(1) 

 
香取 稔

国税庁人事課考査係長


序章 はじめに

 1 後継ぎ遺贈

 いわゆる後継ぎ遺贈とは、「遺言者から第1次受遺者へ、そして、遺言者の意思によって定められた条件や期限の到来によって、第1次受遺者から第2次受遺者へ遺贈利益が移転する遺贈である。」といわれている(1)。例えば、「『(1)本件不動産をYに遺贈する。(2)Yの死亡後はその相続人?]らがその権利を承継する』といった右の遺言の(2)の部分」である(2)。この種の遺贈に関して、学説は、遺言者の単なる希望を述べたにすぎず、遺贈としての法的効力を有しないと否定的に解する見解と、そこには何らかの法的拘束力を認められるべきものと 見解が対立している(3)。この学説の見解に対し、昭和58年の最高裁判決は(4)、後継ぎ遺贈といえる遺贈に関して、事案によってはある種の遺贈類型に該当し、有効な遺贈と解することもできると判示している(以下「昭和58年最高裁判決」という。)。
ところで、後継ぎ遺贈に対する需要は決して少なくなく、そのことは、これまで行われた遺言の実態調査から裏付けられており(5)、現実に次のようなケースがある。

1 妻との間に子のいない夫は、妻に財産を残したいが、妻の死亡後は、妻の親や兄弟にその財産を相続させるよりも、自分の兄弟に承継させたいと望むケース。(6)

2  後妻との問に子のいない夫は、後妻に財産を残したいが、後妻の死亡後は、後妻の親や兄弟、又は後妻が再婚するかもしれない将来の夫に相続させるよりも、自分と先妻との間の子に承継させたいと望むケース(7)

3  居住用不動産が主たる財産である夫は、妻が生存中は、子との遺産分割のための不動産の売却を回避して、その不動産を妻の居住用として確保してやりたいが、妻の再婚の可能性等を考慮し、妻の死亡後は、その不動産を確実に子に承継させたいと望むケース(8)

4  株式会社を経営する父親は、長男に事業を承継させたいが、長男の死亡後は、経営手腕から判断して、長男の子(孫)よりもむしろ次男に事業を承継させたいと願い、その会社の過半数の株式を長男から次男へと承継させたいと望むケース(9)

 また、最近の統計によれば、1年間に全国の公証人役場で作成された公正証書遺言の件数は約48千件、(10)全国の家庭裁判所で検認を受けた自筆証書遺言の件数は約7千件(11)である。公正証書遺言、自筆証書遺言ともに10年前の件数と比較すると、その増加率は前者は約1.2倍、後者は約2.3倍であり、遺言をする人の数は確実に増加している。この原因は、個人資産の増大・核家族化による家族の絆の希薄化・相続人の権利意識の向上等を背景にし、個人企業経営資産の細分化の防止及び残存配偶者の生活保障を遺言によってトラブルなく行うためだといわれている(12)
さらにはまた、後継ぎ遺贈と同様の効果をもたらすものが、英米では既に信託(以下「連続受益者型信託」という。)を用いて広く一般に行われており(13)、今後、我が国においても普及していくことも考えられる。
以上のような諸情勢を踏まえると、今後、後継ぎ遺贈は時代のニーズにマッチしたものになっていくのではなかろうか(14)

2 課税上の問題点

(1) 後継ぎ遺贈についての最高裁の考え方
昭和58年最高裁判決は、「不動産をY(遺言者の配偶者)に遺贈する。Y死亡後は?](遺言者の兄弟姉妹等)らが不動産を分割所有する。」旨の遺言を、1Yへの単純遺贈であり、?]らに対する遺贈部分は遺言者の希望を述べたにすぎないと解する余地もあるが、2Yに対する遺贈につき遺贈の目的の一部である本件不動産の所有権を?]らに移転すべき債務をYに負担させた負担付遺贈と解するか、また、3?]らに対しては、Y死亡後時に本件不動産の所有権がYに存するときには、その時点において本件不動産の所有権が?]らに移転するとの趣旨の遺贈と解するか、さらには、4Yは本件不動産の処分を禁止され、実質上は本件不動産に対する使用収益権を付与されたにすぎず、?]らに対するYの死亡を不確定期限とする遺贈であると解するかの各余地も十分あり得るとした。
つまり、最高裁は、後継ぎ遺贈を単なる単純遺贈(15)と解したのではなく、条件付遺贈、期限付遺贈、及び負担付遺贈のいずれかにあたると解してその効力を認めようとしたものと考えられる(16)

