井上 一郎

租税資料室
研究調査員


まえがき

 此処で紹介する法制資料は、本誌第25号において紹介した「今次大戦」の後始末を主眼とした戦時利得の没収措置を基軸とした財産税法等3新税法案および経済危機突破緊急対策としての金融緊急措置令、日本銀行券預入令及び臨時財産調査令並びにこれら事態の推移の中で変化し、当初の意図とは異なった結果を将来することとなった関連の法令をとりあげる。
取り上げる法令の範囲は、第25号で取り上げた解説記事に相応するが、年代的に見れば、昭和20年12月31日の3新税法案(GHQへ承認をもとめた原案)から、翌年の8月8日の金融緊急措置令施行規則(大蔵省令)の改正までの法令である。但し、これらの法令については、法令の改正の折り込み済の法令及び改正する法令をも取りあげる。
改正する法令をなぜ取り上げるかは、言うまでもなく法令自体が改正の方向を秘めている1つの法思想体系に外ならないからである。従って、改正する法令の時系列的理解は、法令が行政技術としての手段であっても歴史発展の動機をその中で見出すことが出来るからである。
しかも、此処で取り上げる法令は、個々の法令自体としては、将来設けられる新税のための金融資産の調査を目的とした臨時の財産調査にかかるものであり、また、従来の日本銀行券(お札)を新しいお札に変えるための手段として日本銀行券を強制的に預け入れさせることを主眼とした日本銀行券預入令であり、これらにより、一つのシステマテイックな状況によって、またそのような状況を作りだすことによって財産調査の最も困難な金銭財産の調査をなし遂げようとしたものである。
  勿論、これに効果的に作用したのが金融緊急措置令であり、インフレ克服のため、生活に必要なぎりぎりの金額の保有を認め、その他の金銭はこれを日本銀行券預入令により日本銀行にお札を還流させた。その際、これをも臨時財産調査令の適用事項として財産調査を効果的にした。なお、将来金銭に代替できる預貯金等及び株券等有価証券並びに生命保険、無尽、年金等をも当然財産調査の対象項目としたことはいうまでもない。しかも、これらの調査対象財産は、換金処分を不能とするため、これを臨時財産申告時に封鎖することとし、封鎖をしたことを証するため申告書にその旨の申告済証紙を貼付し、また、申告に応じた証券等にも同様の申告済証紙を貼付した。お札は、新券と交換するが、当座凌ぎのため券面金額入りの申告済証紙類似のものが貼付された。臨時財産調査に応じなかった金融資産は、その効力を失しなうという強行措置がとられた。そしてこれらの法令は、時間の経過とともに社会情勢の変化に伴い、各施行規則の改正がすすみ(25号378頁参照)、昭和21年8月8日戦時補償の打ち切りと財産税の実施が射程距離に入ってきたところで、その前段階措置として、「金融緊急措置令施行規則の改正」が日程に上り、閣議決定となり、同月11日改正省令及びそれに基づく大蔵省告示が公布された(これについては、25号503頁参照)。
本号で取り上げる法令は、今後、すなわち、戦時補償の打切り(戦時補償特別措置法)及び財産税(財産税法) の実施を前提とした一つの法領域(相互補完の関係にあって、いずれの法令ともからみあって、ネットワークを形成しているそのような法の領域)が徐々にではあるが、措置の実施及び課税環境の整備の一環として醸成に向かっていることを示すことが出来ればと思う。そのような意図でもって、改正する法令をも敢て取り上げた。

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