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浦上 章夫

国税庁課税部
資料調査課


はじめに

 最近、国際的な経済活動が活発化しており、人・資本・財貨・サービスなどの国際的移動がますます盛んになっている。こうした中で、1985年からの数年間で、海外不動産投資が、法人・個人を問わず急増したと言われて(1)いる。
これには、いろいろな理由が考えられるが、以下のようなものが挙げられる(2)
1 1985年のプラザ合意に端を発する円高の加速(85年2月263円⇒88年1月120円)
2 金利低下による金余り現象
3 不動産所得の赤字を他所得と損益通算する節税対策の海外への波及
4 日本の地価高騰や長期金利の低下により、相対的に海外資産の投資利回りが向上したこと(3)
5 日本の地価高騰により、日本での投資機会の減少
6 アメリカ、オーストラリアなどはカントリーリスクが低く、不動産の価格が相対的に割安
7 海外不動産投資に規制が少なく(4)、外国においても外国人の不動産投資に規制が少なく、所有権が保証されていること
8 リゾートブームにより福利厚生施設に利用したり、海外にセカンドハウスをもつ精神的満足感
9 海外旅行が一般化(5)して、外国が身近なものに感じられること
10 昭和六63年12月の相続税の規制の強化により相続税・贈与税のない(6)国へ資産をシフトすること
こうした状況下において、個人の海外不動産所有者が死亡したときの相続税の課税件数が今後増加することが十分予想される。更には、投資先がアメリカ・オーストラリアを中心に各国に拡がっていること(7)や財産所有形態、相続の仕組み等が日本と異なることなどから、この課税には多様かつ複雑な問題があることを想起させる。相続税の課税問題として、1そもそもの相続の手続、2外国法と日本法との抵触を規律する国際私法上の問題及び3相続税法の適用上の諸問題(住所の判定、相続の意義、取得時期、財産の評価等)が挙げられるが、これらの問題のすべてを一挙に、更に各国別に解決することは困難である。
そこで、本稿においては、最も典型的なケースである被相続人及び相続人のいずれもが日本人で、日本の居住者であり、かつ、財産が海外にある場合を想定し、この場合の海外財産の相続に関する具体的な法的手続、方法はいかなるものなのか、また、その相続に関して現行相続税法の適用関係はどうなるのかという点を中心としてこれを解明し論及する。なお、その研究の手掛かりに、相続税の課税問題の事例を想定して、それに対する相続税法の具体的適用関係を明らかにすることを糸口とし、一般的な海外財産(8)の相続と相続税法適用上の問題点の一端を解明することとしたい。
なお、本稿で参照する法律等は、平成3年12月現在のものである。

(1) 総額をおさえる統計がないので全容をとらえるのは、困難である。ましてや、個人・法人別の計数となると概数すら存在しない。ただし、大蔵省が対外不動産投資について発表したものがあるのでここに掲げる(財政金融統計月報452号「対外民間投資特集」 42・43、50・51頁(大蔵省印刷局、平1・12))。

対外不動産投資の推移
対外不動産投資の推移のグラフ

しかし、上記統計には、日本企業が海外で資金調達して不動産を購入した分は含まれておらず、全体の1/2から1/3程度しかとらえていないという声がある (朝日新聞2・2・5)。
特に多い対米不動産投資の額について、アメリカの有力な不動産調査機関の調べによると、1985年に18億ドルに過ぎなかったが、87年は127億ドル、88年は165億ドルと急増したが、89年には148億ドル、90年は130億ドル、91年は30〜50億ドル程度と減少傾向にある。89年の内訳は、カリフォルニア36%、ハワイ30%、ニューヨーク16%で事務所ビルからホテル・リゾート施設へと変化している(1989年版現代用語の基礎知識37ページ、日経新聞2・3・13(夕)、日経新聞4・2・21 (夕))。90年度の海外不動産投資は、金融引締めや海外不動産不況の悪化などの影響で減少に向かう公算が大きく(日経新聞3・2・22)、不動産各社は、海外不動産投資を縮小する傾向である(日経新聞3・4・15)。
個人で海外不動産投資が、中小企業のオーナーや大手企業の役員、医者といった資産家層に増えているといわれる(日経新聞2・9・10)。また、法人が投資をしても、それを国内において個人に分譲しているケースもあると思われる。したがって、相続税・贈与税において海外財産が問題となるケースが増加するものと思われる。本文に戻る

(2) 以下のものを参照した。
前仲邦昭『実践海外投資Q&A』119・120頁(清文社、平2)
澤田壽夫『新国際取引ハンドブック』340・341頁(有斐閣、平2)
緑川正博「節税対策が海を越える理由・背景」速報税理平2・4・11号、27・28頁
三菱信託銀行ほか編『日本列島空間開発メガトレンド』253・254頁(東洋経済新報社、平1)
林俊明『アメリカで儲ける本』39から105頁(ダイヤモンド社、昭62)
速報税理昭62・10・11号、16頁
納税通信2098号、5頁(平1・11・13)
税経通信昭62・9、臨時増刊号、207頁
木頭信男『海外不動産投資がわかる本』10から21頁(リクルート出版、昭62)本文に戻る

