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磯部 喜久男

前研究部教授


はじめに

 一 所得税法は、所得の発生源泉により所得を10種類に区分し、資産の譲渡による所得は譲渡所得としている。譲渡には、建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為もこれに含める旨規定している(所得税法33条1)。ただし、たな卸資産の譲渡その他営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡及び山林の伐採又は譲渡による所得は、譲渡所得から除外している(同条2)。
譲渡所得の金額は、短期譲渡所得(譲渡資産の取得の日以後5年以内に譲渡されたもの)と長期譲渡所得(短期譲渡所得以外のもの)に区分し、それぞれ、その年中の総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費(取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額をいう。所得税法38条1)及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除した残額、すなわち譲渡益から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とされている(所得税法33条3)。
本稿においては、右の譲渡に要した費用」(以下「譲渡費用」という。)の概念及びその具体的事例における判断基準について検討しようとするものである。
その方法として、これまで種々の要素を含む事例について示された裁判所の判断を比較、検討することにより、「譲渡費用とは」何かを求め、併せて、具体的事例における判断基準を求めようとするものである。
二 すなわち、所得税法は、譲渡所得の金額の計算上「譲渡に要した費用」を控除する旨定めてはいるが、その譲渡に要した費用の概念、範囲等については具体的に定めてはいない。したがって、その概念及び範囲は、譲渡所得課税の本質に従って、法の予定するところは何か、解釈によって求めなければならない。
ところで、所得税法は、譲渡所得の課税について、みなす規定を置いてはいるが、譲渡費用に関しては税法固有の取扱い又は否認規定を置いていない。このことから、租税回避行為と認められる場合は格別、原則として納税者の行う経済取引を肯定していると考えられ、具体的事例における判断にあたっても、これを尊重すべきものと考える。
したがって、譲渡費用の具体的な判断にあたっては、納税者の行う自由な経済行為を原則として肯定し、これを分析し、判断しなければならない。しかし、納税者の経済行為は、譲渡時における社会的事情、当事者双方の事情、思惑、あるいは税負担の軽重を考慮した私法上、税法上最も有利な方法の選択の結果の現れである。このため、具体的事例における譲渡に関する支出は、その動機、方法、額ともさまざまで、多くの要素を含んでいる。
しかも、譲渡所得とされる「譲渡」は、営利を目的とした継続的なものを含まず、利益を目的とする場合があるとしても、どちらかといえば、個人の消費生活の範ちゅうでの出来事と見られるものである。
これらの点を併せ考えると、短い言葉で、一義的に譲渡費用の概念及び判断基準を示すことは極めて困難と思われる。また、その基準は、譲渡という経済取引に含まれ、また、関連する諸要素を分析し、譲渡費用と認め得るか否かを決する判断基準であり、しかも、その判断の結果が、税負担額に直結するものであるから、単に形式的な基準によることは相当でなく、実質的判断基準を求める必要があるものと思われる。
三 そこで、本稿においては、多くの要素を含む譲渡に関する費用について、譲渡費用と認め得るか否かを判断したこれまでの裁判例を比較、検討し、譲渡費用の概念を明確にし、更に、その中から統一的な要素又は共通の判断要素を抽出することにより、譲渡費用の範囲及びその判断基準を求めようとするものである。
 なお、本稿においては、裁判例を中心として、譲渡費用とは何かを検討しようとするものであるが、世上、譲渡所得といえば、土地、建物の譲渡であり、また、譲渡費用について争いとなっている例を見ても、若干の例を除いて土地、建物の譲渡に係るものである。
その結果として、本稿で引用する判決も、すべて土地、建物に係るものとなっている。
したがって、以後の検討は、常に土地、建物の譲渡を念頭において行うこととする。
また、譲渡費用について、旧所得税法(昭和22年法律第27号、昭和40年法律第33号による改正前のもの)(1)は、譲渡費用について、「譲渡に関する経費」と表現しており、現行所得税法の「譲渡に要した費用」と表現を異にしている。しかしながら、譲渡所得課税の本質(2)及び所得金額の計算方法に差異があるものとは認められないことから、両者は、単に表現の差にすぎず、内容的に特別差異があるとは思われない。(3)
したがって、後に掲げる判決についても、旧所得税法に係るものであるか、現行法に係るものであるか、課税年分等に係るコメントはしないこととする。

〔注]

(1) 旧所得税法(昭和35年改正後のもの)
第5条の2遺贈(包括遺贈及び相続人に対する遺贈を除く。)又は贈与(相続人に対する贈与で被相続人たる贈与者の死亡に困り効力を生ずるものを除く。)に困り第9条第1項第7号又は第8号に規定する資産の移転があった場合においては、遺贈又は贈与の時において、その時の価額により、同項第7号又は第8号に規定する資産の譲渡があったものとみなして、この法律を適用する。
2 著しく低い価額の対価で第9条第1項第7号又は第8号に規定する資産の譲渡があった場合においては、その譲渡の時における価額により、当該資産の譲渡があったものとみなして、この法律を適用する。
第9条 所得税の課税標準は、第6号及び第7号を除く左の各号に規定する所得については、当該各号の規定により計算した金額(第8号及び第9号に規定する所得については、当該各号の規定により計算した金額の合計金額から15万円を控除した金額の10分の5に相当する金額)の合計金額(以下総所得金額という。)により、第6号又は第7号に規定する所得については、それぞれ当該各号の規定により計算した金額(第9条の3第1項第5号又は第6号の規定の適用がある場合においては、当該各号の規定による控除後の金額。以下それぞれ退職所得の金額又は山林所得の金額という。)による。
1ないし7省略
8 資産の譲渡に因る所得(地上権の設定その他の契約により他人をして不動産を長期間使用させる場合のうち命令で定める場合においてその対価として一時に取得する所得を含み、前号に規定する所得及び営利を目的とする継続的行為に困り生じた所得を除く。以下譲渡所得という。)は、その年中の総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費を控除した金額本文に戻る

(2)  後に掲げる判例についてみると、その課税年分は、判例1が昭和35年分、判例2が同33年分で旧所得税法に係るものであり、判例3が同42年分で、現行法に係るものであるが、譲渡所得の本質はいずれも同旨であり、しかも、順次引用している関係にあることから、旧法と現行法との間に、譲渡所得の本質に差異はないものと解される。本文に戻る

(3) 碓井光明 税務事例第5巻第2号21頁本文に戻る

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