高久 隆太

東京国税局
調査第三部


はじめに

 我が国経済の国際化の進展、経済のボーダーレス化が進む中で、各国は主権に基づく固有の課税権(以下「租税高権(Steuerhoheit)」という。)を有するため、同一の企業あるいは同一の取引(所得)に対し、複数の国が課税することによる二重課税の問題が著増している。同一の企業に対する二重課税は一般に法律的二重課税、同一の取引に対する二重課税は経済的二重課税と呼ばれる。各国は、このような国際的二重課税を排除し、国際間の資本・技術等の流れを円滑にするため、租税条約を締結している。租税条約は、一方又は双方の締約国の措置(更正処分等)により結果的にその条約の規定に適合しない課税が行われた場合等には、税務当局の代表者(以下「権限のある当局」という。)間で協議(以下「相互協議」という。)を行い、これにより解決する旨定めている。
数年前、我が国自動車メーカーの米国子会社が米国内国歳入庁(IRS)から移転価格課税を受け、相互協議の結果我が国の国税庁が税額の還付を行ったとの報道がセンセーショーナルになされたことは記憶に新しい。
lRSが、我が国親会社からその米国子会社に輸入した商品につき、その価格(輸入価格)が適正価格(以下「独立企業間価格」という。) に比較して高過ぎた結果米国子会社の利益が不当に小さくなり、米国に納付する税額が減少したとして、その輸入価格を引下げる更正処分を行う場合がある。このような課税が行われた場合、我が国親会社では当初の輸出価格に基づいて課税所得が算定されていることから、IRSの移転価格課税の対象となった所得については、日米双方の国で課税されることとなる。法律的には、我が国親会社と米国子会社は別法人であり、一つの法人としては二重課税を被るものではないが、企業グループとしては、同一の所得に対し日米両国から課税される経済的二重課税を被ることになる。
日米租税条約25条は、一般に、租税条約の規定に適合しない課税の回避等のための相互協議について規定しており、移転価格課税により経済的二重課税が発生する場合には納税者の申立てに基づき権限のある当局間で協議が行われることとなる。この協議において、米国子会社の輸入価格が高過ぎたことが確認され、我が国親会社の所得を減額することで合意に達した場合には、我が国親会社の利益を減額する更正(以下「対応的調整」という。)が行われる。この対応的調整により日本の法人税が還付され、経済的二重課税は排除されることとなる。一方、我が国においても、1986(昭和61)年に移転価格税制が導入され、我が国企業と諸外国における関連企業との取引が独立企業間価格によっていなかった場合には、移転価格課税が行われることとなった。したがって、我が国税務当局が、例えば、我が国企業の米国子会社に対する輸出価格が低過ぎるとして移転価格課税を行い、相互協議の結果、米国子会社の所得を減額することで合意した場合には、米国において法人税の還付が行われ、二重課税が排除されることとなる。
このような移転価格課税問題をはじめとする国際課税問題は今後も増加すると予想されることから、その解決手段の一つである権限のある当局による相互協議の果たす役割はますます重要になってくるものと思われる。ところが、この相互協議については、我が国が諸外国との間で協議を行うこととなったのが比較的最近であること、また、その事例も多くないことから、我が国におけるその実施手続、実施方法及び協議において合意が成立した場合のその法的性格等が必ずしも充分明確にされているとはいえない。例えば、納税者は、国内法による救済手続(異議申立て、審査請求及び訴訟)とは別に租税条約に規定する相互協議を求めることができるが、双方が同時に申立てられた場合の取扱い、あるいは裁決又は判決が先に出された場合のそれらの相互協議に対する拘束力等については明文の規定が置かれていない。
そこで、本稿では、相互協議の本質を探り、相互協議について豊富な経験を有する米国の相互協議手続に関する国内法上の規定を研究し、それを踏まえて我が国の相互協議手続及び執行の在り方について、可能な限りの提言を試みることとする。

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