引に焦点を当て、(課税実務に携わる筆者としての主観ではあるが)最も重要と思われるクロスボーダーで展開される当該取引をめぐる国際課税問題について検討を行うこととする。
それは、前述のSPC法をはじめとする国内SPVの利用促進といった国内型のスキームの法整備がなされる中で、いささか的外れかとも思われるかもしれないが(18)、むしろ現状の実態としていかなるスキームが構築され、そこでどのような取引が行われているのかを分析することにより、全てではないにしろ、当該金融取引の問題の本質を最も理解できるのではないかと考えるからである(19)。そしてそれらはいかなる課題を突きつけているのか、課税当局としていかなる対応をすべきか、実は深刻な問題を提供してくれるのである。
すなわち、現状の資産流動化・証券化スキームでは依然としてタックスヘイブン国であるケイマンのSPC等の海外SPVを利用したものなど国外型のスキームが主流をなしており、これらが直ちに国内型のスキームにシフトすることは考えにくい。そして、これらのクロスボーダーで繰り広げられる当該金融取引がファイナンス面の経済目的を果たす一方で、実は国際的な租税回避ないしその可能性を生み出し、さらにはそのことが資産流動化・証券化のみならず他の一般取引にも多大な影響を及ぼすであろうといった、わが国租税政策上重大かつ深刻な問題が存在すると考えられるからである。
そこで、本稿においては、以上のような問題意識から、わが国の資産流動化・証券化における現状のクロスボーダー取引が引き起こす様々な国際課税上の問題(国際的租税回避の問題が中心)に焦点をあて、とりわけ金融資産を中心とした流動化・証券化に関するいくつかの典型的なスキーム例などを交えながら、それらの仕組みとその課税問題の具体的態様を分析し明らかにするとともに、当該問題への対応策について検討を行う。そして、繰り返しになるが、当該金融取引の法技術・仕組みの利用が、国際的租税回避を引き起こすことになるという深刻な問題意識から、制度上の運用や立法的な手当てを問わず多面的な国内措置により、わが国の課税権を確保していく方策について検討を行う。
以下では、まず第1章において、資産流動化・証券化の概要について、本稿における課税問題の議論に必要な程度で述べるとともに、その法技術・仕組みの利用がもたらす課税問題を概観する。次に、第2章では、海外SPC(法人)を利用したスキームをめぐる源泉徴収逃れの問題について検討する。また、第3章では、法人以外のSPV(組合・信託等)を利用した国際的租税回避スキームをめぐる問題について検討する。さらに、第4章では、その他の国際的な租税回避問題として、ケイマンのチャリタブル・トラストや損失飛ばし等のスキームをめぐる問題について検討する。そして、第5章では、これら個々のスキームの分析検討とは別に、包括的な租税回避への対応策について、概括的ではあるが国際的側面から考察する。


(1)  英語では証券化のことを、Securitization(セキュリタイゼーション)という。元々アメリカで開発された当該金融技術がわが国にも導入され、その訳語として今日使用されているものと考えられる。なお、わが国で使用される流動化の意味を表す英語はないと言われている。強引に直訳してLiquidation(リクイデーション)とすると、「清算、整理・弁済」等全く違う意味になってしまう。なお、資産流動化・証券化の具体的内容については、次章において述べる。

(2)  先駆者であるアメリカにおける証券化の生成・発展の状況、その他概要については、中里実『金融取引と課税―金融革命下の租税法―』(有斐閣、1998)386頁以下、及び佐藤英明『信託と課税』(弘文堂、2000)57頁以下を参照。

(3)  特定債権等に係る事業の規制に関する法律(平成4年法律第77号、平成5年6月1日施行)。

(4) 平成13年3月末までの間に、同法に基づく資産流動化・証券化による累計の資金調達額は約16兆円に上っている(「特債法流動化実績データ」(経済産業省取引信用課調べ))。

(5)  平成9年6月13日金融制度調査会答申「我が国金融システムの改革について―活力ある国民経済への貢献―」による提言である。この他に平成9年3月31日担保不動産関係連絡協議会報告「担保不動産等流動化総合対策」による、不良債権処理の観点からの「担保不動産等証券化パッケージ」も提案されている。

(6) 特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律(平成10年法律第105号、平成10年9月1日施行)。

(7) 債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律(平成10年法律第104号、平成10年10月1日施行)。

(8) 債権管理回収業に関する特別措置法(平成10年法律第126号、平成11年2月1日施行)。

(9) 金融業者の貸付業務のための社債の発行等に関する法律(平成11年法律第32号、平成11年5月20日施行)。

(10)  金融システム改革のための関係法律の整備等に関する法律(平成10年法律第107号、平成10年12月1日施行)。

(11)  旧法である証券投資信託法が改正され、「証券投資信託及び証券投資法人に関する法律」に改称された。

(12) この間、わが国の有力オリジネーターに会社更生法が適用されるという、資産流動化・証券化史上初のケースが発生したことは記憶に新しい。

(13) SPVとは、資産保有者(資金需要者)と投資家を繋ぐ媒体として設立される組織であり、SPC(法人)、信託、組合などがある(第1章第1節参照)。

(14) SPCとは、いわゆる特別目的会社をいう。なお、国内SPVに対する法整備がなされた「資産の流動化に関する法律」(いわゆる「資産流動化法」である)に基づく一定の要件を満たすSPCは特定目的会社と呼ばれている。

(15) 特定目的信託及び投資信託のうち一定のもの(特定信託)である(第3章第4節1参照)。

(16) 中里教授は、1デリバティブ(金融派生商品)、2セキュリタイゼーション(証券化)、3ストラクチャード・ノート(仕組み債)、4資産運用、5電子マネー・電子証券等が、情報通信革命と金融革命の進展により生じた新しいタイプの金融取引であると述べている(中里・前掲(注2)8・9頁)。

(17) 字義どおり「仕組み」であり、その中核をなすのが「仕組み組織」としてのSPVである。

(18) SPC法の立法化等の背景として、従来、特定債権法等の資産流動化・証券化スキームでは後述するケイマンSPCが利用されることが多かったが、これら海外SPCの利用による国内法の空洞化を防止し、同時に国内SPCの設立及び運営コストの低減化の要請を満たそうとする目的もあったものと考えられる(さくら綜合事務所『SPC&匿名組合の法律・会計税務と評価(新版)』清文社(2000)2頁)。この点については今後の動向を見守る必要があるが、選択肢が増えたものの依然として主流は海外SPC等を利用したスキームであると考えられる(第2章第1節参照)。

(19) それにより、結果として制度論が導き出されることもある。

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