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高橋 重長

税務大学校
研究部教育官


第一章 はじめに

 戦後、アメリカ法の研究はあらゆる分野において飛躍的な発展を見せている。その背景の一つには、日本憲法をはじめ、すべての法分野においてアメリカ法の影響が強く現れ、現行日本法の解釈においてアメリカ法の規定の仕方及び解釈が非常に有益な示唆を与えているという点がある。(1)
租税の徴収手続においても、アメリカの徴収制度及び徴収手続法を研究することは、今後の我が国の租税徴収について考察する際に有益であると解される。特に、アメリカ内国歳入庁(2)においては、1960年代から租税行政全般において機械化による合理化を進めており、租税徴収手続においても著しいものがある。これらは、今後の我が国における租税徴収手続の機械化による合理化の検討の際参考になる。また、近年、日米間の人的及び物的な面での交流が拡大していることに伴い、国際課税事案が発生すると共に、他国に存在する財産からの租税徴収などの問題も発生しており、アメリカにおける出国納税者に対する租税債権確保策について研究することも必要である。(3)
しかしながら、アメリカの租税徴収制度について書かれたアメリカの文献は限られており、また、我が国においてもそれを研究したものは非常に少ないのが現状である。(4)
そこで、本稿は、アメリカにおける租税徴収制度、その特徴、滞納処分と破産・銀行取引に関する問題点及び出国納税者に対する国内法又は租税条約による租税債権確保策について研究を行うが、同時に今後の我が国における租税徴収上参考とすべき事項についても検討を試みる。(5)
このような観点から本稿では次のような構成をとる。まず具体的な租税徴収手続に触れる前にアメリカの租税徴収行政がどのように行われているかをマクロ的に把握する必要があることから、第2章では「アメリカの租税徴収行政の現状」について紹介する。次に租税徴収行政は主な内容である滞納整理について、第3章「租税滞納整理手続」で研究するが、その内容は、我が国の手続と比べ特徴的なものに焦点を合わせる。第4章は、滞納処分においては避けて通ることができない租税担保権、「連邦租税リーエン」について研究する。第5章の「アメリカの租税徴収手続の特徴」では、アメリカ租税徴収手続における特徴及び連邦租税の滞納処分を行う場合に頻繁に発生する諸問題について特記する。そして、第6章では、以上に述べたアメリカの租税徽手続と「日本の租税徴収手続との関係」について検討する。また、同時に、全体を通じて、今後の我が国における租税徴収手続上参考とすべき事項についても検討を試みる。
本稿の作成に当たっては、アメリカの研究者の著書を参考にしたが理論面に関した内容については、主に、学者・弁護士の著書を、執行面に関しての内容は、元IRS職員・税務専門家・弁護士の著書を参考にした。そして、本稿の内容は、Mertens Jacob, Willan T.Plumb, Robert S.Schriebmanの著書及び論文に負うところが多いが(6)、内容をできる限りアップ・ツー・デイトのものにするために最近の雑誌論文などの引用を心がけた。また、アメリカ法における判例研究の重要性(7)に鑑み、著名な判決についてはできる限り詳細に紹介し検討した。

〔注〕

(1) 伊藤正巳・木下毅「新版・アメリカ法入門」 (1984)7・11頁、田中英夫「英米法総論(下)」 (1980) 653〜655頁、なお、堀部政男「プライバシーと高度情報化社会」 (1988) 42頁は、「最近わが国でしばしば耳にする『欧米に学ぶものはない』という言葉が……通用しないことが分かる………むしろ、『欧米に学ぶものが大いにある』という発想が必要である。」としている。このことは、租税徴収手続についても同様である。
なお、本稿においては、アメリカ合衆国のことを「アメリカ」という。本文に戻る

(2) アメリカ内国歳入庁(International Revenue Service:IRS.以下、本稿では「IRS」という。)は、我が国の国税庁に当たる機関である。
周知のように、アメリカは連邦国家であり、課税権及び徴収権は連邦のほかに、州及び地方が持っている。そして、それぞれの法律に基づき課税及び徴収されることになっている。本稿はこのうちの連邦税税制度について研究するものである。連邦租税は、アメリカ内国歳入法典(International Revenue Code:IRC.以下、本稿では「IRC」という。)に基づいて課税及び徴収されている。現行のIRCは、1939年法を全文改正した1954年法に基づくものであり、1939年法は、それまでに存在していた租税法を編纂したものである。また、IRCは、租税通則法と各租税法をすべて統合して一つの租税法とした単一法典の方式をとっている。本文に戻る

(3) 碓井光明「租税法学の課題と将来」ジュリストNo.731(1980) 54頁は、「租税法が取引法の側面をもつ限りにおいて、現行の外国租税法自体の情報を国民に提供することにも意味がある。更に、最近においては、国際間の投資活動により、国際間における税制の整理の必要性が高まっているほか、租税徴収面における国際間協力なども課題となっている。このように伝統的な外国法研究の枠を超えて、国際化時代に対応した租税法学の課題が登場している。」と述べている。本文に戻る

(4) アメリカ国内においても我が国と同様、課税面についての文献は非常に多いが、租税徴収面に関したものは少ないように思われる。また、邦訳文献でアメリカ租税徴収手続全般に触れた著書は、畠山武道「アメリカ合衆国の租税徴収制度」租税法研究第15号(1987)及び谷口安平「アメリカにおける生命保険と滞納処分」法学論叢第90巻第4・5・6号(1972)だけではないかと思われる。しかしながら、いずれも法的手続についてのみ述べられたものである。理論面及び執行面の両方の観点からアメリカの租税徴収手続全般に触れたものは本稿が最初ではないかと思われる。本文に戻る

(5) 本稿は特に、従前において余り触れられていない部分の研究を中心とする。また、昨年(1988年11月10日)、租税手続法(The Technical and Miscellaneous Revenue Act Of 1988 TAMRA)が制定され、この法律により、従来のIRCの規定が一部、修正又は新規追加された。これらの規定は納税者の権利を一層保護したものであり、「納税者の権利の章典("Taxpayer Bill of Rights"」ともいわれている。本稿はこれらについても付言する。
Kafka,Gerald A .,"Taxpeyer Bill of Rights Expands Safeguards and Civil Remedies",The Journal of Taxation(January1989)p.4;Jones,Kaplin S.and Schlef Joan E.,"Taxpeyer Bill of Rights Requires More IRS Disclosure and Expands Civil Remedies",42-3 Taxation for Accountants 180(1989)本文に戻る

(6) 本稿で引用する下記の文献については、次のように略称する。

19 Mertens,Law of Federal Income Taxation (1985 Supp.)以下、"Mertens"という。

2Plumb, William T.,Jr.,"Federal Tax Collection and Lien problems",13 Tax Law Review 247(1957−1958)
以下、Plumb,"Federal Tax Collection and Lien Problems"という。

3Plumb, William T.,Jr.,"Federal Liens and Priorities−Agenda for the Next Decade 2",77 The Yale Law Journal 605(1986)
以下、Plumb,"Federal Liens and Priorities−Agenda for the Next Decade 2"という。

4Schriebman,Robert S.,IRS Tax Collection Procedures-A Manual for Practitioners, Second Edition(1988)
以下、Schriebmen, IRS Tax Collection Procedures という。

5Schriebman,Robert S., When You Can't Pay Your Taxes!-How to Deal with the IRS,(1986)
以下、Schriebman, When You Can't Pay Your Taxes という。本文に戻る

(7) 田中英夫「英米法研究一・法形成過程」(1987) 61頁。本文に戻る

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