長坂 光弘

国税庁徴収部
管理課


序章 考察に当たって

 国税徴収法187条(滞納処分免脱罪)は、1項で「納税者が滞納処分の執行を免れる目的でその財産を隠蔽し、損壊し、国に不利益に処分し、又はその財産に係る負担を偽って増加する行為をしたときは、その者は、……」と規定し、適正な滞納処分の執行という国家権力作用を保護し、もって租税徴収の確保を侵害する危険を防止することとしている。
しかしながら、従来、この罰則規定がどれだけ機能しているかというと、必ずしも満足するべくものではないようである。
ところで、租税における公平の原則は、単に課税面における公平負担の原則にとどまらず、徴収面においても重視されなければならないものである。このことからいっても、滞納処分の執行を免れる行為に対しては、厳然たる態度で臨む必要があることは言をまたない。
そこで、本稿においては、本条と規定の仕方を同じくする刑法96条の2(威制執行免脱罪)を一つの手掛かりとして、解明の進んでいない国税徴収法187条(滞納処分免脱罪)の本質を明確にし、罰則規定の適正な運用の一助としようとするものである。
なお、論述の構成に当たっては、第1章では、国収徴収法187条(滞納処分免脱罪)の罪を考える前提として、規定の仕方を同じくする刑法96条の2の罪(強制執行免脱罪)の罪質について考察してみようとするものである。具体的には、先ず、刑法96条の罪(強制執行免脱罪)の成立には基本債権の存在が必要であるか否かに関する判例・学説を概観し、次いで、本条の文言にはないが、最高裁判例によれば強制執行の切迫性が構成要件とされる旨を判示しているので、この点について考察した後、保護法益、私的債権の保護の制度と強制執行免脱罪の位置づけについて述べてみることとする。
第2章では、強制執行免脱罪と滞納処分免脱罪が如何なる関係にあるのかを検討し、それを踏まえ、刑法96条の2(強制執行免脱罪)と国税徴収法187条(滞納処分免脱罪)の規定を対比しつつ、1滞納処分免脱罪の保護法益、2記述されない構成要件要素としての滞納処分の切迫性、3滞納処分の切迫性の判断基準、4免脱の目的について考察した上、各税法上のほ脱犯との関係についても論及しようとするものである。
第3章では、以上の手順で検討すれば、国税徴収法187条(滞納処分免脱罪)に記述されていない部分の罪質がかなり明らかになると思われるので、次いで、本条に記述されている構成要件要素である行為の態様、犯罪主体について考察しようとするものである。
第2章及び第3章が本稿の中心をなす部分である。
最後に第4章では、第2章及び第3章で論述しようとした論点を次のように整理することを試みて、本稿のまとめとするものである。

1 強制執行免脱犯と滞納処分免脱犯の関係

2 滞納処分免脱犯の構成要件

(1) 保護法益

(2) 犯罪主体(特に刑法総則の共犯規定の適用の有無)

(3) 免脱行為が可罰的となる時期

(4) 滞納処分を免れる目的の認定方法

(5) 免脱行為とされる範囲

(6) 行為の態様

3 滞納処分免脱犯と各税法上のほ脱犯との関係

4 刑法の罪との関係

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