岡崎 正江

税務大学校
研究科第35期研究員


はじめに

 本稿は、いわゆる大規模法人がその従業者による経理上の不正操作によって税を免れた場合、当該法人について直接国税ほ脱犯の成否を検討する上で問題となる事項を検討するとともに、法人責任の追及における今後の方向性について考察することを目的とする。

 企業活動の社会的影響力の増大を背景に、多くの行政法規に、従業者の業務上の違反行為に対してその業務主を処罰するという業務主処罰規定が設けられている。そのため、従来、刑法学説では、法人の犯罪能力について見解が分かれ、重要な論点の一つとなっているものの、立法では、従業者の業務上の違反行為を前提に、業務主としての法人の処罰が認められている。両罰規定は、この業務主処罰規定の一般的な立法形式であるが、各租税法罰則にも当該規定が設けられ、その適用によって法人納税義務者の処罰が行われている。

 法人税ほ脱犯は、納税義務者である法人の義務違反という点で法人犯罪の典型ともいえるが、従来の摘発状況をみると、資本金額の少ない中・小規模法人の摘発が大半を占め、また、ほ脱の実行行為の主体のほとんどが、代表者あるいは実質経営者など法人の事業統括責任者であることから、実質的な点において個人犯罪の色彩が強いことが認められる(1)。

 一方、法人企業がその経済的利益追求の過程で、粉飾決算、非合法な資金の支出など正当な企業活動から逸脱した行為を行うこと、特にいわゆる大企業によるこれらの逸脱行為は、バブル経済の崩壊とともに社会問題となり、新たな経済犯罪の立法化、法人犯罪の重罰化を促すなど、刑事政策上重要な問題ともなってきた。このような逸脱行為は、一般に経理上の不正操作を伴い、課税上の問題を付随させることから、直接国税ほ脱犯としてその成否が問題となることも少なくない。こうした状況下において特に大規模法人については、積極的にその刑事責任を追及することの可否を検討すべきものと考える。

 ところで、現在の企業活動をみた場合、大規模法人では、事業部制等の採用により、法人の機関は基本的な方針を定めるにとどまり、個々の事業内容に関する具体的な判断については、事業部統括責任者等の中間管理職に大幅な裁量権を与えてその活動を展開している状況が認められる(2)。このような企業活動の実態において大規模法人の直接国税ほ脱犯の成否を問題とした場合、不正行為の最終的な責任者と実際に当該不正行為に関与した従業者との間に多段階の階層的な指示・命令が想定され、その事実関係及び不正行為に関する認識等の証拠収集の困難性が一つの問題となるものと思われる。そのため、実行行為者の特定を検討する上では、従来の摘発事例にみられるような法人の業務統括責任者等に限らず、これらを実行行為者として特定できない場合には、これら以外の一般従業者について実行行為者の特定を検討する必要性が生ずるものと考える。

 一般従業者について実行行為者の特定を検討する上では、二つの問題があると考える。

 その第一は、実行行為者を特定する上で、一般従業者についてほ脱犯をどのように構成するかという問題であり、租税法罰則の解釈上、特に実行行為と故意の検討が重要になるものと考える(3)。

 その第二は、当該一般従業者のほ脱行為について両罰規定を適用し法人処罰を行う場合の、その妥当性の問題である。これは、両罰規定の法人業務主の処罰に関する現在の通説の解釈上生ずる問題であるが、通説は、一般従業者の違反行為に対する法人業務主の責任を法人の機関を介した監督注意義務上の過失と解しており、法人の機関に従業者への業務全般にわたる直接的な監督を求めている。しかし、特に大規模法人の機関がこのような高度の監督注意義務を履行することは、現実的には不可能ともいえ、大規模法人に対して、例えば組織の末端従業者の違反行為をも監督注意義務上の過失としてその責任を追及しようとした場合、その妥当性が問題となるものである。大規模法人の直接国税ほ脱犯を問題とする上でも、この点の検討が重要になるものと考える。

 以上のことから、本稿では、第1章で、直接国税ほ脱犯を中心に法人の摘発及び処罰の現状を概観し、第2章では、両罰規定の理論を踏まえ、法人税法違反を中心に、両罰規定の適用の前提となる実行行為者を特定する上での従業者におけるほ脱犯の成否について、具体的に問題となる事項を検討する。さらに、第3章では、従来からの法人処罰に関する刑法学説の状況とともに、両罰規定による法人処罰の問題点及びその克服を図る新しい理論概念の動きを概観し、最後に、第4章として、直接国税ほ脱犯における両罰規定適用の限界とその対処について検討するとともに、法人責任追及の今後の方向性を検討する。

(1) 上田廣一「最近における直接国税ほ脱事犯の諸問題(増刷)」法務研究報告書77集1号 (平成6年) 6頁は、直接国税ほ脱犯における法人の特質として、比較的小資本で高収益を上げている法人が多いこととともに、同族法人が多いことを指摘し、「ほ脱犯が自己資本による個人経営的色彩の強い会社によって犯されやすいことを表している。」とする。

(2) 芝原邦爾「不法収益の剥奪と法人処罰の強化」法律時報63巻12号(平成3年)104頁。(3) 大企業が課税調査で多額の申告もれを指摘され、これに対して修正申告等によって納税した場合、税法上の解釈の相違、末端従業員らの経理処理上の過誤等に起因するものとして課税処理がなされるにとどまることが少なくないが、このような事例においてほ脱犯の実行行為者を特定する上での困難性を示しているとも思われる。

(3) 大企業が課税調査で多額の申告もれを指摘され、これに対して修正申告等によって納税した場合、税法上の解釈の相違、末端従業員らの経理処理上の過誤等に起因するものとして課税処理がなされるにとどまることが少なくないが、このような事例においてほ脱犯の実行行為者を特定する上での困難性を示しているとも思われる。

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