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伊藤 齊

税務大学校
副校長


はじめに

1 問題の所在

 税務調査の主たる目的は、納税者の課税標準や税額に関し、租税実体法の規定する課税要件に即して適正に申告されているかどうかを確認することにあり、実務的作業としては、事前に収集されている資料情報や納税者等によって保存されている帳簿書類を検査して、課税要件事実の解明を行うとともに経理処理や納税申告書の内容を検討し、納税申告の適否を判断することとなるが、調査自体は、複雑多岐にわたる取引行為を分析し、法人税でいえば益金、損金項目を検討し、法人税法施行規則別表4の加算・減算項目を調整して課税申告所得金額の再計算を行う過程となる。
この税務調査の結果、偽りその他不正行為による過少申告行為が明らかになれば、7年遡及更正や刑事訴追が検討されるし、過少申告の予備行為として仮装・隠ペい行為があれば、青色申告の承認を取消し重加算税を賦課する必要もでてくる。また、本税のほかに税法の解釈・適用の間違いや経理処理ミスによる過少申告に対しては、基本的には過少申告加算税が検討されて、その賦課についての「正当な理由」も考慮される。
ところで、申告に当たっての過少申告マインドとしては、1節税(Tax Savig)、2租税過少(Tax Deficit)、3租税回避(Tax Avoidance)、4脱税(Tax Evasion)、の4つのパターンがあるが、税務調査の過程における把握の難易性からみると、租税過少は、証憑類、稟議書などの検討、資産の出入りのチェック等により経理処理の誤りを発見できる。節税による申告行為は、税法が予定する課税要件該当性の範囲内で主として事実関係の作出面において、法定申告期限前に色々工夫されるものであるし、納税者サイドから十分なる説明が期待できるため、これは正確には過少申告の範疇には入らず、いわば適法申告であるが、事実認定を誤ると租税回避行為とのグレーゾーンに入ってしまう危険性がある。租税回避については、申告事前行為の加功状況を解明しつつ表見行為の異常性を指摘していくことになるため、その調査には困難を伴う。脱税は虚偽過少申告とでもいうべきもので、仮装・隠ペいの程度にもよるが、当然のことながら財務諸表に載らない簿外資産を把握することは極めて難しい。ただ、隠匿財貨や借名預金(俗に「タマリ」という。)の存在から調査に着手できる場合、その犯意は比較的得られやすいから、調査自体は割り切って実施できる。
以上の4つのうちの関係でみると、単純過少申告とでもいうべき租税過少と租税回避行為による過少申告との重複領域の解明は難しい。単純過少申告は、期間損益に係る帰属事業年度の間違い(「期ズレ」という。)とか、条文解釈・計算ミスなど事前秘匿工作なき意図せざる過少申告をいうが、これを発見するためには、税法の複雑な規定や取扱いが頭に入っていないと、つい見過ごしてしまう危険があるため、細心の注意を要する。また、税法の概念規定に借用概念が多く、実現された経済的実質について色々な切り口からの説明ができるため、事実認定に関し納税者と大いに見解が対立することにもなる。更に、租税回避となると、税法のなかの選択肢ではなく、私的自治における私法秩序のなかでの選択肢を駆使して、税法が予定している課税モデル(「予測可能性」という)に該当しないように法形式自体を作出して取引行為を行い、結果としては税法が課税すべく予定している経済的実質を実現するため、課税要件該当性が阻却されて課税を免れてしまうもので、脱税と申告過少との中間に位置し、しかも、両境界線ともグレー・ゾーンとなっているものである。この解明は、法形式が有効・適法に成立しているが故に、税法どおりの構成要件に無理に該当させようとすると納税者からの反発も強く、辛抱強い調査が要求されるが、これとて過少申告であることには違いないので、その否認には工夫が必要となる。
そこで、本稿ではこの租税回避行為に関して、一般的否認規定がないこと及び我が国の租税争訟では挙証責任は課税庁側にある点を踏まえ、税務調査における否認及び追求のポイントについて、実際の課税事例を取り上げて課税・徴収両面にわたる処分の牽連性を中心にして検討するとともに、概念規定の拡大(相対化)について問題提起を行うものである。

