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西川 勝利

広島国税局徴収部徴収課


はじめに

 会社は、すべて法人であり(商法54条1項、有限会社法1条2項)、その構成員である社員や役員とは別人格を有している。ところが、わが国においては、法人の設立について準則主義が採用されており、しかも、商法上の会社の設立要件が比較的ゆるやかであることから、第二次大戦後にいわゆる「法人成り」が盛んに行われ、厖大な数の法人が設立された

(1)。とりわけ中小法人においては、個人企業と何ら実体の異ならない法人が多数存在するという事態が生じている(2)。この背景には、経営政策(社会的評価の獲得)などの見地と法人成りによる節税の効果の達成があるといわれる。すなわち、個人事業者は、家族構成員その他の関係者を社員とする法人形態をとって事業を行うことにより、所得分割を図り、所得税の高い累進税率の適用を回避することができるし、また、利益を社内に留保して、法人税率と所得税率の差額分だけ租税負担を軽減することが可能となるのである。
このような会社にあっては、実質はまったくの個人企業にすぎず、名目的に株式会社になっている例が少なくない。そして、これらの会社では、営業所は、株主個人の住所と同一であり、会社の会計も株主個人の家計と区別されていない。取引についても、その取引をしているのは取締役自身であり、実は会社のための取引なのか自分自身の取引なのか、はっきり意識していない場合が少なくなく、いわんや相手方からはそのどちらであるかわからないという事例がきわめて多いと思われる。そこで、こういう場合には、取引の相手方から会社に対して弁済を求められれば、それは株主個人の取引であり会社に責任はないと主張し、株主個人に対して請求されれば、それは会社の取引であり株主個人には責任がないというように、会社が隠れみのに使われ、株主と会社との人格の異別が責任免脱の口実に利用される事例が少なくない。そのほかにも、競業禁止を免れるために株式会社を作ってその株式会社を通じて競業を行うとか、あるいは、債権者の強制執行を免れるために名目的な株式会社を作ってこれに自己の財産を出資するというような事例も見受けられ、会社制度が濫用されているといえる。
このことは、従来株式会社の資本金に最低限の定めがなく、過少資本できわめて容易に会社を設立することができたこともその要因であるといわれていた(3)。そこで、会社制度の本来の目的が達成できるように、平成2年(1990年)の商法改正では、最低資本金制度が実施され、一定規模以上の株式会社しか認められなくなった(4)。これにより、会社制度の濫用防止に一定の前進は認められるものの、一人会社が正式に認められたこと(5)や最低資本金の水準の問題(6)及び会社設立の準則主義の維持などから、容易に会社の設立が行えることには変わりがなく、また、最低資本金制度は、設立当初だけを規制するものであり、設立後は会社に対して、最低資本金に相当する責任財産の存在を保障するものではないことから、根本的な解決にはなっていないと思われる。
これに対し、租税法は、実体が個人企業と異ならない法人のうち、一定の形式的基準に該当するものを同族法人と呼び、その他の法人と異なる特別の定めを置いている(7)。また、私法上の権利関係にかかわりなく、その実質に従って所得の帰属を確定し、その所得を享受する者に課税する実質所得者課税の原則の規定がある(8)。徴収の分野においても、形式的な権利の帰属を否認して、私法秩序を乱すことを避けつつ、その形式的に権利が帰属している者に対して補充的に納税義務を負担させる第二次納税義務の制度がある(9)。しかし、私法形式の濫用による租税回避行為に対処するための一般的な否認規定(10)は存在しないため、会社制度の濫用による徴収上の問題が生じている。
本稿では、このような会社制度の濫用による徴収上の問題点を浮き彫りにし、私法上の分野で適用されている法人格否認の法理を税の徴収の分野において適用することにより、今まで徴収が困難とされていた事案の解決を図り、租税の公平の確保を期すことができないか検討を試みることにしたい。
このような問題意識のもとに、本稿では、まず第一章で、会社制度の濫用と目される諸形態と、これら会社制度の濫用に対する現行の国税徴収法や私法規定の適用の限界を明らかにし、法人格否認の法理の適用の必要性を考察する。それから第二章で、一般私法上の法人格否認の法理について考察したのち、第三章で、滞納処分における私法規定の適用について考察し、第四章で、法人格否認の法理の具体的適用について考察することとしたい。なお、法人格の否認が実際上問題となるのは、物的会社、特に株式会社の場合が多いと思われることから、本稿では、主として株式会社について論ずるものとする。

〔注〕

(1) 国税庁総務課編『税務続計から見た法人企業の実態一会社標本調査結果報告−』、同『会社標本調査30回記念号一税務統計から見た法人企業の実態−』(昭和57年3月)参照本文に戻る

(2) 金子宏『租税法〔第6版〕』159頁(弘文堂、平9)本文に戻る

(3) 原田晃治「最低資本金制度の円滑な実現に向けて」法律のひろば1996年2月号4頁本文に戻る

(4) 株式会社の資本金は、1000万円以上でなければならないこととされた(商法168条ノ4)。また、既に最低資本金制度が採られていた有限会社についても、資本金の最低額が従前の10万円から300万円に引き上げられた(有限会社法9条)。本文に戻る

(5) 旧商法165条では「株式会社の設立には7人以上の発起人あることを要す」と規定されていたところ、新商法165条では「株式会社を設立するには発起人定款を作る事を要す」と改正されたことから、発起人は1人でもよいことになり、そのため株主が最初から1人にとどまる一人会社の設立も解釈上可能になった。本文に戻る

(6) 法制審議会が90年3月にまとめた商法改正案要綱では最低資本金額を、株式会社を新設するときは2000万円、既存会社は1000万円とし、有限会社は新設500万円、既存300万円としていたが、その後政府案作りの段階で、中小企業団体などからの猛反対にあい、新設・既存とも一律に株式会社は1000万円、有限会社は300万円とすることでようやく法案が同年6月に国会を通過した。本文に戻る

(7) 同族会社の特別税率の規定(法人税法67条)及び同規定(所得税法157条、法人税法132条、相続税法64条)本文に戻る

(8) 上田明信「法人格否認の法理」亜細亜法学7巻1号82頁(昭47)では、実質所得者課税の原則(所得税法12条、13条、法人税法11条、12条)は、その実体をとらえて租税の賦課を行う点において、法人格否認の法理と共通し、同法理の一適用と考えられるとしている。
これに対し、松沢智『新版租税実体法一法人税法解釈の基本原理−』58頁(平8)では、実質所得者課税の原則と法人格否認の法理との関係は、単に実体に着目して追求しようとする一面において共通性をもつが、両者は別個の原理に基づくものと解すべきであるとしている。本文に戻る

(9) 上田・前掲注(8)82頁では、第二次納税義務の規定は、法人格否認の法理を税法で定めたものであるとしている。本文に戻る

(10)  昭和36年7月「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」において、各税を通ずる基本的な課税の原則として実質課税の原則に関する規定、租税回避の禁止に関する規定及び行為計算の否認に関する宣言規定について答申されたが、原則的、一般的な規定のあり方を避けることが妥当な立法態度であると考えられ、制度化が見送られた。本文に戻る

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