小野 雅也

東京国税局課税第一部国税訟務官室 総括主査
前 税務大学校研究部教育官


はじめに

 最近、被告課税庁の推計による課税処分に対して、原告納税者が訴訟の場において実額をもって反論する(いわゆる実額反証)というケースが多くみられ、裁判所は実額反証を取り入れて課税処分の適否を判断する事例が少なくない。
ところで、原告がする実額反証の中には、被告の主張する収入金額を認めた上で必要経費のみを主張・立証するケースがあり、その場合、裁判所は、「総収入金額及び必要経費の双方を立証する必要がある。」とか、「総収入金額、必要経費及び両者の対応関係まで立証する必要がある。」旨判示し、必要経費のみを主張・立証したとしても実額反証として奏功しないとして原告の請求を棄却するものが主であった。しかし、最近の裁判例の中に、被告が把握し得た収入金額を基に算出所得を推計し、特別経費を実額により控除して所得金額を算定したのに対し、原告が被告の主張する収入金額を認めた上で必要経費を実額で主張したという事例において、「被告主張の収入金額に捕捉漏れがあることを疑うに足りる理由が示されたとか、原告の経費実額の主張が、その収入金額と通常バランスを失するものであることが示されたような場合において、はじめて実額主張に係る収入金額と経費との対応関係の立証が必要とされる。」(東京地裁平成5・9・13判決)とするものが現れた。そして、同判決では、上記の考え方を前提として、まず、一般経費部分について原告主張の実額と被告主張の推計額とを比較し、原告主張の実額の一部を認定しながら、それが被告主張の推計額に数額的に及ばないから実額反証が奏功しなかったとして被告主張の推計による一般経費額を採用し、次に、特別経費部分について双方の主張額を比較し、原告主張の実額は被告主張のそれを数額的に上回るから反証として有効であるとして原告主張額を採用したため、被告が一部敗訴するという結果になった。
前記裁判例のように、部分的実額反証が行われた場合において、原告が立証に成功した実額による一般経費の額が推計によるそれを下回るから実額反証が奏功しなかったとして被告主張の推計額を採用し、一方、特別経費部分は被告の主張実額よりも原告のそれが数額的に上回るとして原告主張額を採用し、結果として課税処分の一部を取り消すのは果たして妥当な結論といえるであろうか。その結論を左右する一因として、推計額と実額とが立証された場合、いずれを採るかは推計課税における主要事実をどうとらえるかが関係しているのではないかとも考えられる。そこで、本稿は、推計課税と実額反証に関する最近10年ほど(昭和61年以降) の裁判例を分析することにより、推計課税における主要事実をどうとらえるべきか、実額反証の性質はいかなるものかという点を中心に検討を行うこととする。
本稿の構成は、以下のとおりである。まず第1章で推計課税の本質はいかなるものかという点を検討する。次に、第2章で推計課税の主要事実をどうとらえるべきかという点を検討する。さらに、第3章では実額反証の性質はいかなるものかという点を検討する。続いて、第4章では実額反証の立証の程度及び範囲をそれぞれ検討する。そして、第5章において、東京地裁平成5年9月13日判決を素材として、推計課税と実額反証に関する総合的考察を試みることとする。
なお、本稿文中に用いた文献の略語は次のとおりである。

行集…………行政事件裁判例集
訟月…………訟務月報
税資…………税務訴訟資料
判タ…………判例タイムズ
判時…………判例時報

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