(3) 現在、アメリカの主要都市では供給過剰等による不動産不況が始まっており、空き部屋率は上昇し住宅価格は下がっているが、ハワイでは逆に年率36%の値上がりをしているといわれる (日経新聞2・11・13、2・12・14)。日本の対米不動産投資も、89年の148億ドルから90年は100から130億ドル、91年は70から100億ドルに落ち込むと予想されている (日経新聞2・12・15)。本文に戻る

(4) 海外不動産取得についての日本の規制の推移は以下のとおりである(財政金融統計月報460号「国際収支特集」89から90頁(大蔵省印刷局、平2・8))。
46・7・1 実需(個人住宅用、事業所用等自己のために使用するもの) に基づくものは、日銀自動許可。
47・6・8 すべて日銀自動許可。
49・1・18 実需原則の復活。
52・6・27 実需原則を撤廃し、すべて日銀自動許可。
53・4・1 南アフリカ共和国等特定地域にある不動産を除き、許可制から事前届出制へ。
55・12・1 自由化本文に戻る

(5) 海外旅行者数は86年に500万人だったものが、90年は1,099万人となり、主な渡航先は、ハワイ、グアム島などアメリカが33%と一番多い (日経新聞3・5・4)。本文に戻る

(6) 贈与税の制度が全くない国、あるいは低税率の国に資産を買い求め、その後、子供をその国に住まわせ、非居住者に該当させた段階で資産を贈与するという節税策が紹介されている(納税通信2154号(平2・12・24)1頁)。そこで、海外不動産投資が多い主要国の相続税及び贈与税を掲げる。なお、こうした節税策に対する対応として、第2章注(28)参照。

オーストラリア……相続税及び贈与税はない。財産の生前贈与は当該財産の価値が贈与者の所有期間に増加した場合、贈与者へ譲渡益課税となることもある。譲渡益は一般に死亡時には生じないものとして取り扱われる(現金以外の財産が非課税財団等へ移転する場合は除く。)。しかし、資産が執行者又は受益者により売却されるとき、譲渡益が認識される (Coo-pers & Lybrand "1988 International Tax Summaries"' 以下「Summaries」と略す。)。

カナダ……相続税及び贈与税はない。しかし、贈与時、死亡時又は移民時に資産は譲渡したものとみなされてキャピタルゲイン課税の対象となる (緑川正博「国外の資産課税の現状と実務上の留意点」税経通信平3年6月号、99・100頁)。

イギリス……相続税(遺産課税方式)は累進で最高60%の税率で、居住者は全世界財産、非居住者はイギリス所在の財産のみが課税対象となる。非課税金額は、128千ポンドである。贈与税はないが、死亡前7年以内の贈与は次の割合で遺産に含まれる。3年以内は100%、4年以内は80%、5年以内は60%、6年以内は40%、7年以内は20%の割合である (Summaries)。

フランス……相続税(遺産取得者課税方式)及び贈与税については、居住者は全世界財産、非居住者はフランス所在の財産のみが課税対象となる。相続税の基礎控除は、配偶者・直系血族については27万5千フランと高く、他の者は1万フランである。配偶者・直系血族に対する最高税率は40%であるが、他の者は親等が遠くなるほど税率は高くなる (Summaries)。
旧西ドイツ……連邦税として相続税(遺産取得者課税方式)及び贈与税が課税される。税率は3%から70%までの累進税率であり、親等が遠くなるほど税率は高くなる (Summaries)。

香港……遺産税は累進で最高18%の税率で、死亡時の個人の香港の財産に課税される。遺産税の非課税金額は、200万香港ドルである。贈与税はないが、死亡時の3年前までになされた贈与は遺産に含まれる。被相続人の居住用家産は遺産から除かれる (Summaries)。

韓国……相続税及び贈与税は受益者が韓国に住所のある場合、すべての財産に課税される。制限納税義務者は韓国に所在する財産のみが課税対象となる。相続税の税率は18%から60%、、贈与税は31%から67%で更に20%の防衛税が追加される (Summaries)。

ニュージーランド……贈与税は27,000NZドルを超える部分について課税される。遺産税は45 ,000NZドルを超える純財産に課税される (Summaries)。

フィリピン……遺産税が課税され、3%から60%の税率で課税される。贈与税は暦年毎に課税され、累積で課税されることはない。贈与税は1.5%から40%まで贈与者に課税される (Summaries)。

アメリカ……第2章第4節参照本文に戻る

(7) オーストラリア……クインズランド州は外資の半分は日本企業である (日経新聞2・4・18)。
香港……89年は、約1,600億円で前年の2倍である (日経新聞2・2・17)。
イギリス……89年は約7,000億円で前年の2.7倍である (日経新聞2・3・27 (夕))。
ヨーロッパ……89年は約8,000億円の前年比75%増で、イギリス、フランス、西ドイツの順であり(日経新聞2・7・16 (夕))、ニュー・ヨーク中心からロンドンへと対象が拡がっている (日経新聞2・2・18)。本文に戻る

(8) 個人の海外不動産投資には、直接投資と間接投資があるとされ、間接投資では個人が現地法人の株式を所有することになり、相続の課税問題はこの株式に関することになる。しかし、本稿においては、直接投資の場合、すなわち個人が不動産を直接所有しているケースを考えることとする。本文に戻る

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