2 考察の方法

 ここで取り上げる事案の端緒は、含み益のある広大な土地を所有したまま休業していた非同族の調査課所管法人が保有土地を売却しながらも、昭和59年7月17日に清算所得金額を零円とする法人税の確定申告書を提出してきたことに始まる。当然のこととして課税当局は、保有土地の処分関係に着目して調査を開始したが、その結果判明したことは、保有土地の時価をベースにして計算した株価で、末端の2,300人に及ぶ株主から株式を買い集めた後、会社を解散して保有土地を売却し、その代金で株式の買集め資金を返済していたという事実であった。この事実に基づき課税当局は、一連の行為を残余財産の分配に対する清算所得課税を免れるための、「租税回避行為」であると認定して必要な課税処理を行うとともに、徴収措置として残余財産の分配に係る第二次納税義務の告知処分を行った。この賦課・徴収処分に対しては、配当所得課税と第二次納税義務賦課に係る取消訴訟が提起されたが、結果は両訴訟とも当局全面敗訴ということで終結した(注)
そこで本稿全体の構成は、まず前半で租税回避行為否認のための法理を整理するとともに、後半でその例証として本事案を取り上げ、訴訟で明らかになった事実を基に、租税回避行為というスタンスから課税当局が採った措置について分析を行うこととした。
まず、前半の第1章では、租税法制定の基本理念である租税法律主義の下での各法条の概念規定について、具体的例証として「大陸棚課税事件」で争われた「国内」概念に係る議論を取り上げ、租税法律主義における租税法の規定する予測可能性という観点から検討を行った。第2章では、租税法の予測可能性を阻害する租税回避行為概念について、実務的便宜性からの位置付けを行うとともに、その否認ツールについて最近の判例も取り入れて整理を行った。
後半は租税回避行為の例証として合計5本の判決で明らかになっている個別事案の分析を行うため、まず、第3章では事案全体を紹介し、そのうちの課税措置に係る分を第4章で、更に、その追徴としての徴収措置について第5章で検討した。分析検討に当たっては、先行処分としての課税処分における課税の論理の現実的妥当性に焦点を当てるとともに、後行処分としての徴収処分の取り得べき選択肢については、徴収の実効性確保という見地から検討した。いずれにしても、徴収処分が完遂してこそ徴税は完結するという観点を中心に、租税回避行為に対する課税処分の自己完結性と徴収処分の私法対峙性の違いを明らかにしつつ、賦課・徴収の連携確保を強調した。第6章では、裁判では判断されなかった「清算人」の借用概念の相対化を述べ、合わせて懸案事項を2点ほど揚げた。
第7章では、まとめとして租税回避行為に対し賦課・徴収の両処分を行う際のポイントについて総括し、全体を通じた考察からのいわばエッセンスとしての提言的な事柄を、「おわりに」で述べることとした。
本稿は、裁判で明らかになった租税回避行為に係る個別事案の検討という意味では、租税判例研究の部類にはいるものであるが、複雑・専門化する課税取引を帰納法的に解明して、適正に課税処理をすることが使命である税務の現場からの要請に参考になるべく、できるだけ個別事象から入るという実務的スタンスからのアプローチに沿って、事案解明に資するように努めたことを念のために申し添えておきたい。

〔注〕

 全部で6つの裁判が起こされたが、このうち賦課・徴収関係の3つ取消訴訟が敗訴、1つが取り下げられた他の2つは取消訴訟ではない。なお、詳細は第3章「租税回避行為に係る個別事案の検討」のうち226頁(本事案の訴訟一覧)を参照のこと。本文に戻る

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