矢内 一好

税務大学校
研究部教育官


はじめに

 租税条約とは国際間の二重課税を回避するために、複数の国が自国の税制の規定にかかわらず、相互主義に基づいて国際間の人的、経済的交流を促進するために合意した条約である。特に最近は国際間の経済、文化交流が盛んになるにつれて、租税条約は益々その存在価値を増しているといえる。まして国際的経済活動において租税はその活動を決定する重要な一要素となるため、租税条約は海外投資等の際に検討すべき必須項目であり、また国際課税の重要な分野でもある。
現在、日本と最も緊密な経済関係にある米国は、レーガン政権になって以来相当に大幅な税制改正を行っている。米国の税制改正は単に米国企業が影響を受けるだけではなく、米国に投資をしている世界各国の企業にとっても重要な問題である。米国が国際課税の分野で最も関心をもっているのは、米国で事業を行い或は投資活動を行いながら米国の租税を回避しようとする者が多いことである。そのため、米国は国内では税法の整備、国際的には租税回避を防止する条項を持つ租税条約の締結に努力をしている。しかし、米国が外国からの投資に対する米国の課税の抜け道をふさぎ、国内法の整備が進展するにつれて、米国国内法と既存の租税条約の間に競合する状況が生じている。具体的には、1980年の「外国人不動産投資法」、1986年の税制改革における「支店利益税」がその例である。米国はこれらの法律において、米国の税法が租税条約に抵触する場合、米国国内法が優先して適用されることを規定している。本来租税条約は国家間の合意に基づくものであるため、米国の国内の事情により一方的に租税条約の規定を無効にすることは条約相手国との国際信義に反することになる。米国は1970年代までは条約優先という原則を遵守していたが、1980年代に入って国内法の規定をきめ細かくするにつれて、租税条約に抵触する結果となった。その原因の一つとして、米国の法体系が条約と法律を同等とみて後法優先原則を採用していることも挙げられるが、やはり第一は米国への海外からの投資が増加したことである。今後、租税条約に違反する米国を一方的に非難することで問題は根本から解決するのであろうか。
本論は、今後、経済取引の一層の増加について頻発することが予想されるこの種の問題について、米国の租税条約の基礎的な分野の解明を目指したものである。
第1章では米国の法制度等を中心に、米国国内法と租税条約の関連を検討する。第2章は米国の租税条約の背景として租税条約に影響を与えているトリティーショッピングと1986年税制改革で導入された支店利益税の理論的基盤となっていると思われる配当所得に対する二重課税の問題に触れる。第3章、第4章は租税条約が国内法に優先する事例をあげ、その内容と米国が世界各国とこの問題についてどのような租税条約を締結しているかを見ることとした。いずれも出来る限り米国側に視点を置き考えることで、米国の租税条約と米国国内法の関連を考察することにする。

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