(1)

 
崎 昇

税務大学校
研究部教育官


第1章 序論

1 米国の国際課税の動向

 米国は、従来の資本輸出の中立性を基本とした国際課税制度の上に、個別具体的な立法によるいわゆる抜け穴(loophole)ふさぎのための改正を行ってきたが(1)、米国の国際課税制度は1980年代以降大転換を遂げつつある。これは、世界経済における米国の相対的地位の低下を反映したものと言われている。
1950年代及び1960年代の米国は、その圧倒的な経済力を背景に自由貿易体制に適合するような国際課税制度を維持してきた。しかし、1980年代には、以前からその傾向はあったものの(外国税額控除の制限やサブパートF条項)、国際課税の側面において、自国の利益を追求する改正または論議がなされるようになってきた。そもそも、租税は財政目的(歳入の確保)のほかに、政策目的の実現の手法として用いられることが多いが、国内への資本流入の刺激策としてのポートフォリオ利子等の非課税化(空洞化対応策)や、米国の国際競争力を高め、米国企業の海外進出を促進することを目的とした、最近の国外所得免除方式採用の主張(国際競争力強化策)は、この政策目的を、税制により間接的に実現しようとするものである。これに、財政目的として外国企業に対する移転価格課税の強化等の動き(外国企業課税強化策)も加わり(2)、現在のアメリカ連邦所得税制度は、経済政策的要求と歳入確保の必要との妥協の上にたつパッチワーク的構造(3)となっている。

2 米国における本支店間クロスボーダー取引に係る課税問題

 さらに、近年はデリバティブ取引の急速な発達に伴い、クロスボーダーで行われる金融商品及び金融派生商品取引に係る国際課税上の問題が新たに発生してきているが、その中のひとつに、米国内国歳入庁による外国法人の米国支店の課税における本支店間取引の否認の問題がある。これについて、ある論者は次のように述べている(4)
「米国は同一法人は自分自身同志が契約の当事者になることはできないという観点から、本支店間又は支店間の取引を認識しない(Reg.1.446−3(c)(1)(i),Reg.1.863−7(a)(1),Reg.1.988−1(a)(10))(5)。したがって、米国支店が米国外本支店とヘッジング又はトレーディングを行った場合、その帳簿とは非常に異なる課税上の結果を生む。米国内国歳入庁長官は、独立企業間価格により米国支店が米国外本支店との利益を再配分する権限を与えられている。多くの大規模金融機関等は、現在世界規模でそのポジションを調整し、又は1日のうちにトレーディングが西廻りに移動することに伴って支店から支店へとブックを移動させる。米国支店に所得を帰属させるという米国の一般的ルールではこのような状況に対応できない。米国のルールではその取引の利益が米国に割当てられるかどうかに焦点があてられており、棚卸資産の販売その他の特殊な状況を除いては、課税管轄権間の所得の配分について考慮していない。したがって、実務上納税者は、その取引における比重の高いところを決定したり、帳簿の実績を目安として所得を割り当てなければならなかった。そして、税務当局は基本的には、それが所得を明確に反映しているならば、継続性の原則によりなされた帳簿上の配分を受け入れるだろう。また、未だ幅広い利用はないが(幅広い議論はある)、最近になって発展してきた事前確認(Advance Pricing Agreement:APA)手続きを通じてのフォーミュラ配賦方式が有効である。APAは、その性質や相対的な比重が特殊な納税者の状況を考慮して仕立てあげられるファクターを基礎とした、フォーミュラ配賦方式やPS法を提供することができる。典型的なファクターとなるのは、それぞれの取引場所の価値、その取引に関連するリスク及び取引の分量である。」
このように、クロスボーダーの本支店間取引の否認は、グローバル・トレーディングの課税問題にも影響を与えることになる。
グローバル・トレーディングの課税問題については、OECD租税委員会で議論され、1997年2月14日に、「金融商品のグローバル・トレーデイングの課税問題」報告書がディスカッション・ドラフトとして公表された。その中で、グローバル・トレーディングは次の3つの類型に分類されている(6)

(1) 統合取引モデル(Integrated Trading Model)
一企業グループにおいて「ブック」と呼ばれるポジションの取引権限を、通常はロンドン、ニューヨーク及び東京又は香港の各市場において、市場が開かれている取引拠点に移動して取引を実施するもの。

(2) 中央商品管理モデル(Centralized Product Management Model)
一個の金融商品のリスクと管理は、例えば、英国国債はロンドン支店、米国財務省証券はニューヨーク支店というように1カ所の取引拠点に集中する。管理する取引拠点は、様々なビジネス面の考慮によって決まる。

(3) 分離企業取引モデル(Separate Enterprise Trading Model)
各取引拠点が、子会社、支店を問わず、分離企業のように取引を実施する。各取引拠点は、自己のブックを持ち、相互間で取引することもある。
そして、分離企業取引モデル及び伝統的な中央商品管理モデルにおいては、比較的容易に従来の移転価格の方法が適用できる、としている。また、報告書の中では、支店形式でグローバル・トレーディングを行う場合の問題点のひとつとして内部取引が認識されない可能性にも言及している。
こうした流れの中で、本稿では、まず国際課税における外国法人の支店課税の一般的なルールをモデル租税条約に基づいて概観し、次に米国における外国法人の支店課税の制度を整理して両者の相違を明確にすることとする。その上で、上記報告書では従来の移転価格の方法が適用できるとされている、分離企業取引モデル及び伝統的な中央商品管理モデルで取引を行う米国支店において、その本支店間取引自体が否認されてしまうという問題に焦点をあてることとする。そして、米国において本支店間取引が認識されない論拠を明らかにし、米国支店がクロスボーダーで本支店間デリバティブ取引を行った場合の取扱い、及び日米租税条約の適用関係について検討することにより、問題解決のための基礎的な研究を行うこととしたい。

〔注〕

(1) 小松芳明「所得課税の国際的側面における諸問題」租税法研究21号 6頁。本文に戻る

(2) 中里実「アメリカにおける国際課税の動向と問題点」水野忠恒編著『国際課税の理論と課題』(税務経理協会1995年)227頁。本文に戻る

(3) 水野忠恒「アメリカ法人税の法的構造」(有斐閣1988年)318頁。本文に戻る

(4) Gregory May,The U.S.Taxation Derivative Contracts,68TaxNotes1634−1635 (1995).本文に戻る

(5) Reg.1.446−3(c)(1)(i)は、想定元本取引の定義規定であるが、納税者は自分自身を契約相手とすることは出来ないという理由で(because a taxpayer cannot enter into a contract with itself)、納税者とその適格事業単位(qualified business unit)間又は同一納税者の適格事業単位間でなされる契約は想定元本取引ではないとし、本支店間デリバティブ取引は認識しないとしている。
Reg.1.863−7(a)(1)は、ソース・ルールにおける想定元本取引に帰属する所得の配分規定であるが、Reg.1.446−3(c)(1)(i)と同様に本支店間取引は認識しないと規定している。
Reg.1.988−1(1)(10)は、外貨建取引(988条取引)の認識規定で、納税者とその適格事業単位間又は同一納税者の適格事業単位間でなされる取引(“intra−taxpayer tran−saction”)は988条取引としないと規定し、本支店間外為取引は認識しないとしている。本文に戻る

(6) 「金融商品のグローバル・トレーディングの課税問題」報告書パラ46〜63。本文に戻る

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