(2) 課税上の問題点
後継ぎ遺贈の法律構成を最高裁判決は、条件、期限、あるいは負担が付された遺贈(以下「附款付遺贈」という。)として捉えている訳であるが、このような見方に立って相続税の課税関係を考えると、例えば、次のような問題がある。

ア  通常の場合であれば、本件不動産は、被相続人からYへ、Yから?]へと、2回の相続又は遺贈の効力により移転されるため、現行相続税の課税方式を遺産取得税方式とみようが、あるいは遺産税方式とみようが(17)、2回の相続税が課税されることになる。これに対して、本件遺言を附款付遺贈とみた場合は、同様に本件不動産は移転されるのに、それは私法上1回の遺贈の効力によるものとしてみざるを得ないため、1回の相続税しか課税されないことになる。

イ  最高裁の示した4の見解は、本件不動産の使用収益権(利用権)をYに与えることを負担とした?]への負担付遺贈と解することもできるが(18)、課税実務上、利用権の価額は零として取り扱われているので(19)、Yは取得した利用権について相続税が課税されず、?]は本件不動産の価額により相続税が課税されることになる。

 そこで本稿では、後継ぎ遺贈が行われた場合の相続税課税上の問題点及びそれに対する考え方について研究することとした。

3 検討方法

 最高裁の遺言解釈の基本的スタンスは、遺言者の遺志を可能なかぎり認めようとしている(20)。また、いまや、世界の経済と流通はボーダーレス時代を迎えたといわれており、仮に我が国で私法上後継ぎ遺贈が許されないとしても、外国へ財産を移転したり、あるいは移住することによりそれを行うことは可能なのである。したがって、上述した課税上の諸問題は、現在のところ表面化していないが、将来的にはかなり重要な問題になってくると考えられる。
そこで本稿では、まず第1章において附款付遺贈とはどのような法的効力をもつ遺贈なのかを明らかにし、それを踏まえて相続税の課税関係を考察する。次に第2章において後継ぎ遺贈の法律構成を明らかにし、その法律構成に応じた一般的な相続税の課税関係を示し、比較の意味で、連続受益者型信託に係る相続税の課税関係と、ドイツの相続税について、それぞれ概観する。続いて第3章において後継ぎ遺贈の法律構成を利用権を負担とする第2次受遺者への負担付遺贈とみた場合、その利用権は相続税課税上の負担となるのか否かについて考察する。最後に第4章において後継ぎ遺贈の課税関係に既存の附款付遺贈の課税関係を適用することによる問題点及その解決策を考察し、今後の後継ぎ遺贈の利用に備えるものとする。

〔注〕

(1) 稲垣明博「いわゆる『後継ぎ遺贈』の効力」判例タイムズ662号40頁本文に戻る

(2) 太田武男『判例・学説家族法』(有斐閤、昭59年)249頁
なお、後継ぎ遺贈の具体的な書式については、浦川登志雄=岡本和雄『遺言に関する文例書式と解説』(新日本法規出版、昭61年)213頁に次のとおり記載されている。

遺言書
遺言者東山太郎は、次の財産をいとこの東京都足立区西新井6丁目5番7号春山重夫 に遺贈する。しかし、遺言者の甥の東京都渋谷区代々木5丁目3番2号夏川秀人が大学を卒業したときは、同人が前記財産を取得することとし、春山重夫は夏川秀人に対し、前記財産につき遺贈による所有権移転の登記手続をすること。
東京都大田区田園調布3丁目5番
宅地330.25平方メートル
昭和55年6月25日
遺言者 東山太郎 印

(注解)

