遠藤 克博

税務大学校
研究部教育官


はじめに

 「企業会計は、企業の財政状態及び経営成績に関して、真実な報告を提供するものでなければならない。」、企業会計原則の第一「一般原則」の冒頭に掲げられた「真実性の原則」である。
いわゆる「日本版金融ビッグバン」が2001年に向けて始まり、その鳴動の如く、著名な日本企業の海外支店等を舞台にした多額な簿外取引や不正取引が新聞紙上を賑わした。”Free””Fair””Global”をめざす金融制度改革は、わが国金融資本市場の国際標準化に向けての試練と言えるが、それは、従来型のわが国金融資本市場に身を委ねてきた全ての市場参加者にとっての試練にほかならない。
企業会計は「一般投資家や債権者等に代表される企業を取り巻く利害関係者に、意思決定を行うに足る情報を提供する」という重要な役割を担って発展してきた。日本企業の経営スキャンダルに関する報道が、特に、ニューヨーク、ロンドン、シンガポール等の主要金融市場で大きく取り上げられているということは、まさに、日本企業のディスクロージャーの不透明性に世界のマーケットが注目しているということである。
ところで、わが国の法人税法は確定決算主義を採用し、法人税の課税標準である所得金額の計算は、企業会計が基本となっている。企業会計の「真実性」は、租税会計の適法性に密接に関連しているのである。企業会計の適正性を担保するものとして会計監査があり、課税所得金額の適法性の確認プロセスとして税務調査があるが、これら二つの機能には、監査対象及び調査対象の内部牽制制度に依存した手続きであり、監査対象の全取引や調査対象の全取引を網羅的に確認するものではないという共通点がある。また、内部牽制制度により基本的な不正、誤謬が防止されれば、会計監査は特定領域に深度を深めて実施することができ、会計監査によって財務会計上の不正、誤謬が是正されていれば税務調査では租税会計特有の調査対象領域を深度を深めて確認すればよいこととなる。したがって、税務調査の在り方は、企業の内部牽制制度、会計監査に大きく左右されるのでる。著名な日本企業にあってさえ、海外支店等で行われていた不正や誤謬が、内部牽制制度で防止できず、会計監査でも発見されず、税務調査でも把握されなかったとすると、そこにはシステム上の大きな問題が隠れているのではないだろうか。
筆者は調査担当者として多くの税務調査事例に当たり、現実の企業会計及び租税会計を分析検討し、多くの職業会計人の方々と意見交換を行ってきた。これまでの実務の経験から実感したことは「企業会計の国際化はそのまま租税会計の国際化を意味し、会計監査の国際化と税務調査の国際化は同質の困難性に直面している。」ということである。
近年、不動産業務に関連する分野を中心に、日本法人による外国パートナーシップヘの投資事例が増加し、税務調査においても、多くの議論が重ねられている。わが国の経済と最も緊密な関係にある米国でのパートナーシップの現状を、米国内国歳入庁の統計で見てみると、1994年時点で約150万件のパートナーシップが存在している。これらのパートナーシップは約1,500万件のパートナーを構成員に持ち、約7,300億ドルを売上げ、約830億ドルの利益を計上している。その保有資産総額は約2兆3,000億ドルに及ぶ。ちなみに、個人事業者数は約1,600万件で、約7,900億ドルを売上げ、約1,670億ドルの利益を計上している。また、法人は約430万社で、約12兆8,600億ドルを売上げ、約5,770億ドルの利益を計上している。外国パートナーシップからの分配損益に係る情報の開示は、企業を取り巻く利害関係者にとって無視できない存在となっており、課税所得金額の計算上も重要な検討項目になってきていることがうかがえる。日本法人が外国のパートナーシップに投資を行った場合の、財務会計と租税会計の実務を検討してみると、そこには会計基準や法令及び通達の整備という制度上の問題と、外国の事業組織の会計記録をどの様に日本法人の会計に取り込み、会計監査を行うか、あるいは課税所得金額を計算し、税務調査を実施するかという実務上の問題が併存している。
納税者が、自主的に適正な申告を行うためには、課税関係の法的安定性を確保し、納税者に十分な予測可能性を確保しなければならない。そのためには、経済実態に相応しい法の整備が必要とされる。また、納税者の公平負担の要請に応えるためには、法令に規定された所得計算の原理、原則が具体的計算行為として実践され、さらにその合法性が無理なく検証されるシステムが存在しなければならない。その意味から考えると、外国パートナーシップに係る組合型所得計算方式の問題の根底には、自由主義経済の下での、民主的な租税制度の基本原則である租税法律主義と租税公平主義の問題が象徴的に存在していると言える。
本稿では、「外国パートナーシップ等への投資損益に係る税務上の取扱い」の実例を引いて、企業会計と租税会計、会計監査と税務調査が直面する具体的問題点を分析し、米国において採られてきた対応策を参考にしながら、今後の租税法の整備について若干の提言を行うとともに、外国の事業組織が海外での取引に基づいて作成する会計記録が適正に日本企業の決算書ないし税務申告書に反映しているかを調査するにあたり、どの様な対応策が必要かを提言したい。
本稿での研究の進め方は、第一章で「わが国の財務会計と租税会計、会計監査と税務調査について概説し、さらにこれらの国際化の流れ」を論ずる。次に第二章で「外国で設立される事業組織体であるパートナーシップのわが国の租税法上の位置づけ」を論ずる。第三章では、「わが国の民法及び商法に基づく組合契約の租税法上の位置づけ」について現状を分析し、問題提起を行う。そして、第四章で「わが国の法人と最もつながりの深い米国のパートナーシップに企業が投資を行い、損益の分配を受けた場合の税務上の諸問題」について実例をもとに現状分析を行う。第五章において、本稿での研究のまとめを行う。

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