池本 征男

大和税務署長
前税務大学校研究部主任教授


はじめに

 申告納税制度は、第二次世界大戦後に経済の民主化の一環として採用され、ちょうど今年で、50年の節目を迎えたところである。申告納税制度が導入された昭和22年は、日本経済が疲弊のどん底にあり、インフレがとめどもなく昂進し、所得税の負担は極端に重く、納税者の税務官庁に対する信頼感は最低で、また、税務職員も昭和21年に2万7千人であったのが、昭和23年には7万4千人と5万人弱も増加し、職員も不慣れで、新制度の実施ついて最悪の環境であった(1)。このような環境の下で賦課課税方式から申告納税方式への制度の切替えは税務行政に大きな混乱を招き、殊に、個人所得税においては、昭和23年は約70パーセントに及ぶ納税者が申告怠慢とした政府の更正決定を受け、おびただしい異議申立て(当時の税法では「審査の請求」といった。)が行われ、税金の滞納も慢性化した(2)
申告納税制度の導入の初期の所得税制においては、このような混乱も起きたが、昭和25年には、シャウプ税制使節団の手によって公平で中立的な恒久的税制を確立すべき勧告が行われ、その勧告に基づいて申告納税制度を担保する税制の整備が行われたほか、昭和30年代の青色申告普及の低迷、税務調査の忌避とこれに対する税務当局の推計による更正決定事案の増加、昭和37年の間接税に申告納税制度の導入、昭和40年代のクロヨン・トーゴーサンピン論議に見られる不公平税制論議あるいはサラリーマン税金訴訟で論議された給与所得者の自主申告権の問題など、申告納税制度をめぐる多方面の税制論議等を経て、納税者の理解の下に、申告納税制度発展の基盤も着々と整い、現在では、申告納税制度が税制の柱としてその機能を十分に発揮している(3)
この申告納税制度は、納税者自らが税法を正しく理解し、その税法に従って正しい申告と納税をするという極めて民主的な制度である。申告納税制度の下にあっては、その納税者のする申告により第一次的に納税義務が確定し、納税者の申告がない場合又はその申告が正しくない場合には、税務署長がこれを是正する更正又は決定により第二次的に納税義務が確定することとしており、この申告納税制度を担保するために、青色申告制度や各種の加算税制度及び租税罰則制度等が設けられ、適切な税務調査の実施と的確な資料情報の収集及び提供によって、申告納税の適正さが確保されることを予定している。
本稿は、申告納税制度が導入される前の賦課課税制度と申告納税制度との比較を踏まえて、申告納税制度の理念を考察するとともに、申告納税制度が導入されてから今日に至るまでの申告納税制度を支える諸制度の沿革や解釈の変遷を探り、申告納税制度の理念に則して各種税制に対する解釈が展開され、構築されてきていることを論述しようとするものである。

〔注〕

(1) 「昭和財政史(終戦から講和まで)8」361頁本文に戻る

(2) 「国税庁三十年史」56頁
昭和24年、25年頃の短歌に、税金に関する歌が数首あり、そのうちの“税金の異議申告に来し今朝のわが順番札は百五十二なり”“異議申立に殺気立つ人等列なせる税務署前に我も子と待つ”を見ると、当時、多くの異議申立てがされたことが窺われる(佐藤進「文学にあらわれた日本人の納税意識」219頁以下所収)。本文に戻る

(3) 現在、所得税の確定申告者数は1926万人、法人税の申告書を提出した法人は260 万社、消費税の申告件数は247万件であり、これらの大部分は自主的な申告によっ て納税が済まされている(国税庁「日本における税務行政」平成8年版)24頁以下 参照本文に戻る

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