矢内 一好

税務大学校
前研究部教官
現・浅草税務署
総務課長補佐


はじめに

 OECD租税委員会及び欧州協議会は、昭和52年9月のOECD理事会勧告、昭和53年4月の欧州協議会勧告に基づき、多国間の税務当局間の協力に関する取極めの検討を開始した。この条約は正式には「税務についての相互執行協力に関する条約草案」(以下「執行共助条約」という。)という名称で、同条約案は昭和63年1月25日にOECD加盟国及び欧州協議会加盟国に署名のため開放されている。この条約案の内容は条約締約国間における情報交換、徴収協力及び文書の送達等が規定されている。
この執行共助条約は租税条約が持つ役割の一つである国際間における脱税防止等を目的としたもので、1928年の国際連盟の最初のモデル租税条約制定以前にすでにこの種の条約は締結され、国際連盟モデル租税条約にも素案ともいうべき1925年の各国代表者による専門家会議の決議において、国際間における脱税に対する課税、情報交換、及び徴収共助について規定を設けている。このことからも、これらの問題については相当古くから各国が問題意識を持っていたことが伺える。
さらに、租税条約のもう一つの機能とされている国際的二重課税の排除については、多くの国が二国間で租税条約 を締結しているが、その模範となっているものが、OECDモデル租税条約である。 このモデル租税条約は、1956年にOECDの前身であるOEECの財政委員会により作業が開始され、1963年に7月30日に「所得及び資本に対する二重課税回避のための条約草案」がOEEC理事会で採択され、その後さらに改訂作業が行われて、1977年にモデル租税条約が完成している。また、OECDが先進国間の租税条約の規範となるべく作成されていることから、国連は先進国と発展途上国間の租税条約に関するモデル租税条約として、1974年に「先進国と発展途上国間の租税条約におけるガイドライン」、1980年に 「先進国と発展途上国間の国連モデル租税条約」とそのコメンタリーを発表している。さらにアメリカは租税条約を締結する際の指針として、1977年、1981年にモデル租税条約を公表している。なお、これらの所得税租税条約とは別に、OECDをはじめ各国で相続贈与の租税条約がある。
これらのモデル租税条約といわれるものは必ずしも議論に参加した国に対して法的強制力を持つものではないが、モデル租税条約を作成する会議に参加した国は条約の決議に加わっていることからも、自国が租税条約を締結する際に指針となるべき機能は持っている。また、見方を変えると、競合する各国の課税権を調整する横能を持つ租税条約では各国が自国の国内法との整合性のみを目的とした租税条約を主張した場合、二国間でさえも租税条約を締結することは難しくなる。そのため、各国が納得しうるモデル租税条約というものの必要性がここにあるのではないだろうか。
本論はOECDモデル租税条約以前に焦点を合わせて、1928年の国際連盟モデル租税条約の成立過程から始まって、国際間における課税権の配分という考え方が確立され、源泉地国課税が行われる背景について触れ、さらに、租税条約の規定の内でも重要な項目である事業所条項の変遷を最初のモデル租税条約からロンドン条約(1946年)までを対象として、国際課税の原則とされるものの多くがこの時期までにいろいろな変遷を経て確立してくる過程を検討した。

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