1 これは、後継ぎ遺贈の遺言である。

2 後継ぎ遺贈は、例えば「受達者甲の受けている遺贈の利益を、一定の条件の成就又は期限の到来後は、受遺者乙に移転させる」旨の遺言である。

3 この場合、乙は遺言者死亡の時に存在することを要せず、条件の成就又は期限到来の時に存在すればよい(中川=泉501)。

4 不動産が後継ぎ遺贈の目的となっている場合、その公示方法については、不動産登記法第38条、第59条の2第3項参照。

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(3) 後継ぎ遺贈を肯定するものとして、穂積重遠『相続法第2分冊』(岩波書店、昭22年)404頁、和田于一 『遺言法』(精興社書店、昭13年)237頁、近藤英吉『判例遺言法』(有斐閤、昭13年)161頁、高野竹三郎『相続法』(敬文堂、昭50年)459頁、有泉亨『親族法相続法』(弘文堂、昭49年)228頁、遠藤浩ほか編『民法(9)相続』〔水本浩〕(有斐閤、平3年)211貫、山本正憲『家族法要説』(法律文化社、平2年)250頁、稲垣・前掲注(1)40頁−48頁など、また、否定するものとして、杉浦史於「遺言と信託」信託法研究6号15頁、中川善之助=泉久雄『相続法〔新版〕』(有斐閤、昭61年)494頁、久貴忠彦「後継ぎ遺贈の可否」判例タイムズ688号376頁、國府剛「自筆証書遺言の解釈に違法があるとされた事例」民商法雑誌89巻4号553頁、大島俊之「いわゆる『後継遺贈』について」『谷口知平先生追悼論文集3財産法、補遺』(信山社、平4年)469頁。 本文に戻る

(4) 最判昭和58年3月18日(判例時報1075号115頁) 本文に戻る

(5) 野川調査(京都家庭裁判所本庁において、昭和31年より昭和41年までに遺言書検認事件として係属し、検認を終了した自筆遺言206例に関するもの)によれば、妻に遺贈し妻死亡後の相続を指示したものが4件(1.9%)ある(野川照夫「自筆証書による遺言の実態−遺言書検認事件よりみて-」ジュリスト390号87頁−93頁、391号88頁−93頁)。
このほか最近のものとして、太田調査(京都家庭裁判所本庁及び支部において昭和48年度より昭和50年度までに遺言書検認事件として係属し、検認を終了した95例に関するもの)によっても、件数は不明ながら同様の遺言がある(太田武雄編『現代の遺言問題』(有斐閤、昭54年)323頁−324頁)。 本文に戻る

(6) 前掲注(4)のケース本文に戻る

(7) 座談会「調停にあらわれた遺言の諸問題」における裁判官沼辺愛一の発言(ケース研究125号105頁)本文に戻る

(8) 植田淳「わが国における連続受益者型信託−導入可能性に関する基礎的研究−」信託180号7頁本文に戻る

(9) 植田・前掲注(8)7頁本文に戻る

(10) 公証108号111号(日本公証人連合会)

59年 60年 元年 2年 3年 4年 5年 6年
件数 39960 41541 40941 42870 44652 46764 47104 48156

(単位:件)

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(11) 平成6年司法統計年報3家事編(最高裁判所事務局)

59年 60年 元年 2年 3年 4年 5年 6年
件数 3130 3301 5262 5871 6191 6696 7434 7349

(単位:件)

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(12) 鼎談「遺言の活かし方」における住友信託銀行法務室長水澤慎の発言(ジュリスト881号6頁-7頁)本文に戻る

(13) イギリス全土で、約20万件にのぼると言われている。D.J.Hayton,"Modernising the Trustee Act 1925"(1993年6月15日信託協会講演:新井誠訳「1925年受託者法の近代化」信託175号82頁)本文に戻る

(14) 高橋明弘「後継ぎ遺贈−『後継ぎ遺贈』の是非および法律構成の検討−」日本大学院法学研究年報22号157頁−198頁本文に戻る

(15) 単純遺贈とは、条件付遺贈・期限付遺贈・負担付遺贈に対して、無条件無期限無負担の遺贈をいう(穂積・前掲注(3)401頁)。本文に戻る

(16) 稲垣・前掲注(1)40頁本文に戻る

(17) 現行の我が国の相続税の課税体系は、遺産取得税体系を基本としながら遺産税体系の要素をとり入れたものとされている(桜井四郎「相続税法の一部改正」財政臨時増刊23巻6号97頁)。本文に戻る

(18) 國府・前掲注(3)560頁本文に戻る

(19) 昭和48年11月1日付直資2−189ほか「使用貸借に係る土地についての相続税及び贈与税の取扱いについて」通達本文に戻る

(20) 例えば、最判平成5年1月19日(家庭裁判月報45巻5号50頁)では、「遺言の解釈に当たっては、遺言書に表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきであるが、可能な限りこれを有効となるように解釈することが右意思に沿うゆえんであり、そのためには、遺言書の文言を前提にしながらも、遺言者が遺言書作成に至った経緯及びその置かれた状況等を考慮することも許されるものというべきである。」と判示している。また、最判昭和58年3月18日も同趣旨(本稿第2章第1節1参照)。本文に戻る

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